新潟で働く。その想いから始まったキャリア
富士通Japan(FJJ)のPublic & Education事業本部で新潟県の自治体担当セールスとして活躍している丸山。地元・新潟を愛してやまない丸山は、自身のキャリアを新潟から始めました。
丸山「地元の新潟に貢献できる仕事がしたいと思ったのが一番大きかったです。私の周りも『新潟のために』という意識を持っている人が多くて。それが普通といいますか、自分にとっても自然な感覚でした。なので、高校生の頃から新潟に貢献していく人生を歩みたいと考えていました」
工学部で学んだ丸山は、技術職としてシステムエンジニア(SE)を志します。そこで出会ったのが、富士通のグループ会社で新潟市に本社を置く富士通新潟システムズ(現在はFJJに統合)でした。
丸山「採用説明会で、社員の皆さんが楽しそうに話していたのがとても印象的で。また、お客さまのニーズを一つひとつ聞き取って、お客さまとともに一緒にシステムを作り上げていくとの話を聞き、『この会社ならやりがいをもって、新潟に貢献できる仕事ができるのでは』と感じました」
入社後は、自治体を担当するSEとしてお客さま先に常駐し、現場に深く関わる日々を過ごします。
丸山「SE時代の思い出として今でも強く印象に残っているのが、ある機器更新プロジェクトです。はじめて主担当として任された案件だったこともあり、うれしさと同時に大きな責任を感じながら取り組みました。しかし、実際には思うように進まないことも少なくなく、お客さまと夜遅くまで作業を続ける日々もありました。
それでも、先輩やお客さまに支えていただきながら、何とかプロジェクトを完遂することができました。苦労が大きかった分、完了したときの達成感は今でも忘れられません。この経験を通じて、一人では成し遂げられないことの多さや、周囲の支えの大切さを学びました」
また、その経験は技術的な成長だけでなく、お客さまとの向き合い方についての大きな学びにもつながったと振り返ります。
丸山「プロジェクトを計画どおりに進めるためには、お客さまに相談やお願いをしなければならない場面があります。ただ、それをそのまま伝えてしまうと、『それは富士通の都合ですよね』と受け取られてしまうことがあります。
だからこそ、上司や先輩から言われたことをそのまま伝えるのではなく、一度『自分がお客さまだったらどう感じるだろう』と考え、お客さまの視点に立って伝え方を工夫するようにしていました。
そうした姿勢を続けるうちに、お客さまにも納得感を持って受け止めていただける場面が増え、信頼関係の構築にもつながったと感じています。お客さまの立場に立って考える――そのときに身につけた姿勢は、セールスとなった今でも私の仕事の原点になっています」
穏やかな日々のなかで訪れた、会社の大変革
自治体の現場で働き始めて7年。富士通はデジタルトランスフォーメーション(DX)企業へと大きく舵を切り、それにあわせて、富士通新潟システムズを含む全国各地のグループ会社の再編が進められていきます。そして、グループ全体の変革の波に、丸山自身も巻き込まれていきました。
丸山「富士通新潟システムズは地方のグループ会社でしたので、社員が本社の動きや方針に直接触れる機会は多くなく、比較的落ち着いた環境のなかで目の前の仕事に向き合う日々を過ごしていたと思います。
そんな会社の雰囲気が、FJJへの統合によって大きく変わりました。その一つが、富士通グループ全体の経営方針や変革の方向性が、これまで以上に社内へ共有されるようになったことです」
丸山の前に現れたのは、それまで抱いていた富士通のイメージとは異なる姿でした。
丸山「もともと富士通には『安定感のある企業』というイメージを持っていました。しかし、その富士通自身が大きな変革に挑もうとしている姿を目の当たりにし、『現状の延長線上では立ち行かない』という強い危機感を感じました。
安定した企業だと思っていたからこそ、自ら変わろうとする姿勢に大きな衝撃を受けましたし、その変革への本気度に心を動かされたんです」
富士通全体が大きく変わろうとしている。その姿は、丸山自身の意識にも変化をもたらしました。
丸山「時田社長が発するメッセージや、全社変革プロジェクト『フジトラ』の活動を見聞きするようになり、『富士通自身が変わることで、日本を変えようとしている』という熱い思いを感じました。
それは今まで味わったことのない感覚で、私自身も『富士通にいるからこそできることがあるのではないか』と考えるようになりました。また、それまで見えていなかった世界や考え方がたくさんあることにも気づかされました」
そして環境の変化は、丸山の心に一つの問いを生み出します。
――この変化のなかで、自分はこのままでいいのだろうか。
自分はこのままでいいのか。パーパスカービングで確信となった新潟への想い
富士通の変革の波の真っただ中に投げ込まれた丸山は、自分の想いと会社の方向性をあらためて見つめ直すことになります。
丸山「私は『新潟に貢献できる仕事がしたい』という思いで入社し、実際に新潟県内の自治体のお客さまを担当しながら、その思いを形にしてきました。一方で、FJJへの統合によって会社は全国を対象にビジネスを展開するようになりました。
当時は、テレワーク勤務も普及していたので、新潟に住み続けながら、他県のお客さまのプロジェクトに参画することもできるようになっていました。では、自分のなかの『新潟』へのこだわりは何なのだろうと」
その問いに向き合う中で、丸山が答えを求めて取り組んだのが「Purpose Carving」でした。
丸山「Purpose Carving(パーパス カービング)とは、過去を振り返りながら、自身の価値観や情熱を掘り下げ、『何を大切にしたいのか』を言葉にしていく取り組みです。私も自分自身のパーパスを考えてみました。
やはり、マイパーパスには『新潟』という言葉を入れたい。では、それに続く言葉は何なのか。そう考えた時に、私は新潟が発展することに貢献したい、新潟に新たな価値を届けることをしたいんだと。今後、新潟以外の仕事に携わることがあったとしても、そこで得た知見や経験を新潟に還元していく。それもまた、新潟への貢献の形だと思ったんです」
自分が大切にしたいものを振り返る中で、ふと昔の記憶がよみがえったといいます。
丸山「昔使っていた富士通の携帯電話に、隠しコマンドがあったんです。『富士通ってこういう遊び心がある会社なんだな』と感じていて、自分も富士通でおもしろいことをやってみたいと思っていたことを思い出しました。
そこで生まれた私のパーパスが、『地元新潟の発展のためにおもっしぇことをやってみる』です。新潟への思いを表現したくて、新潟弁も入れました」
「新潟で仕事をする」から、「新潟に価値を還元する」へ。パーパスを言語化したことで、丸山は自分自身の軸を再確認しました。そして、自らが実現したい価値を起点に、新たな一歩を踏み出していきます。
自分自身が変わり、新潟を変えていく。パーパスを軸に新潟愛をビジネスに
パーパスを決めた丸山は、あらためてFJJの中でどう地元新潟に貢献するかを考えます。
丸山「まず、社内のみんなに新潟を知ってもらおうと考えました。自分たちは新潟のお客さまのニーズをたくさん知っている。それを着実にビジネスにつながれれば新潟に貢献できる。それには、社内で新潟のプライオリティを高めればよいという発想です」
そこで丸山がまず始めたのは、社内での情報発信でした。
丸山「新潟の情報を発信するコミュニティを立ち上げました。新潟に興味を持つ人が増えればビジネスにもつながると思ったからです」
新潟を社内から盛り上げる。それは、外に向けて価値を届けるための最初の一歩でした。さらに丸山は、自分自身の変化にも着手します。
丸山「会社がDX企業として変わっていく中で、自分も変わらなければならないと思いました。そこでパーパスを実現するために、まず取り組もうと考えたのが、先輩も取得された地元新潟の大学院でのMBA取得でした」
異業種や留学生との交流を通じて、いろいろな価値観に触れ、自身の視野や考え方の幅が広がり、また人脈も広がったという丸山。そしてもう一つの大きな決断が、セールスへのキャリアチェンジでした。
丸山「富士通には社員が自らの意思で希望する部署に異動できるポスティングという社内公募制度があります。当時、携わってきたプロジェクトがひと段落するタイミング。次のキャリア、そしてマイパーパスの実現を考えた時に、違う部署へ異動するのもいいのかもしれないと思い、ポスティングサイトを見ていたんですね。そこで見つけたのが今の部署です。
大学院で学んだことが活かせるかもしれないと思ったのと、システムをつくる、モノを売るよりは、もっと大きな視点でお客さまの課題に取り組むと考えた時に、セールスへの転身があっているのかもしれないと思ったからです」
新潟県内の自治体を担当するセールスとなった丸山は、早速担当する阿賀野市の課題と向き合います。
丸山「ちょうど阿賀野市がDXに取り組みはじめていて、FJJからもデジタル化推進担当として永澤さんが派遣されていました。全国の自治体がどうDXに取り組んでいるのか等の情報提供を行っていく中で、阿賀野市もまた、私が会社の変革の波に揉まれた時と同じような危機感を持っているのではと感じたんです。阿賀野市はこのままでいいのかと。
そこで、組織変革を体験してきた自分自身の話をしたんです。その中で、私のパーパスはこれで、こんな背景や想いがあり、これにしています。実は、自分のパーパスは名刺にも入っていて、そもそもPurpose Carvingという取り組みが全社で行われて…と」
他にも「フジトラ」の取り組みを多数紹介した丸山。ただ、阿賀野市が最も関心を寄せたのは、自らの行動変容につながったPurpose Carvingだったと言います。
丸山「その後、DX推進をより“自分ゴト”にすることを目的とした職員向け研修を実施したいと相談があり、Purpose Carvingの体験会を行うこととなりました。当日は、幹部職員の方と市長にもご参加いただき、その価値を感じてもらえたのかなと思います」
その後、全職員を対象とするパーパス研修のプロポーザルが実施され、FJJにて無事受託。そのプレゼンの場では、阿賀野市にこう伝えたという丸山。
丸山「パーパスを言葉にしたことで、自分が働く目的を再認識することができました。目の前の作業を受動的に仕事をしていた自分から、目的のために突き進み主体的に仕事をするマインドに変わったと実感しています。Purpose Carvingの言葉の通り、自分の中で見つけた言葉、掘り出してきた言葉だからこそ、迷いが晴れ、行動につなげることができると私は思います」
新潟に貢献したい。丸山は今も、自らのパーパスを胸に、地元新潟の未来に向き合い続けています。
※ 記載内容は2026年8月時点のものです
