経営企画チームとして、社員の声を活かした中期経営計画やPoCチャレンジ制度を策定
山本が所属する企画部経営企画チームは、会社の中期経営計画や年度事業計画の策定、推進、評価までを担う部署。近年は「社員の声を活かした経営計画の策定」をめざし、日々の業務に取り組んでいます。
「私がこのチームに異動したのは2018年。ちょうどそのころから、中期経営計画に若手・中堅社員の声を反映させるために、社員と経営層をつなぐ取り組みに力を入れ始めました。
経営計画においては、上層部が事業の方向性を決めるだけではなく、全社員が参加し、10年後のANAシステムズの姿を一緒に考えることが重要だと考えました」
テクニカルマネージャーを務める山本の業務は、経営計画関連以外にも多岐にわたります。経営会議の運営など日常業務に加え、創業10周年を迎えた2023年4月には、経営理念の刷新・コーポレートロゴの制作にも取り組みました。
「ANAシステムズはこれまで航空事業を軸としてきましたが、それに加えて今後はお客様の日常生活を支え、ライフタイム・バリューの最大化を図り、航空に留まらない価値を創出するライフバリュー事業にもチャレンジしていこう、という経営方針に合わせ経営理念も刷新することになりました。
刷新にあたっては、経営計画と同じく『社員の声を大事にしたい』という想いから各部署の代表者を通じて全社員へヒアリングを実施。ちょうどコロナ禍を経て航空事業が大打撃を受けたあとで、現場の皆さんは本当に大変な状況の中でも頑張ってくれていて……。そうした努力に応える意味でも、社員の想いにスポットライトを当てたいなと考えていました」
こうして完成したのが、「わたしたちは、人とデジタルの力で、幸せで豊かな未来をつくります」という新たな経営理念。「幸せで豊かな未来」を実現するために、企画部では「PoCチャレンジ」という制度を設け、新事業の創出にも力を入れています。
「PoCチャレンジ制度は、社員誰もが主体的にチャレンジできる環境と新しい価値の創造をめざす目的でつくられました。事業創出というとかなり難易度が上がるので、たとえば『新しい技術を検証したい』『このツールを導入して業務改善したい』などでも大歓迎。まずは小さなアイデアからでも挑戦することを大事にしています」
自分の提案で会社を変えられる──ワーキンググループでの成功体験がキャリアの転機に
2004年、ANAシステムズの前身であるANAコミュニケーションズに新卒で入社した山本。最初に配属されたのは、羽田支店の無線運用部門でした。
「ここでは、ANA就航空港の無線設備の展開や電波法に基づく法定点検、無線局免許の申請・管理など、飛行機の安全運航に直結する業務を担当していました。
その後、ITインフラ部門へ異動し、ANAグループ社員が使用するPCの開発、運用保守サービス構築やWindows10導入など、より技術的な仕事に携わるようになりました」
そんな時、その後のキャリアにつながる転機が──。当時社内の課題として挙がっていた「部門の一体感醸成」や「経営層とのコミュニケーション強化」に取り組むワーキンググループにアサインされたのです。
「当時の社内は、フロア内で別の部署の人とすれ違っても気軽にコミュニケーションをとるような雰囲気ではなくて。せっかく同じフロア・同じ部門にいるのだから、メンバー間でもっと話して連携を強化すれば、視野が広がるのではないか、と考えました。
それによって気づいた改善点は経営層に提言してみよう、という施策を進めることになったんです」
さまざまな施策を担当し、従業員満足度スコアの向上にも貢献した山本。とくに記憶に残っているのが、フレックス勤務時間の拡大に至った施策だと振り返ります。
「ある時ワーキンググループの上司が、『俺、朝早くから働く方が都合がいいし、効率もあがるんだよね』と言うのを聞いて、まずは私たちのフロアで早朝勤務のトライアルを始めてみることに。
その結果、業務の生産性において明らかな効果があることがわかり、それを経営会議で報告したところ、全社的にフレックスタイムの幅を広げることに成功しました。
この経験から、『自分たちのアイデアや提案で会社を変えることができるんだ!』と実感。コミュニケーションが強化されたことで『会社に来るのが楽しみになった』と言ってくれたメンバーもいて。やって良かったと思いましたし、こういう取り組みを全社に広げていきたいと強く感じましたね」
この会社をもっと強く、働きやすい組織にしたい──そう考えた山本は全社的な意識改革・働き方改革を推進するために企画部への異動を希望。現場部門からコーポレート部門に移るという、キャリアにおける大きな決断を果たしたのです。
育休後も管理職として活躍。支えてくれたのは柔軟な職場環境と子育ての先輩たち
企画部に異動した山本が最初に取り組んだのが、若手・中堅社員と経営者をつなぐ施策や社内全体のコミュニケーション強化でした。
「まずは20~30代の社員に『10年後のありたい姿』をヒアリングし、グラフィックファシリテーションとして漫画のようにまとめていきました。 それを経営陣に提示し、若手・中堅層がどんなことを考えているのか、事業計画のインプットとして活用してもらったんです。
その後、もう少し上の層にはキャリアを振り返るようなインタビューを実施し、今後組織のために何をしていくべきか?という意識改革も実施しました。
また、それらと並行して取り組んだのが、経営層と社員が定期的にコミュニケーションできる場づくり。共通の趣味などについてかしこまらずいろんな人と話せる機会で、ANAグループのシンボルであるひまわりを用いて『ひまわりトーク』と命名しました。タテ・ヨコ・ナナメのあらゆる層、そして社内だけでなくANAグループ全体のコミュニケーション強化をめざした活動です」
経営企画チームのメンバーは年齢層もバックグラウンドもさまざま。それぞれが多様な視点を持ち、なんでも言い合える雰囲気の中でプログラムを企画・実行できたと言う山本。そんな中、キャリアのもうひとつのターニングポイントを迎えます。
「2021年5月から1年間の産休・育休を取得したのですが、その少し前から管理職試験にチャレンジしているところでした。順当にいくとマネージャーになった直後に産休に入ることになるので、そんなタイミングで管理職についていいのかとても悩みましたね。
しかも私はそれまで同じ仕事をしている後輩がいたことがなくて……。マネージャーとしてどんな振る舞いをすればいいのかもわからなかったんです。でも、管理職の立場にならないと見えない世界もきっとあるはず。ANAシステムズという会社をもっと良くしていくには、自分もその中に入って責任を持って施策を進めるべきなのでは?と思い至りました。
周りの人に相談すると、『あなたは若手にもしっかり敬意を持って接しているから、そのままで大丈夫。自分の特性を活かしたマネージャーになればいいよ』というアドバイスをもらい、その言葉にも背中を押されましたね」
1年間の産休・育休を経て復職した山本は、すぐにテクニカルマネージャーとしてチームを牽引。子育てとの両立を助けてくれたのは、かつて自身が中心となって整えたフレックス勤務制度と、周囲の先輩パパ・ママ社員の存在でした。
「フレックスタイムが幅広いことで、中抜けして子どもの世話をしてから仕事に戻る、のような柔軟な働き方ができています。また、当社には『ひまわりカフェ』という社員同士のカジュアルコミュニケーションの場があるのですが、未就学児の子を持つ先輩パパ・ママのお話がとても参考になりますね。会社の制度や人に恵まれ、仕事と育児の両立ができていると思います」
独自のキャリアを築けたのは、私の「やってみたい」に会社が応えてくれたからこそ
技術部門の現場から企画部門に移り、現在は管理職のワーキングマザーとして活躍する山本。今後の展望を次のように語ります。
「企画部には、私と同じように熱い想いをもったメンバーがたくさんいます。そうした後進を育てながら、まずはいま取り組んでいるコミュニケーション強化の施策を継続していくことが目下の目標です。
また、ANAシステムズ全体にも外部機関から各種賞をもらうような素晴らしい社員たちがいるので、広報力を強化し、その活躍をもっと社内外に広く発信していきたいですね。ANAシステムズを多くの方に知っていただき、みんなに愛される会社にしたいと考えています」
社内では「ほとんど前例がない」という山本のキャリアパス。誰も進まない道を選び、果敢にチャレンジを繰り返して経験を積み上げてきた背景には、やはり「この会社をもっと発展させたい」という想いがありました。
「いまのテクニカルマネージャーという立場からさらにステップアップしていくには、たとえばマーケティングや方法論など未知の分野をさらに学ぶ必要があると思っています。
私のキャリアは小さな成功体験を少しずつ得て、『もしかしたら私にもできるかも……!』と、いわば“魔法にかけられた”ような状態で歩んできたもの。恐れずチャレンジする姿を見せることで、今度は後輩たちが『できるかも』『やってみたい』と思ってくれたら嬉しいですね」
山本は最後に、ANAシステムズの魅力をこう語ります。
「『やってみたい』『こう変えたい』という社員の想いをしっかり受け止めてくれる、素晴らしい会社だと思います。もちろんすべての人が最初からやりたいことができるわけではないですが、それに向けて努力する人には必ず応えてくれる会社です。
何よりも、ちょっと子どもっぽい言い方ではありますが『やりがいを持って楽しく働ける』という環境が一番の魅力。企画部としては、そうした環境や働き方をより良くしていくために、今後も社員の皆さんの声を大事にしていきたいと思います」
※ 記載内容は2024年3月時点のものです
