三つの顔を持つ支援員として──デジタル化の先で探る、人間らしい支援
私は現在、ゼネラルパートナーズ(以下、GP)において大きく分けて三つのミッションを担っています。
一つめは、就労移行支援事業所「atGPジョブトレIT・Web 渋谷」の支援員としての業務です。精神障害や発達障害などで働きづらさを抱える方々に寄り添い、自己分析やITスキル習得のサポートを実施。また、企業との間に立ち、安定した就労と定着を実現するための伴走を行っています。
二つめは、全国6カ所のIT・Web事業所で提供する「ITコース企画プロジェクト」でのカリキュラム設計・開発です。Webデザイン、ITエンジニア、動画編集という三つのコースの教材開発を担当し、最近では外部講師と連携しながら、急速に進化するAI技術をいかに教材に組み込むか、オンラインセミナーなどを通じてどう付加価値を届けるかを模索しています。
そして三つめが、社内DXを加速させる「デジタル推進グループ」での活動です。テクノロジーの活用が遅れがちな福祉や人材業界に「Gemini」や「NotebookLM」といった生成AIを取り入れ、「ツールで業務を効率化し、その分、本質的な対人支援に時間を使おう」と社内に向けて発信しています。
このようにいろいろな角度から福祉とビジネスに関わらせてもらっていますが、事業所での経験値は、多様なバックグラウンドを持つメンバーに比べればまだ微々たるものです。知識としての正解はあっても、目の前の利用者の方と向き合った際に、具体的にどんな言葉をかけ、自分の対応の引き出しをどう活かしていけばいいのか。一人の人間の人生に寄り添う仕事だからこそ、そこには理論や効率だけでは超えられない、経験を積み重ねないと乗り越えられない壁があることを日々痛感しています。
だからこそ私が大切にしているのは、「任せてもらったことに想いを込める」という価値観です。専門性も経験も少ないからこそ、組織という大きな箱の中で自分の役割に誇りを持ちたい。単なるタスク処理として業務をこなすのではなく、「自分ならどうするか」を常に問い、謙虚かつ主体的に関わることを心がけています。
起業からM&Aへ──描いていた夢の転換から生まれた、社会と向き合う力
高校1年生の頃、私は警察官をめざして公務員試験の勉強に励んでいました。母子家庭で育ち、経済的な余裕がなかったため、高卒での就職も視野に入れ、安定した職業をめざしていました。しかし、色覚多様性であることが判明し、当時の基準では「警察官は受かりにくい」と宣告されてしまいました。まるで自分自身を否定されたような気がして、これまで費やしてきた時間とあり余る熱量をどこへ向ければいいのかわからず、立ち尽くす日々が続きました。
そんな私に勇気をくれたのは、ボーダレス・ジャパンの田口 一成さんや、青色発光ダイオードを発明した名古屋大学の天野 浩教授といった方々の存在でした。世界をより良くしようと本気でチャレンジする大人たちの姿に触れ、私も「直接的に社会により良いインパクトを与える人になりたい」と強く願い、大学進学を決意しました。
大学では経済学を専攻し、フードロスやジェンダー、環境問題など多様な社会課題を研究しました。その中で、「表面的な課題にアプローチするよりも、人間そのものの生い立ちや教育、認知のあり方にこそ向き合うべきではないか」という考えに行き着きました。そして、大学で意気投合した仲間と共に、2021年、子ども向けの教育・発達支援教材を開発するメーカーを共同創業しました。
起業家としての毎日は、正直なところ不安だらけでした。車すら買ったことがない21歳の大学生が、高額な製造機械を購入する。何百万円ものお金が動いているのに口座は空っぽで、営業もすべてが手探り。「これで本当にいいのか」という不安が常に付きまといました。それでも、「自分たちの作った教材を子どもたちの手に届け、発達支援や教育の現場に何かしらの爪痕を残したい」という強い想いと、現場で耳にする当事者の方々の声が、私を突き動かす原動力でした。その結果、教材は何百もの児童施設で導入され、「グッドトイ2023」を受賞することもできました。
事業を3年続けた頃、私の中で「代表として会社を大きくしたい」という気持ちよりも、「より大きなソーシャルインパクトを追求したい」という気持ちが強くなっていきました。今の社会を的確に捉え、効果的に変えていくために、自分が取るべき次の行動は何か。悩み抜いた末、自社の教材をさらに多くの子どもたちへ届けるべく、全国で幼児教室を展開する企業へのM&Aを決めました。
起業家としての3年間は、実力不足を痛感することもありましたが、「やりきった」という確かな感覚を持って終われたことが最大の財産です。そして、次なる挑戦の場として選んだのがGPでした。
GPへの入社と確かな実感──一人ひとりの人生に伴走するやりがい
GPに入社するきっかけとなったのは、起業家時代にお世話になっていたメンターである当社CHROの荻原との対話でした。
代表を退任するタイミングで相談も兼ねて荻原と食事に行く機会がありました。当時の私は山口 周さんや柄谷 行人さんの著書をよく読んでおり、これからの社会のあり方について深く考えていました。「2000年代までは『経済合理性』というX軸が中心で、現在はそこにボーダレス・ジャパンやGPが実践するような『社会性』というY軸が加わった。そしてこれからの時代は、数値化できない人間の情緒や豊かさという『Z軸(奥行き)』をどう社会に加えていくかが重要になる」。そう私は考えていました。
そのタイミングで、これまでの私の過程を知っている荻原から「こっしー(私の愛称)の描く未来や価値観、持っているスキルはGPに合うと思うから、一度人事と話してみない?」と声をかけてもらいました。その後、実際に面談で出会った社員の皆さんが、障害者雇用当事者の方や目の前の人のより良い選択を真剣に考えている。その豊かさに感化されて、私は入社を決めました。
入社して1年が経ち、とくに印象に残っているのが施設長からのフィードバックです。当時の私は業務を回していくことに必死で、利用者対応や行政への提出書類といった必須業務を優先し、書類の整理整頓やゴミ捨てなどは優先順位を下げて後回しにしてしまうことがありました。そんな時、施設長から「仕事に優劣をつけず、細かい配慮ができる姿勢がこれからの事業所運営には大切だよ」と教えていただきました。
起業していた頃は上司がおらず、こうして率直なアドバイスをもらう機会がなかったため、私にとってとても新鮮でありがたい経験でした。おもしろいことに、指摘された内容は日頃から妻に言われていることとほとんど同じだったんです。妻にその話をしたら「本当にその通り」と笑われてしまい、自分に足りない部分をあらためて自覚させられました。
現在、就労支援の仕事で一番やりがいを感じているのは、事業所で利用者一人ひとりの人生の歩みに直接寄り添えることです。事業所での日々の小さな関わりの積み重ねが、自分がめざす「社会を良くしていく」という想いの確かな手ざわりになっています。
また、事業所のメンバーとは雑談も交えながら楽しく仕事ができていて、私たちが笑顔でいるほど、利用者の方にも良い影響を与えられている気がします。こうしたGPの温かい環境で働けていることが、今の私にとってとてもうれしいことですね。
現場を知り、社会の「奥行き」を設計する──2050年の心豊かな未来への挑戦
私にはロールモデルと呼べる方が二人います。当社の荻原と、ボーダレス・ジャパンの田口さんです。お二人に共通しているのは、言葉に落とし込むことに真摯に向き合い、強い想いを持って行動されているところです。どちらも私にとって「カッコいい大人」であり、いつかあんな風になりたいと思える存在です。
ソーシャルビジネスが一般化していくこれからの時代、自社にできることを見極めつつ、数字では測れない人の想いや「心の豊かさ」といった情緒的な部分を、どう社会の仕組みに反映させていくか。私はGPという場から、経済合理性だけでは測れない「奥行き」のある社会を作っていきたいと考えています。
直近の目標は、事業所での学びを深めながら、事業や会社の経営にもっと深く関わっていくことです。ゆくゆくは、2050年に向けたGPの立ち位置をあらためて定義できるような存在をめざしています。
これからGPに興味を持ってくださる方にお伝えしたいのは、「本質的に社会を良くするにはどうすべきか」に真剣に向き合いたい人にとって、ここはとても良い環境だということです。
今の時代、限られたリソースを奪い合うよりも、すでにあるリソースを活用・再配置し、社会に大きなインパクトを与えるという選択も、一つの挑戦だと思っています。起業家として培った熱量を、GPという確立されたプラットフォームで活かすことには、ゼロから作るのとは違う難しさと、何倍ものスケールメリットがあると感じています。
最後に、現在GPで働いている自分の姿は、軸が通って動いている感じがしてとても好きです。起業していたときに、仕事の原点は現場にあるという感覚を持ちました。その中で、当社に入社して一番最初に現場の最前線に立たせてもらえたこと。そして、上司とのコミュニケーションの中でどういうポジションや立ち位置を期待しているかを伝えていただいている中で、希望を持って働けています。
現場を知り、AIを活用しながら社会の奥行きを設計する。そんな私のGPでの挑戦は、まだ始まったばかりです。
※ 記載内容は2026年2月時点のものです
