世界王者として意気揚々と帰国も、空港で突きつけられた現実
15年前の記憶を掘り起こす時、FISHBOYの胸はチクリと痛む。
「羽田空港に降り立った時、なぜ報道陣がいないんだろうと思ったんです」
パリで開催されたダンスの世界大会で優勝を遂げ、帰国。記者会見では何を話そうかと機内でシミュレーションまでしていたのに、荷物の受け取り所を通過しても報道陣の姿は見当たらなかった。
「パリに向かった時と同じ京急線の車内に腰かけた瞬間、ようやく気づいたんです。『これはまずい』と。
僕を信じてついてきてくれている生徒もいるというのに、世界チャンピオンがこの注目度の低さではどうしようもないと、頭を抱えました。野球やサッカーなら、日本チームが世界一になれば空港に多くの記者が詰めかけるはず。記者の行動原理は?世間の関心事を深掘ること。つまりこの状況は、多くの日本人がそもそもダンスに興味がないことの証拠なんだと感じました」
虚無感にさいなまれながらも、どうしたら記者たちが来てくれるようになるのかと考えを巡らせた。
「多くの人たちがダンスに親しんでいるような、極論を言えば日本人全員がダンスをしているような世の中なら、メディアも今回の優勝に飛びついたんじゃないかと。それなら、これから日本人全員を踊らせたらいい。そう思い立ちました」
20代前半で膨らませた、壮大な夢。その後掲げ続けた、1億総ダンサー化計画の始まりだった。
「社会」と「貪欲さ」を教えてくれた友人、そして兄
高みをめざすダンサーに、エネルギーを与えた人物が2人いる。FISHBOYは「社会に関しては太田 雄貴から、貪欲さは僕の兄、中田 敦彦から学んだ」と感謝を込めて話す。
「同い年の太田さんと初めて会ったのは20代半ばでした。彼はフェンシング選手として2008年北京五輪の個人、続くロンドン五輪の団体でいずれも銀メダルを獲得。日本人がメダルを取ればフェンシング人気が高まるかと思いきや、変わらない現実に歯がゆさを感じていたようです。同じくダンスの世界でもがいていた僕は、とても共感しました。
太田さんがすごいのは、その後日本フェンシング協会の会長、IOC(国際オリンピック委員会)の委員を務めつつ、各試合の観客席をどうやって埋めるかなど競技界全体の活性化策を計画的かつ広い視野から考えていたこと。その計画性と実行力には、かなり勉強をさせてもらいましたね」
そしてお笑いコンビ「オリエンタルラジオ」のメンバーで、屈指の人気YouTuberでもある兄の「肝の座り方」は、自身が生きる上での指針になっている。
「兄は目標をきれいにクリアするタイプじゃない。ぶつかって、前言撤回して、また新しい取り組みを始めるという感じで、泥くさくトライ・アンド・エラーを繰り返す。レーシングゲームで言うと、壁にぶつかりながらゴールに向かうような車で、アクセルを緩めないんです。
でも世間の人々からすれば、『中田 敦彦は成功した』という印象しか残らない。目標へと向かう過程でつらい思いをしたり、壁に直面したりするのは当たり前なんですよね。兄の、思い通りにいかないときの肝の座り方を尊敬し、僕もその姿勢を身につけていったように思います」
メンバーとの対話で雰囲気が高まり、リーグ完全制覇に王手
ダンサーとして実力を伸ばしながら、メディアへの露出を増やしていったFISHBOY。兄らと共にダンス&ボーカルユニット「RADIO FISH」を結成し、楽曲「PERFECT HUMAN」がヒット。2016年には紅白歌合戦初出場を果たした。
「一方でまだまだ、若いダンサーに夢を与えられていないと感じていて。そんな時に、日本に世界初のダンスリーグが立ち上がることを聞きました。10代や20代前半が憧れるのは、少し上の20代のダンサーたちです。この舞台で20代のダンサーを輝かせることで、夢を届けられるんじゃないかと思いました」
2021年1月に開幕したD.LEAGUEで、Legitのディレクターに就任したFISHBOY。しかし、試練が訪れる。初年度のD.LEAGUE 20-21 SEASONで、チームは最下位に終わった。
「チームがまとまっていないと感じて、翌シーズンにメンバー一人ひとりとのミーティングを始めました。大事なのはメンバーをちゃんと褒め、その功績を世間に広めることだと痛感しました。
チームが高く評価された場合、どうしてもディレクターが注目されがち。そうなるとメンバーは自分の手柄を取られた気分になり、チーム全体の雰囲気にも影響します。組織マネジメントの観点からも、個々をしっかりとたたえていこうと思いました」
メンバーとの信頼関係を築いて融和を図ると、チームの成績も目に見えて向上した。
昨季のD.LEAGUE 22-23 SEASONはREGULAR SEASONを制し、CHAMPIONSHIPは惜しくも準優勝。満を持して今季狙うのは、「完全制覇」だ。
30~50代もいざ踊らん!盆踊りを糸口に広がる「ダンサーの輪」
「日本人全員をダンサーにする」。思い描いてきた夢について問われると、FISHBOYは笑みをこぼした。
「このままいけば夢は実現しそうだと、最近思っていて。今、エスカレーターに乗っている感覚なんです。というのも中高生はTikTokなど、ダンスに親しむ機会が多い。力やお金を持つ30~50代はダンスをビジネスチャンスと捉えていて、若者向けのサービスや商品を手がける企業がダンサーをスポンサードする動きも目立ちます。
30代以上の皆さんには、D.LEAGUEを機にダンスのおもしろさを知ってほしい。その上で、ご本人たちにも踊ってほしいんですよね」
この世代を巻き込む手段として考えているのが、盆踊りなのだという。日本盆踊り協会の芸術顧問を務めるFISHBOYは熱っぽく語る。
「盆踊りの素晴らしさは、向かい合って踊らないところ。パーソナルスペースを確保しつつ、同じ動きをしているのが非常に日本人的で、おもしろいなと。盆踊りを糸口にしてみんなが踊る場をつくっていけば、ゆくゆくは日本人全員をダンサーにできるはず。その景色を見てみたいですね」
理想の世界を話す時、脳裏をかすめるのは羽田での落胆だ。
「僕は結局、空港で味わったコンプレックスを晴らすために生きているのかもしれません。でもあの体験こそが今、人生をとても華やかにしてくれています」
ビターな思い出も至上の養分に変え、FISHBOYは大海原を泳ぎ続ける。
※ 記載内容は2024年4月時点のものです
