震災をきっかけに、野球少年がダンスの世界へ
変わり果てた被災地に、立ち尽くした野球少年。福島県に暮らしていたTAKUMIは小学4年の時、東日本大震災に見舞われた。
「大きく揺れて、家では物が落ちて散乱したり、停電したり。通っていた小学校は被害を受け、半年ほどは休学状態でした」
屋外でスポーツをしづらい状況となり、少年が目を向けたのは、姉が親しんでいたダンスだった。
「あるダンスの発表会を見に行った時、男性がポップというジャンルでパフォーマンスしているのを目にし『こんな世界があるの?』と衝撃を受けたんです。動きに迫力があって、イケイケで、めっちゃかっこいいなと。
それ以来、ダンスに心を奪われました。震災の暗い雰囲気を吹き飛ばすかのような存在に、僕自身とても救われましたし、苦しみを感じず前向きでいられました。その力ってすごいなと幼心に感じたんです」
自らを「オタク気質」と評するTAKUMIは、恋したダンスをとことん突き詰める。県外での大会やバトルを終えて帰宅した深夜からでも、家で練習を始めていた。
「両親が『そんなに好きなら』と、家に鏡張りの部屋を設けてくれました。僕は世界中のダンス動画を調べすぎて、友達からは『YouTube博士』って言われていましたね」
当時、レッスンで教わっていた恩師からの金言を、今も胸に刻んでいる。
「ステージでは自分が一番かっこいいと思って踊りなさい、と。この言葉をもらったから、自信を持ってパフォーマンスできるようになったんです」
早大生が弁護士の道を断ち、プロダンサーに
ダンスだけではない。TAKUMIには、人生の選択肢が多く用意されていた。高校時代は福島の進学校で勉強にも精を出し、早稲田大学法学部に現役合格。将来就く仕事として、弁護士や商社勤務にも関心を抱いていた。
しかし上京のタイミングで、知り合いだったD.LEAGUE創設者から声がかかる。
「大きなダンスリーグが発足するから参加しないか、と誘われました。果たしてプロのダンサーになってもいいものかどうか、めちゃくちゃ迷いましたね。商社や弁護士の仕事についていろいろと調べる中で、とても魅力的だと心惹かれる部分もあったので。
でも、ダンサーとしての自分がどこまで行けるのかを知りたくなったんです。自分にしかできない仕事がきっとあるはずだと思い、意を決してこの道へと舵を切りました」
自らがプロダンサーとしてリーグを盛り上げることで、多くの子どもたちの「光」になりたい──。そんな思いも胸に秘めていた。
「震災に遭った時、僕はダンスの力に勇気づけられた子どものひとりでした。だからこれからは、元気のない子や悩んでいる子がいたら、自分が勇気を届けられる存在になりたいと思ったんです」
人生初の挫折。リーダーを担うもチームは最下位
2021年1月に始まったD.LEAGUE。当時からLegitでリーダーを務めていたTAKUMIだが、開幕戦でさっそく打ちのめされた。
「チームの自己紹介代わりに、いろんなジャンルを織り交ぜたダンスを披露しました。渾身の作品のつもりでしたが、下位にとどまってしまって。ダンスの専門家以外の方々になかなか響かず、また、ジャンルによってはメンバーのスキルにばらつきがあり、チームとしての完成度は低かったと思います」
初年度のD.LEAGUE 20-21 SEASON、チームは負けが続いて最下位に終わった。
「こんな挫折を味わったのは、人生で初めて。Dリーガーの道を選んでよかったのだろうかと考える瞬間もありました。でも一度覚悟を決めて進んだ道なので、簡単には終われません。腐らない、諦めない、負けから目を背けない。そう自分に言い聞かせたんです」
リーダーとして、メンバーを束ねるのにも腐心したという。
「実力者ぞろいで、自分より年上のメンバーもいる中、ものの伝え方には慎重になりましたね。チーム内で意見が割れた際には中立を保ち、どちらの話にも耳を傾けながら、一歩引いて見るように心がけていました。
ただ一方で、メンバー同士で気を使いすぎてまとまらないときは、『自分がやります』と先頭に立って物事を進めるなど、積極的に責任を背負うこともあります。いずれにしても、見せかけのリーダーでは誰もついてこない。誰よりも努力し、言葉と行動を一致させようと努めてきました」
言語の壁を越え、ワールドワイドなチームになる
TAKUMIは今、10人組ダンス&ボーカルグループ「THE JET BOY BANGERZ(ザ・ジェットボーイ・バンガーズ)」の一員でもある。
「この活動を機にD.LEAGUEを知ったり、Legitを応援したりする人がたくさんいます。ダンスから離れた層にもパフォーマンスを届け続けることで、興味を持つ人がもっと増えていけばうれしいですね」
目標は、D.LEAGUEのCHAMPIONSHIP初制覇。その先に抱くのは「海外のショーに呼ばれるようなワールドワイドなチームになる」という夢だ。
「高校生の時、ニューヨークのアポロシアターでアマチュアナイトに出演し、スタンディング・オベーションを受けたことがあります。本当に、忘れられない光景です。あの時のように、言語の壁を越えていろんな人にLegitのダンスを届けたいと思っています」
本場の舞台に立ち、月間満点優勝を飾った高校時代を振り返りながら、今も海の向こうへと視線を送り続ける。
「そのためにはチームとしての見せ方をしっかりと考え、全員で共有していきたいなと。たとえば自分たちの武器を一番効果的なタイミングで出すなどし、メンバー一人ひとりが輝けるようなパフォーマンスをめざしたいですね。
僕自身も突き進んでいきます。ダンサーという人生の選択が間違いじゃなかった、と言えるように」
幼いころに自分を救い、生きる道を示してくれたダンス。その「相棒」がそばにいる限り、TAKUMIは歩みを止めない。
※ 記載内容は2024年4月時点のものです
