視覚だけではない。五感すべてが対象となる「体験」デザイン
──現在の業務について教えてください。
車載製品を中心に製品デザインを行うデザイン室の中で、私はブランドビジネスのデザインチームに所属しています。
アルプスアルパインは、一般のお客様がカー用品店などで直接購入できる車載製品やサービスを扱う、アルパインというブランドを持っています。そのアルパインブランドで販売される製品をデザインすることが私たちのチームの任務です。
当社の売上比率だけで見ると、対メーカービジネスであるOEMの方が大きいのですが、ブランドビジネスは直接お客様に価値を提供でき、当社のファンを作るという重要な役割を担っていると自負しています。私は、その中でもアンプやスピーカーなどのサウンド製品デザインを主に担当しており、現在世界中で発売しているアルパインブランドのサウンド製品の多くに携わっています。
アメリカではパワフルなサウンドを想起させる力強い見た目が好まれたり、日本や中国ではハイレゾのような繊細な音色を想起させる緻密で洗練されたデザインが好まれたりと、国や地域によってデザインの嗜好が異なります。そのため、現地の営業メンバーと密に連携を取り、「お客様はどんな方なのか」「どういうデザインが求められているか」を把握しながら、製品のターゲットエリアによってデザインのテイストを変えたりしています。
インターネットのクチコミやレビューでは当社製品のデザインを高く評価してくれているものも多く、自分の仕事を通してお客様に喜んでもらえているということにやりがいを感じます。しかし、自動車業界を取り巻く環境も大きく変わってきていることから、従来の製品ラインナップに加えて新しい領域の製品やサービスが必要になってきています。
そこで重要になってくるのが、新しい「体験」価値のデザインです。デザインというと目に見えるものをイメージしがちだと思いますが、それだけではない、五感に訴える「体験」のデザインに挑戦しています。車内空間を五感の観点でデザインし、移動時間がより楽しく、より感動的になるような体験を創り出そうとしています。
お客様に喜んでもらうために──デザインに必要なものは人に寄り添う「思いやりの心」
──仕事をする上で大切にしていることはなんですか?
お客様を明確にして、そのお客様に響くデザインを創るように心がけています。当社デザイン室のミッションは「特定の顧客に響く付加価値の創出」と定義されているのですが、この言葉に表されているとおり、デザインというのは製品のメイン機能ではないものの、製品の価値を増幅できる、なくてはならないものだと思っています。
また、「特定の顧客に響く」という言葉にあるように、きちんと顧客を明確にしてその人の心に響くデザインを創るように心がけています。そのために、お客様のことを想像して年齢や住んでいる場所など具体的なペルソナを描き、喜んでもらうためにはどうしたら良いかを考えています。
デザインの仕事は、センスが重要と思われるかもしれません。もちろん、それもありますが、ペルソナを描く上で客観的に見る観察力が必要ですし、何よりその人たちの気持ちに寄り添い、喜んでくれるために必死に考えることができる思いやりの心が最も重要なのではないでしょうか。
これは、デザインの仕事に限ったことではなく、すべての仕事にはお客様がいて、その人が求めることは何かを考えて行動するようにしています。相手を想う、思いやりの心を大切に日々の仕事に取り組んでいます。
こだわりの末に手に入れた栄冠
──これまでの経歴を教えてください。
昔から絵や設計が好きだったのですが、高校時代に工業デザインを知ってから製品に形を与える仕事をやりたいと強く思うようになり、大学はデザイン系の学部に行きました。就職活動では、デザイン部がある企業を中心に受けていました。もともとは家電メーカーに興味があったのですが、大学OBの紹介で車載機器に気持ちが惹かれ、2010年に会社統合前のアルパインとご縁があって入社することとなりました。
当社のことは学生時代から知っていて、クセのあるカッコいいデザインだなと感じていました。一方、当時の私が好むデザインはシンプルなデザインでした。入社後、実際にデザインを始めてみると、クセのあるデザインを生み出すのは大変で苦労しました。
トライアンドエラーを繰り返す中で、先輩方の生み出したクセのあるデザインには製品の特徴を表現した強いこだわりが秘められており、それがアルパイン「らしさ」につながっていることがわかりました。
それからは、クセを出すことの奥深さを感じ、ますますデザインの仕事におもしろさを感じられるようになりました。
2018年、アルパインブランド「らしさ」を詰め込んだフラッグシップモデル「Alpine F#1 Status」の開発が決定し、デザインのコアメンバーとしてプロジェクトに参画しました。こだわった点は多くあります。
たとえば、ヘッドユニット(再生やボリュームなどを操作するオーディオ本体)の光るボタンは「照光ボタン」として、過去から当社のデザインのアイデンティティとして継承、進化させてきました。今回、「照光ボタン」はLEDを調光した新色を採用し、過去のヘリテイジを継承しつつ新しい時代の製品としてデザインしました。また、当社製の重みのあるロータリーエンコーダやタクトスイッチを採用し、操作性の高級感にもこだわりました。
一部の部品には少量生産だからこそできるアルミの削り出し加工を採用し、アルミ素材の持つ質感や加工精度を活かした緻密なデザインに仕上がりました。他にも、間やバランスを突き詰めて、フラッグシップとしての威厳と風格を表現した誇り高い製品です。
こだわりが強いからこそコストという障壁があり、デザインと機能とコストのバランスをとるのに苦労した場面もありましたが、2021年無事に世に送り出すことができました。
そうして、「Alpine F#1 Status」では2022年に世界で最も権威あるデザイン賞のひとつ、iF Design Award を受賞しました。当社としては初の快挙であり、このような栄誉ある賞の獲得に携われたことは今でも大変誇らしく思っています。
好きな仕事だからこそ、後世のために働き方も変えていきたい
──今までで大変だったことは?
プロダクトデザインの仕事のやり方をひと通り体験して学び、さまざまな案件を任せてもらえるようになったころ、複数の案件をひとりで抱え込んでしまったことがあります。自分でやり切るという幼稚な責任感とプライドがあり、他の人に頼らなかった結果、納期内に満足のいく形にならなかったモデルがありました。自分でやり切ろうとした結果が関係者に迷惑をかけることになり、とても反省しました。
それを機に、納期が厳しい案件は事前に他の人に頼ったり納期調整をしたりして、クオリティは落とさず、かつ開発メンバーにも迷惑もかけないスケジュールを組むようにしています。クリエイティブ業にありがちだと思うのですが、良いモノを作るためには時間がかかっても仕方ないというマインドになってしまうことがあります。
先ほどお話した「Alpine F#1 Status」も、自分が納得でき、かつ機能性とコストのバランスをとれるデザインを考えるため、製品によってプロジェクトメンバー全員で100〜200案ほどアイデアスケッチを作成しました。「Alpine F#1 Status」はフラッグシップモデルで、当社らしさとは何かを追究する過程もあったため特別ですが、やはりアイデアの数だけ時間が必要でした。
しかし、長時間働くことが正しいというような歪んだ解釈が継承されてしまうと現在の価値観に合った働き方とは呼べないため、仕事を楽しめなくなる若手も出てくると思っています。
そこで、現在デザイン室では働き方を変えようと試行錯誤をしています。デザインのクオリティを落とさない前提で業務を効率化するために、タブレット端末やVRなど新しいツールを導入したり、ビジネスチャットツールを用いて情報やノウハウの共有、コミュニケーションを増やしたりしてライフワークバランスが取りやすい職場づくりを進めています。
もちろん、一番大切なことはお客様に喜んでもらうこと。しかし、それと自分の働き方をより良くすることを両立させることが、これからは大事だと思っています。
──最後に、今現在は楽しいですか?
とても楽しいですよ。新しい価値を生み出すことがもともと好きで、やりたい仕事ができているので楽しいです。とてもやりがいがある仕事だと思っています。
新たなものを創出するには厳しい場面もありますが、新しい価値やデザインを生み出すことへの意欲と情熱、そしてその先にお客様の笑顔があると考えることで、厳しさを乗り越えてこられたのだと思っています。
これからもデザインを通して人々の生活を豊かにできるように情熱をもって努めていきたいと思います。
※ 記載内容は2023年6月時点のものです
