内向的だった幼少期と高校で訪れた転機。
北海道函館市で生まれ、転勤族で道内を転々としながら幼少期を過ごしたという岸上。その影響でおとなしい性格の子だったと当時を振り返ります。
「中学に入るまでは2~3年おきに引越しをしていました。転勤族の定めかもしれませんが、友達と仲良くなってもまたすぐお別れするのが寂しく、新しい学校で注目を浴びるのも苦手でした。その影響もあって、子供のころは引っ込み思案でおとなしい性格だったと思います。学校が終わったらすぐ家に帰って、手芸やお菓子作りなどをしていました」
少し内向的だった幼少期を経て、現在の岸上へとつながるような大きな転機があったと語ります。
「高校2年生のとき、仲が良かった友人のご両親がインドネシアに住んでいて、夏休みに一緒に現地へ遊びに行くことになりました。せっかく来たんだからと友人のお母様が現地の方と触れ合う機会を作ってくださったのですが、現地の皆さんが自由な服装で自分の好きな格好をしていたり、周りの反応に臆さず自分の意見を話していて、またそれを否定せずに受け入れている雰囲気があったんです。それが当時の私にはとても新鮮で刺激的な感覚でした。もっと気楽に暮らしていいんだな、自分をもっと出していいんだなと感じられたのを今でも覚えています」
この経験が岸上の価値観を大きく変え、帰国後には積極的に新しいことへ挑戦するようになっていったそう。
「帰国してすぐに、地元で異文化交流ができる場所や英会話スクールを探して実際に行ってみるなど、とにかく行動しました。そこで会った人たちと交流するようになってからは人と話すことや新しいことにチャレンジするのも好きになりましたね。高校生のうちにそういったコミュニティで大学生や社会人など年齢・環境の違う方と関わる機会があったというのは今にも影響していると思います。大学で国際系の学部へ進学したのも、当時のコミュニティの中に国際系の大学に通っていた方がいた影響もありますね」
この他に、高校で打ち込んだ部活動でも内面的な変化があったと言います。
「高校では弓道部に所属していました。もともと自分自身のメンタルの弱さを感じていて、武道なので精神統一を重んじる印象があったので精神を鍛えたいと思い入部したのがきっかけでした。最終的に部長も経験したのですが、弓道部に所属していたおかげで緊張する場面などには強くなれたんじゃないかなと思います」
コロナ禍での学生生活とIT業界への興味
インドネシアでの出来事がきっかけとなり、高校卒業後は国際系の学部へ進学した岸上。
「語学や異文化についてもっと学びたいと思い、国際学科を選びました。英語と中国語を勉強したり、諸外国の政治経済や少数民族の暮らしを学んだりしました。海外のニュースと日本のニュースを見比べて、視点の違いを意識する授業が面白くて印象に残っています。ただ、大学1年生の冬にコロナ禍となったので、思うような学生生活が送れたとは言えないかもしれませんね。コロナ禍になる前にフィリピン、コロナ禍でオーストラリアへそれぞれ留学したのですが、オーストラリアでの留学は基本オンラインで、現地へ行けたのは入学式など限られた機会だけでしたね」
そんな中でも、少しでも学生らしいことをしたいと岸上は行動的だったそう。
「英語サークルを立ち上げて、外国人の教授に自分の国のことを紹介してもらう動画を作って公開したり、地元の個人店を取材して三言語に翻訳したパンフレットを作り市役所に置いてもらうなどの活動をしていました。コロナ禍で個人店が打撃を受けていたので役に立てたのかなと思います。今もそのサークルの活動にはOGとしてオンラインで参加したりしています」
コロナ禍の影響はその後の就職活動にも及びました。国際学科の先輩たちの就職先は航空会社や旅行業、国際団体など英語を使って海外の人と交われる仕事に就く人が多かったそうですが、岸上の世代では同様にはいきませんでした。
「大学時代に空港でアルバイトをしていたこともあり、私も最初は海外に関わる仕事がしたいと思っていました。ただ、コロナ禍で航空業界の採用が止まり、何か違う目標を決めなくちゃと焦っていて。そんな時、IT業界に進んだ先輩から、言語が英語で馴染みがあるし、勉強してみたらけっこうプログラミングが楽しくなったという話を聞いて、自分でもオンラインのプログラミング教室に通ってみたんです。ホームページを自作できるようになったので、それを武器にしてIT業界で海外事業部がある会社を中心に就職活動をしていきました」
アスノシステムとの出会いと新しい挑戦
世の中がどんな情勢になっても働き続けられることが大切、ということを身をもって経験したことで、自分のスキルで働いていける業界としてIT業界での就職活動を進めていったという岸上。海外事業部のあるIT業界の会社を探す中でアスノシステムに出会います。
「アスノシステムの面接は皆さんフレンドリーで話しやすく、普段どんな雰囲気で仕事をしているかが伝わってきたので、入社後のイメージがしやすかったのを覚えています。他の会社では緊張してしまって話したいことを話しきれないことも多かったのですが、アスノシステムの面接ではフラットに自分の思いを話せたのが印象的でした。あとは、当時オンライン面接の会社が多かった中で数少ない対面での面接だったのも大きいですね。私自身、一緒に働く人や会社の雰囲気を重視したいと考えていたので、面接を経てアスノシステムへの志望度は高かったです。早めに内定をいただけたので、内定後にすぐ就活を終えて入社を決めました」
現在は空間サービス事業部でオウンドメディア「会議HACK!」の担当となり、会議にまつわる情報発信で世の中の会議がもっとよくなるようにという思いをもって記事作成や発信を行なっているという岸上。自社サービスの「会議室.COM」に掲載いただいている会議室の紹介などを行なって送客拡大にも取り組んでいます。
「プログラミングや海外事業ができる部署ではない配属で、正直最初は戸惑いもありました。1年目は地元の北海道で現地の方との交流やイベントに携わるなど、学生時代にやっていたこととも近かったので、そういうことが向いているのかなとぼんやり思っていました。2年目になって今の会議HACK!の担当になってかなり自由に任せていただいていて、自分で考えて動けるようになったことで徐々に自分らしく働けるようになったかなと感じます。自分の担当をもつまではどこへ向かえばいいのか迷うこともありましたが、会議HACK!を通じて世の中をよりよくできているんだと感じられるようになって、イベントへ自主性をもって参加したり、お客様とお話しする際に目的をもって質問したりお話しを聞いたりできるようになったことは大きな変化です。SEOやWebマーケティングなどの勉強をしていく中で面白さも感じているので、今はもう少しこの部署で頑張りたいという気持ちに変わってきていますね」
これまでの成長の実感と今後めざす自分のかたち
入社してから3年目となり、仕事へのやりがいも感じられるようになった岸上。入社してから成長したと感じているのは意外にもコミュニケーションスキルだと話します。
「入社してすぐは、上下関係や先輩とのコミュニケーションに苦戦していました。高校の部活で先輩が少なく、大学時代もコロナ禍であまりそういう関係性がなくて。同じ部署に同期もおらず、年齢が離れた中途入社の方が多かったので、質問のタイミングや距離感を測りかねてしまって。3年経って、社内コミュニケーションや報連相がちゃんとできるようになったなと感じています。今勉強中のSEOやWebマーケティングについても、同じ部署の経験値の高い先輩に教えていただきながら知見を深めています。コミュニケーションやWebマーケティングの知識以外にも、記事のライティングが最初は苦手だったのが、会議HACK!の担当になってから少しずつ鍛えられたと感じています。担当になったばかりの頃の記事を今読み返すと恥ずかしい気持ちになったりしますが、それもいい経験だったんだなと思います」
鍛えられたコミュニケーション能力を活かして、今では周囲のことを気にかけながら働けていると語ります。
「人と関わることはやっぱり好きなので、みんなが楽しく気持ちよく働けることを大切にしています。私の部署は一人一つのメディアを担当しているのでどうしても会話が減りがちなのですが、他のメディアの方に積極的に質問したり、出社時には仕事以外の話もしてみるなど心がけていますね。部署の雰囲気が明るくなったと言われることもあって、そういうときにはうれしく感じます」
そんな岸上が今後目指していく姿は、今取り組んでいることの先にしっかりと見据えられています。
「仕事の面では、やはり会議HACK!をもっと盛り上げていきたいです。世の中のビジネスパーソンが、会議HACK!を見れば社内コミュニケーションや会議にまつわるお悩みが解決できるようなメディアにしたいですね。そのために、引き続きSEOやライティングの勉強を続けていきたいです。人物像として目指す姿でいうと、この人に相談すれば安心だと感じられるような器の大きい穏やかな人になりたいです。今は仕事で落ち込んだりすることも多いのですが、失敗も許容して受け入れる力をつけて、今後入ってくる後輩や悩んでいる人が話しかけやすい存在になっていけたらと思います」
内向的だった幼少期から、きっかけを経て大きく変貌した岸上の成長はこれからも続いていきます。
※記載内容は2025年12月時点のものです
