優勝を逃し、ステージで崩れ落ちそうだった
KANATOは頭が真っ白になった。D.LEAGUE 22-23 SEASONのCHAMPIONSHIP決勝。LegitはREGULAR SEASON王者としてこの舞台に駒を進めたが、最後の最後に敗れた。
「準優勝。ステージで崩れ落ちそうなくらい、悔しかったです。自分たちは毎日を一緒に過ごし、試行錯誤しながらも悔いのないように精いっぱい練習してきたので。めちゃくちゃ頑張ってきたのが結果として報われず、メンタル的にきつかったです」
9人という少数精鋭のチーム。CHAMPIONSHIP期間を振り返ると、1日のうち10時間を練習に費やす日もあった。短期間で新たな作品を生み出して体に覚え込ませなければならない中、心身の疲れからメンバーの気持ちが落ち込む場面もあったという。
「チームとしてテンションが上がらなかったので、一度みんなで話し合ったんです。『こんな気持ちでやっていたら絶対に勝てない』と。ダンスって全員の気持ちやテンションをそろえないと、パフォーマンスが高いレベルでそろわない。だから一致団結して同じ意識を持とうと確認し合いました」
腹を割って話し合ったことで練習の雰囲気は一変。全員でギアを上げて踊り込み、チームは上向いた。それでも結果は一歩、及ばなかった。
「負けた事実を受け入れるのに時間がかかりました。でも、この悔しさによってメンバーのメンタルが鍛えられ、『今季こそCHAMPIONSHIPの優勝を』とより結束したように思います。そういう意味では、負けに成長させてもらったのかもしれません」
ひとつじゃなく、いろんなジャンルを踊れた方がかっこいい
物心ついたころから、「世界一のダンサーになりたい」と口にしていたKANATO。姉のダンスレッスンについていっては、その場で踊り出すような子だった。自らもレッスンに参加し始めたのは3歳の時。
「不思議ですが、ダンスというものが自然に、体にすっと入ってきたように思います。本格的に習い出してからは姉や先生たちに負けたくなくて、頭を打ち、泣きながらバック転を一生懸命練習していましたね」
得意ジャンルはポップだが、さまざまなジャンルを踊れることがKANATOの持ち味。当時、恩師からこんなアドバイスを受けたことがきっかけだった。
「『ひとつじゃなくて、いろんなジャンルを踊れた方がかっこいいよ』と言われたんです。以来、ポップやヒップホップ、ロック、ブレイキン、ハウスなどに挑戦してきました。ダンスを好きでい続けるためにも、オールジャンルを磨いていきたいと今でも思っています」
小学生のころからコンテストやバトルへの出場を重ね、個人やチームで大会制覇も経験。輝かしい実績を誇る逸材は、オーディションを経てLegitに加入した。
「チームの主ジャンルがポップで、エンターテインメントの要素が強く、自分のやりたいことと一致していましたね。真面目な作品も、観衆を笑顔にする作品も、両方できるLegitというチームが好きだったんです」
練習で足を骨折。人生初の長期離脱で気づいたこと
チームの末っ子であるKANATOは、「メンバーとは家族みたいに毎日一緒に過ごしているんです」と屈託なく笑う。
「練習ではどのメンバーも集中力を高め、意見を交わしながら作品を仕上げていきます。一方で練習が終われば、みんなでめちゃくちゃおしゃべりし、笑い合っていますね。とにかく仲がいい。それぞれの長所も短所も尊重し合って活動する日々は、充実しています」
チームワークを武器に、D.LEAGUEで昨季のリベンジに燃えるLegit。しかし今季、KANATOは長期離脱を余儀なくされた。
「ROUND2に向けてアクロバットの練習をしていた時に右足を剥離骨折し、ROUND9まで出場できませんでした。これだけ長い間踊れなかったのは、人生で初めて。
ROUND1が終わり、みんなで『いいスタートが切れたね』と話していたところだったので、悔しくて。なんでこの技をやっちゃったんだろうとか、いろいろ考え込んでしまったんですが、過去のことを思い悩んでも仕方がない。今だからこそ吸収できるものがないかと、探しました」
Legitのパフォーマンスを外から観察し続ける中で、気づかされたことがあるという。
「メンバー同士で妥協せずに指摘し合い、ミリ単位で動きをそろえる取り組みを見て、みんなの努力はすごいなとあらためて実感しました。だからこそ『Legitのダンスはすごくそろっている』と評価してもらえる。チームの一員として誇らしくなりました」
離脱期間にメンバーへの愛を深めたKANATOは、3月のROUND10で復帰。チームは今季2度目の完全勝利を収めた。
名前を体現し、世界中の人を感動させるダンサーに
表現者は、人間として日々成長することが大事。それがKANATOの哲学だ。
「成長する上で欠かせないのは、コミュニケーションです。海外のダンスイベントでは英語を話せなくても、同じ音楽で向こうが踊ってきたら、こちらも踊り返す。ダンスで『会話』するのも立派なコミュニケーションのひとつ。人と関わることで刺激や学びを得て、自分のスキル、人間力が高まっていくと思っています」
本名である哉仁(かなと)の「哉」は、「感動」の意味を持つ。そんな名前を体現するような人生を送りたいのだという。
「人を感動させる人間になりなさい、という思いを込めて名づけられました。この名をもらったからには、世界中の人たちに感動してもらえるようなダンサーになりたい。というか、なります」
思い浮かべるのは、アメリカ最大のスポーツイベントであるアメリカンフットボールリーグNFLの優勝決定戦「スーパーボウル」のハーフタイムショー。この舞台に立つことが夢だと口にする。そして、もうひとつの願いは──。
「死ぬまで踊り続けることです。将来おじいちゃんになって、たとえ寝たきりになったとしても、ベッドの上で手を使いながら踊っていたい。ダンスは立って踊るものとは限らないですから」
※ 記載内容は2024年4月時点のものです
