好奇心が導く、建設コンサルタントへの道──多様な技術や学会活動で広がる視野と可能性
子どものころから好奇心旺盛で、よく本を読んでいたという高山。とくに恐竜や大地の成り立ちが好きで興味を持っていた高山は、高校時代に憧れの地学の先生に出会ったことをきっかけに、進路を決めます。
「大学では地形学を専攻しながら、さまざまな実習やフィールドワークに取り組みました。卒業研究では地震による地殻変動をテーマに研究していました」
就職活動の時期となり、高山はそうした経験が生かせるアジア航測に魅力を感じます。
「空中写真判読などは研究でもやっていたので、大学でやっていることと業務内容が近いなと思いました。また当時は、女性がこうした仕事を希望すると社内での作業が中心になるケースが多かったのですが、アジア航測で『私は現場に行きたいです!』と言ったら快く承諾してくれて。それが大きな決め手となりました」
入社後、斜面や渓流の防災業務に携わることになった高山は、希望通り現場を駆け回る中で、どのような地形・地質の場所が危険か見極めるための精度をより高めたいと考えるようになります。
「その頃、ちょうど上司から、当時注目され始めていたGIS(地理情報システム)の勉強を勧められました。まだ社内にも詳しい人がいない状況だったのですが、新たな技術に惹かれ、英語のマニュアルなどを見ながら夢中で習得していきました。そこから、地理・地形解析による土砂災害危険箇所の抽出をひたすら試行錯誤していましたね」
その後、航空レーザ測量機材が導入されたことで、より詳細な地形データの活用が可能になっていきました。高山はこの頃の経験を振り返ります。
「それまでの写真測量手法では、樹木下の地表面形状再現は図化オペレータの経験による推定でしたので、たとえば斜面に亀裂があったとしても、把握できなかったんです。しかし、航空レーザでは地表面の状況を直接、詳細に測ることができる。地すべりなどの調査をしていた私からすれば、画期的な手法でした」
防災に関する技術の進歩とともに歩んできた高山。時代に合わせた知見を取り入れるため、社外活動にも積極的に参加していました。
「会社を通じて学会や協会活動にも参加させていただいて、そこで発表したり、他の方の発表を聞いて知識を持ち帰ったりしていました。違う会社の方や他の分野の方と会うのは刺激的でしたね。凝り固まることなく『いろんな人がいて、いろんな目的がある』ということを学べてよかったと思います。
若手のうちからこういった機会を得られたのは、アジア航測ならではですね。昔から年齢などに関係なく、チャレンジさせてくれる風土だったんです」
AIや点群解析による危険箇所把握の研究開発に注力。長年の構想が特許に
社内外を問わずに積極的な取り組みを続け、成長をしてきた高山。2007年には産休・育休を取得します。
「妊娠中は安静を優先して比較的時間があったこともあり、それまでなかなか勉強できていなかった技術士の資格を取ってから産休・育休に入りました。女性の技術者はまだ少ない時代でしたが、その中にも子育てと仕事を両立している方はいたので、不安はありませんでしたね」
半年後に復帰した高山は技術士の資格をもとに、業務管理や部門のマネジメントを行う立場になっていきます。
「アジア航測の技術者は私を含めて個性の強い人が多いので、マネジメントについては悩みの連続でした。課長・部長とだんだんと役職も上がっていきましたが、常に試行錯誤が必要でした。
管理する立場になってからは、目の前のことだけでなく、どうやってゴールにたどり着くかというところをより考えるようになりましたし、チームとしてどう協力体制を築くかを意識するようになったと思います」
マネージャーとして新たなステージに進みつつも、高山は技術者としての向上心を忘れることはありませんでした。
「AIによる土砂災害危険箇所の自動抽出手法や、2時期の点群解析手法の研究開発を続け、後者で2021年に特許を取得しました。航空レーザのデータはXYZ座標の点群データなのですが、それを今まではメッシュという四角形にして扱うことが多かったんです。
しかしそれだと情報が欠けてしまうので、点群のまま前後の比較をしてどこが変わったかを調査する手法を考案し、特許に結び付きました。たとえば断層が動いた時や、斜面が滑った時の3次元的な変動のベクトルを表現できるようになりました」
この特許の取得や一連の研究は、アジア航測だからこそ実現できたと高山は語ります。
「解析手法やデータ処理などは研究所や空間情報部門の人に協力してもらいながら形にしていきました。『空間情報コンサルタント』であるアジア航測だからこそできたことだと思っています。もともと仮説が実証されることが好きだったので、この技術が実現したときもうれしかったです。
しかし、まだまだ課題は山積み。少しずつ前に進んでいるイメージです」
技術者としてたゆまぬ挑戦を続ける原動力はなんなのか。高山はこう話します。
「やはり根底にあるのは好奇心なんです。何かを見ると『どうしてだろう』『なんでだろう』と気になって調べたくなってしまう。アジア航測は、自分の責任においてにはなりますが、現場の人間が、やりたいことを業務や研究に取り込んでいける自由度があります。そんな環境のおかげで今も楽しく、新しいことに挑戦し続けられているんです」
技術者の視点をマネジメントに。執行役員としての意識転換
そんな高山は、2023年に執行役員に就任。当時の心境をこう振り返ります。
「当社は技術志向の人が多く、私もその1人。自分の根っこは今も変わらず技術者なのですが、そういう人が執行役員を務めることにも意味があるのではないかと思って引き受けました」
長年アジア航測で働く中で感じている課題について、高山はこう語ります。
「自分の専門である防災地質分野でいうと、GISや地形データを活用した調査の比率が増えていて、ずっと取り組んできたことで嬉しい反面、技術者が高齢化したというのもあって、地質調査・踏査など現地の基礎技術の伝承が難しくなってきているのが現在の悩みです。
新しい技術がどんどん出てくる中、若手の方々が学ぶことも大変だと思うのですが、机上に留まらない技術も途切れないようにしていきたいですね」
一方で、アジア航測ならではの誇りについても話します。
「日々の防災はもちろんのこと、航空機を自社運航している当社は、災害時の撮影で社会の役に立つことができます。私も災害時の緊急撮影・計測本部のメンバーとなっており、2024年1月1日の能登半島地震の際にも、地震直後に本部を立ち上げ、翌日に自主撮影をしました。
こうした写真があることで、どこで何が起こっているのか、どの道が通れるのか、孤立した集落がないかなどを早期に知ることができます。災害には休日もなく、運航部門をはじめとして対応は大変ですが、活用していただいている事例をお聞きするとやりがいを感じます」
アジア航測で築いてきた自身のキャリアを振り返りながら、高山は「わらじは何足でも履いていい」と話します。
「入社以来30年の技術者人生ですが、その中では業務成果の学会発表など研究者に近い側面もあります。一方で、課長や部長、事業部長としてマネジメントする立場にも移行してきて、現在は執行役員という社員のとりまとめ役でもあります。
加えて、家庭では親としての役割も。これらは矛盾するものではなく、すべて自分の一部。時間や体力といったリソースをどう分配するか考えながら、立場や状況によって臨機応変に対応していければと思っています」
「頑張った先に楽しさがある」。仕事のおもしろさに気づく人を増やしたい
今後の展望について高山はこう語ります。
「当社の経営理念にある『事業は社会のために』に倣い、技術をうまく活用して会社の成長だけでなく、社会貢献にもなるよう運営していきたいです。
その上で働く社員も幸せになれるような環境づくりができれば。仕事もやりがいをもって働いてほしいし、人としても成長してもらいたい。そのために、私ができることを考えていきたいですね」
高山は社員に向けて、好奇心を大切にしてほしいとメッセージを送ります。
「好奇心を持って能動的に学び続けてほしいです。時には『頑張ってまでつらい思いをしたくない』など仕事に後ろ向きな姿勢になってしまうこともあると思います。
でも私は頑張った先に楽しさがあり、いろんな世界が開けると思っているんです。みんながみんな仕事熱心である必要はないと思いますが、仕事のおもしろさに気づける人が増えるとうれしいなと思います」
好奇心を持つためのヒントとして、高山はこう述べます。
「気になることを調べることから始めてみてください。仕事に関わらず、日常の些細なところにアンテナを広げてみるというところから踏み出すのがいいと思います。あとはやっぱり本ですね。情報の宝庫なので、ぜひ読書をしてみてください」
常に変化し続けるアジア航測。経営幹部としての新たな役割を担いながら、若手の育成にも力を注ぐ高山。変化を恐れず、全員がやりがいをもって働ける会社をめざします。
※ 記載内容は2024年7月時点のものです
