エンジニアを支える新たな役割
私は2022年3月に定年を迎えた後、定年再雇用制度を利用し2023年からは「Kプロ」という組織で働いています。「Kプロ」は、駆け込み・教育・改革の3つの“K”から名付けられた組織で、エンジニアに元気とやりがい、そして成長の機会を提供することを使命としています。
とくに、いわき開発センターのKプロには、若手エンジニアの技術支援やメンタル面のサポートに力を入れており、私を含め経験豊富なベテラン社員3名が所属。長い会社員生活で培ってきた知識や経験を活かし、若手の成長を後押ししています。
転職が一般的になり、人材の流動性が高まる中、若手エンジニアが会社を辞めるケースも増えています。やりたいことがあって辞めるのであれば素晴らしいことですが、ネガティブな理由による退職はできるだけ減らしたい。その想いから、Kプロが発端となり2023年11月に「エンジニア相談室」を設けました。
しかし、残念ながら自ら相談に来る人はなかなかおらず、人事部や社内診療所と連携し、休みがちな人やメンタル面で苦しそうな人を見逃さないように積極的に動いています。避けたいのは、1人で抱え込んである日突然辞めてしまうこと。それを防ぐため早めに声をかけ、悩みを聞くように心がけています。
単に励ますだけではなく、悩みの根本を探り、たとえば今の仕事がやりたいことと異なるというのであれば別部署や別拠点に掛け合って、部署異動のサポートをしたりしています。
また、2024年8月から、悩みを抱えているエンジニアがとくに多い部署において、上長と若手の1on1ミーティングを2週間に1回実施するように働きかけました。日頃の困り事や将来に向けてのキャリア開発など仕事以外の話をする場を設けることで、コミュニケーション不足を防ぎ、また若手が「見てもらっている」と感じられる環境づくりに努めています。
実施から日が浅いため、まだ施策の結果は数字には表れているわけではありませんが、確実に社内の意識は変わりつつあると感じています。
夢と現実のはざまで
昔からものづくりや技術が好きな子どもでした。将来はエンジニアを夢見ていましたが、大学では得意科目を活かして文系の道に進みました。それでもものづくりへの想いを捨てきれずメーカーへの就職を志し、1985年に統合前のアルパインに入社しました。
入社後の配属面接では、文系出身ながらエンジニアになりたいという強い意志を伝えたところ、その想いを汲んでくれ、商品企画に配属、技術を学ぶため回路設計部に研修配属されました。
しかし夢見たエンジニアとしての道で苦汁をなめることとなります。ものづくりへの強い気持ちはありましたが、周りに比べて圧倒的に技術や数学の基礎知識の知識が不足しており、自分で希望した道にもかかわらずついていくことに必死でした。
悶々とした想いを抱えたある夏の日、会社の盆踊り大会に参加した時のことです。当時の社長がすっと近づいてきて、私の出身大学の校歌を一緒に歌ってくれたのです。うれしかったですね。面接でしか話したことのない一社員の出身校を覚えていてくれたことが心にしみて、もう少し頑張ってみようという気持ちになりました。この時に感じたうれしい気持ちが今の若手をサポートする仕事にも生きているように思います。
その後、回路設計部から商品企画部に戻り、ドイツ・アメリカ駐在を経て、本社で商品企画部長、経営企画室長、中国駐在、関係会社や技術企画室などさまざまな経験を積んできました。
長いキャリアの中で悔いが残っていることと言えば、商品企画部長と経営企画室長時代に、会社の成長戦略策定に取り組んだ時のことでしょうか。それまで商品企画に長く携わっていたので「企画」とつくものは得意だと思っていたのですがまったく別物でした。会社からの期待には十分に応えることができなかったという後悔が残っています。
挑戦とプレッシャーの日々
非常にやりがいを感じた仕事も数多くあります。
その1つが、アルパインの最高級カーオーディオシリーズ「Juba」のCDチューナー「7909」の開発です。1990年に発売された製品ですが、いまだに多くのファンに愛されています。
担当したのは入社5年目、CD市場が最盛期でさまざまなメーカーが車載CDプレイヤーのトップの座を争っている時代でした。アルパインでも市場No.1製品を作るというプロジェクトが立ち上がり、幸運にもその商品企画メンバーに選ばれました。
「やりたいことを自由にやってよい」という方針のもと、やりたいことを詰め込んだ製品づくりをしました。最高級部品を使用したり、最新の機能を搭載したりしていくうちにあまりに高額になりすぎて部長に怒られることもありましたが、誕生したものは後に語り継がれる最高の製品となりました。
しかし、製品開発は一度出したら終わりではありません。市販ビジネスは新商品を毎年出し続ける必要があり、多くのライバル企業の中で勝ち続けなくてはいけない。もし売れなかったら自分たちの責任。プレッシャーは非常に大きかったですが、エンジニア仲間と世界中の販売店を回りお客様の声を集め、新たなアイデアを生み出し続けた結果、長年ハイエンドブランドの座を守り抜くことができました。
今の若い世代にも、やりがいを感じながら、お客様に感動を与えられるものづくりを続けてほしいと願っています。また、やりがいを感じるためにも「好き」が仕事につながればよいですよね。すべての人が「好き」を仕事にするのは難しいかもしれませんが、仕事を通じて好きなことを見つけることはできるはずです。
また人に感動を与えるために、常にお客様のことを考えられるようになってほしいです。当社のビジネスの大半はBtoBですが、お給料は最終消費者からいただいているという意識を持てば目線も変わるのではないでしょうか。
人生はまだまだ続く
定年再雇用となった今、自分なりに「健康・機嫌よく・貢献する」の3Kをポリシーとして日々を過ごしています。
「健康」は基本。「機嫌よく」はかつてできなかったのでその難しさはわかっていますが、再雇用後は意識して機嫌よく過ごすように心がけています。そして社会人として最も大切なのは「貢献」です。数値化しづらい仕事ではありますが、今後も若いエンジニアと会社に貢献できていると感じられる仕事をしていきたいです。
今後、65歳までは働く予定ですが、3Kのどれか1つでもできなくなったら仕事の辞め時だと思っています。
また、「現場の意見を聞くこと」は現役時代から重視しています。昔上司から机の上で考えていてもしょうがないと教わってから、商品企画時代は各国の販売店周りを頻繁に行い、今は若手エンジニアと直接対話することを重視しています。
プライベートも充実しています。学生時代からの趣味だったバイクとは結婚後しばらくは距離を置いていたのですが、58歳になってからバイクを新たに購入し、59歳で大型の免許を取りました。今は娘と一緒にツーリングをするのが新たな楽しみとなりました。またアマチュア無線も楽しんでおり、60歳で1級に合格しました。
定年再雇用にはさまざまイメージがあると思いますが、私は仕事で新たなやりがいと目標を見つけ、プライベートでも新しいことにチャレンジをしています。今後の人生、まだまだ楽しいことがたくさんありそうです。
※ 記載内容は2024年11月時点のものです
