遠回りして見えた多様性
──生まれ育った環境について教えてください
生まれは千葉市稲毛区ですが、父が転勤族だったので県内の茂原や市川に移り、さらに中学と高校の6年間は広島県で過ごしました。自分の故郷は千葉市、第二の故郷は広島という感覚です。
高校を卒業した後、1年半ほどはフリーターのような生活をしていました。高3時の大学受験は、志望校だけを受けて不合格となりました。大学進学を辞め、車が好きだったので自動車整備士の専門学校に通って資格を取ることも考え、実際に入学試験を受けてもいます。だけど今のままで社会に出るよりも、もう少しいろいろなことを見聞きしたいという気持ちがあり、目標を定めずに短期のバイトを転々として暮らしました。
翌年の夏頃になって、このまま進路も決めないままで両親の厄介になるわけにもいかないと思い、もう一度大学受験に挑もうと予備校に通い始めました。都内や埼玉県にキャンパスがある大学の国際学部に合格し、入学しました。
──大学での専攻や研究について教えてください
国際貢献や地域活性化に力を入れている大学で、私もフェアトレードについての研究をしていました。フィールドワークとして、国際貢献をしているNGOの活動に同行して、バングラデシュに10日間ほど行ったこともあります。そのNGOは今もジュート(黄麻を原料とする繊維)製品をバングラデシュから適正な価格で仕入れ、日本で販売する活動をしています。滞在中はジュート製品の生産現場を訪問して労働環境を見学したり、働いている方々にヒアリングを行ったりしました。
フェアトレード認証を受けるには原材料のトレーサビリティや雇用条件などの基準を満たす必要があるので、見学した工場でも働き口の確保に苦労しがちな女性が多く採用されるなど、非常に良い環境でした。しかしそのような職場はむしろレアケースで、認証を受けていない生産現場では様々な問題が起こっているはずですし、町外れにはスラム街もあり、貧富の差の激しさや社会的な不公正を実感しました。
夏休みには研究の一環として、大学のそばにあるショッピングモールの一角を借りて、研究内容を展示しながら買い付けたフェアトレード商品を販売しました。現役生の時に第一志望にした大学ではありませんが、回り道をしてそこに入ったことで、結果として自分が求めていたものが得られたような気がします。
──学生時代の経験から学んだことは何ですか?
ドロップアウトした時期も含めて学生時代は、当たり前の生活は当たり前に与えられるわけではなく、誰かの不断の努力があって実現していることを、生まれて初めて実感した数年間でした。人生は一本道ではなく、いま同じ場所に立っている人たちも、まっすぐ来た人もいれば回り道をした人もいるし、迷子になった人もいれば、恵まれない境遇を猛烈な努力で跳ね返してきた人もいるでしょう。この視点は、現在の仕事の基礎になっていると思います。
銀行だけが果たせる役割を学ぶ
──就職活動について教えてください。
就職活動では、何らかの形で地域貢献に関わる職種に就きたいと考えました。なかでも地域金融は人々の力を大きくする「てこ」の役割を担う存在だと思っていたので、千葉興業銀行に採用されたことは幸運でした。2008年4月に入行し、浜野支店に配属されました。研修期間が終わると、半年ほどはハイカウンターでお客さま対応をする行員の後方事務を担当し、銀行業務のイロハを学びました。
その後はマイカーローンなど個人向けの消費性ローンをまずは担当し、徐々に住宅ローンなどや、小規模な法人のお客さまも受け持つようになりました。個人向けローンは法人向けと違い、毎回が新規のお客さまです。だから準備書類などもイチから揃えなければなりませんし、お客さまも未経験ですので一つ一つ不明点や不安を解消しながら進めていく必要があります。その意味で、まず個人のお客さまを担当して金融の仕組みを理解し、経験を積んでから法人担当に移行する流れは、とても理にかなっていると思います。
──営業活動で苦労した経験について教えてください。
銀行員なら誰でも経験することだと思いますが、電話営業にせよ訪問営業にせよ、断られることがほとんどで、頭ごなしに「帰れ」と言われることもしばしばありました。昼過ぎに伺うと「こんな忙しい時間に来るなんて非常識だ」と怒られ、夕方過ぎに伺うと「仕事が終わってゆっくり休んでいるのに迷惑だ」と怒られる、なんてこともあります。ただ、あまりにも前のめりなお客さまにも警戒心を持つ必要があるので、こちらも焦らずに関係性を築いていくしかありませんし、営業に万能な「正解」などないのだと思います。心が折れる場面はあっても、最終的にはどうにかなると楽観を失わず、周囲の助けを得ながら続けていれば、必ず自分にしかできない価値を提供する場面が訪れる、そう考えてやっていました。
──入行後のキャリアについて教えてください。
入行から2年9か月の2011年1月に、稲毛支店へ異動となりました。1年ほどは融資渉外の後方事務を担当し、それから外回りの法人営業を担当する課に移りました。個人と小規模法人のお客さまが中心の浜野支店とは異なり、稲毛支店は比較的規模の大きな法人のお客さまが中心で、役員会などを経ないと決裁されないことも多くなり、難しさも感じながらチャレンジングな案件も任せてもらっていました。先輩たちが築いてきたお客さまとの良好な関係を、私が途切れさせるわけにはいかないこともあり、やりがいよりも責任やプレッシャーを感じることも多かったです。
そして2012年10月には本店営業部に異動となり、都内の上場企業向けのシンジケートローン(複数の金融機関が協調して融資を行う手法)の担当になりました。多くのケースはメガバンクからシンジケートローンの提案を受け、当行として参加するかどうかを検討する側でした。これまでとはまったく毛色の違う仕事となり、クライアントよりもシンジケートを組む銀行の方と会う機会が多くなりました。案件の金額規模も数億から数十億とそれまでとはスケールがまったく違うので、戸惑うことも多く無我夢中でやっていました。
──現在の仕事内容について教えてください
現在の仕事では契約書もスキームもゼロから作ることが多く、金融の仕組みを根本から考えることも増えています。妄想に過ぎませんが、シンジケートローンの仕事はむしろ今やったほうが、理解度ももっと高まるのかも知れません。
新規事業が受ける「千本ノック」
──統括部ナレッジ企画室での経験について教えてください。
2014年7月から現在までは営業統括部ナレッジ企画室(現在は営業企画部コンサルティング企画室)に在籍し、主には法人向け与信商品の企画・運営を担当しています。
ただ、「コンサルティング企画室」という何をしているかわかりにくい部署名でしたので、「どこに振っていいかわからない案件」が振られがちでした。ライン長が来たものは全部引き受けるタイプの人だったので、一緒に何でもやりました。地方創生や産学連携に関わることもあり、行政への対応や連携を担当することもありました。仕組みづくりからやらなければいけないことも多く、大変でしたが非常に面白く、やりがいがありました。
──転機があったと聞きましたが・・・?
私にとってもちば興銀にとっても転機となったのが、2021年の銀行法改正により銀行やその子会社の業務範囲が拡大され、子会社・兄弟会社の地域商社参入が認められたことです。従来の銀行法では他業種への展開を厳しく禁じていたのですが、法改正により、銀行100%出資の子会社であっても地域商社として自社在庫を保有することや、広告業やフィンテックを手掛けることも可能になりました。ちば興銀はもともと農業への出資・支援に力を入れていたこともあり、コンサルティング企画室に籍を置きつつ、地域産品のブランディングやマーケティング、6次産業化に関わる地域商社を立ち上げることになりました。
──「株式会社ちばくる」設立の経緯について教えてください。
社内に子会社設立のノウハウがないため、すべてゼロからのスタートです。相談できる相手もおらず、3年ほどの準備期間はまさに七転八倒していました。関連する各部署に事業計画の説明を繰り返し、計画に内在するリスクを洗い出してもらうプロセスも、本当に時間がかかりました。言ってみればダメ出しの千本ノックを受けるようなもので、打ちひしがれるような思いも幾度もしています。
ただ、説明を重ねて計画の改善を繰り返す中で、関連部署の皆さんが計画に本気になり、同じ方向を向いていると実感できた瞬間がありました。これは本当に実現できる、ようやく確信したのはその時です。そして2024年4月に、ちば興銀100%出資による子会社「株式会社ちばくる」が設立されました。
「千葉の農業」をもっと輝かせたい
千葉県にとって農業は主要産業の一つで、全国第1位の産出量を誇る産品がいくつもあり、農業全体でも2022年度は全国第4位となっています。(千葉県庁ホームページより)その反面、他の都道府県と同様に生産者の高齢化や、跡継ぎの不在といった問題を抱えています。ちばくるではそういった課題に、銀行業の枠を超えて支援しようと考えています。
──現在のプロジェクトについて教えてください
現在は、イチゴ栽培用のハウスを千葉市緑区に建築しています。2024年7月に竣工し、完成後は役員含む4人の社員と行内からボランティアも募って苗の植え付けをしていきます。12月から5月までで8トン近くを収穫する見込みですが、実証実験として環境負荷を下げる試みや、周年栽培にも挑戦する予定です。
またこの農園は出荷を目的とはせず、体験型観光農園として栽培や収穫などを体験してもらうパッケージを提供することを目指しています。このスキームがうまくいけば、さらなる千葉県内への展開や、スキーム自体の提案や提供も考えています。宿泊施設も併設された体験施設などが作れれば、そのエリアの商業とのコラボレーションも生まれ、活性化にも寄与できるのではないでしょうか。
──今後の計画について教えてください
初年度はイチゴ栽培に注力することになりますが、地域商社として流通や販路開拓のコンサルティングなど、幅広く千葉の農業を支援することを目指しています。千葉県に限らずこれまでの首都圏近郊の農業は、マーケティングやブランディングを考えなくても大消費地である東京に持っていけば売れてしまうために、「◯◯県産」としてのブランド力が不足してしまう傾向がありました。地方密着型の金融機関が立ち上げた地域商社として、千葉県の農業に付加価値を集積するお手伝いをしていければと考えています。
当行の強みは銀行にしかできない業務と、これまでの銀行ではできなかった業務の両方ができることにあります。ゼロイチで何かを生み出すことは大変ではありますが、失敗も含めてチャレンジさせてくれる風土があり、今後も挑戦の可能性はどんどん拡大していくはずです。
──最後にメッセージをお願いします。
私自身は入行前も入行後も、ストレートに経験やキャリアを積んできた人間ではありません。ただ回り道をしたことが、今の事業に生かされているとも感じています。学生時代にさまざまなチャレンジをした人にとっては、きっと魅力的な職場ではないかと思います。
※ 記載内容は2024年8月時点のものです
取材・撮影 柳瀬 徹
