自分の作った製品で人々の生活を豊かにしたい
工業設計技術サービス事業を手掛けるアビストでエンジニアとして働くファルハンは、大手自動車メーカーで部品の設計開発に携わっています。
ファルハン 「チームの半分以上が同じ車の部品の設計を行っています。昨年までは量産車の部品のモデルチェンジ対応の設計開発を主に行っていたのですが、現在は新しい部品の開発を行っています」
チームは常にいくつもの車種を開発しており、ファルハンも4つの車種の開発を担当しています。
ファルハン 「大切にしていることはお客様や職場の同僚・上司のほか、関わる人から信頼されるように全力で取り組んでいくことです。自分の作った製品が社会の人々の生活を便利に豊かにするのだと信じて仕事に努めています」
夢と現実のギャップ──光り輝く富士の決意
マレーシアで生まれ育ったファルハン。2018年3月に来日し、愛知県の大学に進学しました。
ファルハン 「小さいころから日本のアニメやゲームが好きでよく見ていました。その中の日本の山や川の自然豊かな風景がとても印象的で、いつか日本に行って、同じような景色を見てみたい、また相撲や茶道なども体験してみたいと憧れていました。
叔父が日本の大学で博士号を取得していたので、留学の話をよく聞いていました。そのため、私も努力すれば日本の大学へ進学できると思っていました。高校時代から日本語の勉強を始め、卒業してから3年間は日本語と工学の勉強に励みました。そして無事大学3年へ編入することができました」
入学試験に合格し、期待に胸を膨らませて来日したファルハン。しかし、初めての外国暮らしは想像以上に大変だったと語ります。
ファルハン 「日本に来たばかりのころは心細く、孤独でした。夢に見ていた明るく楽しい留学生活が送れるのか不安と心配でいっぱいでした。マレーシアでは大家族で暮らしていましたが、日本では初めて1人暮らしを経験しました。
掃除、洗濯、食事と全部1人でやらなくてはいけないので大変でしたし、授業の予習復習も必要でした。教室では留学生である私に積極的に話しかけてくれる人はまれで、これから日本人と仲良くできるか悩んでいたことを覚えています。
また日本語も勉強していましたが、テンポの速い会話は難しく、理解できないこともありました」
大学時代一番の思い出として、2018年12月に初めて東京に行ったときのことを教えてくれました。
ファルハン 「名古屋から高速バスで東京へ向かう途中のパーキングエリアから見た富士山が忘れられません。空の青さの中で光り輝く富士山。私はこの景色に憧れて日本に来たんだ、この瞬間は今しかない、もっと日本を、今の経験を楽しもうと心に誓いました」
その後、より積極的に大学で日々過ごすうちに友達も増え、日本の生活がどんどん楽しくなっていったとファルハンは当時を振り返ります。
組み立てマニュアルを完成させた経験が大きな成長へつながった
大学卒業後の進路を考えるにあたり、勉強して身につけた日本語を使いたいと考えたファルハンは、日本で就職することを選びます。
ファルハン 「日本の大学で学んだことを仕事でも活かしていきたいと思いました。マレーシアでは日本語が活かせる仕事は通訳くらいしかありません。日本語で学んだ機械工学を活かすために、日本でエンジニアになりたいと思いました。
それに日本の自然や風景が好きなことは変わらず、まだ行ってみたいと思いながら行けていない場所はたくさんありました。1カ所でも多く旅行して、すてきな景色を見たいと思ったんです」
そこで日本の理系の就職先を探して就職活動を進めたとファルハンは言います。
ファルハン 「アビストは同じ研究室の先輩が就職しており、詳しい話を聞くことができました。エンジニアは希望していた仕事であり、街を走っている自動車に携われる可能性があることも魅力的でした。
加えて入社を希望するなら相談やサポートに乗ってくれると聞き、安心感が生まれました。また、愛知県から離れたくないとも思っていたため、県内に事業所があることも大きな決め手になりました」
面接試験に合格し、就職を決めたファルハン。もうすぐ卒業という時期に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により緊急事態宣言が発令され、卒業式もなく、不安な気持ちを抱え入社を迎えました。
ファルハン 「最初はいろいろな不安がありました。これから自立して仕事をしていくこと、自分で生活に関することをすべて行わなくてはいけないこと、自由な時間が少なくなることなど──と同時に自分の力で賃金を得て自立していくことに期待もありました」
2020年4月に入社し、5月まで集合研修を受講したファルハン。6月には大手自動車メーカーの担当部署に配属されました。
ファルハン 「最初は勉強しながら、先輩から指示された仕事に取り組みました。部品の用語などもわからなかったので、一つひとつ調べたり聞いたりしながら、徐々に覚え、その年の7月くらいからは設計の作業を少しずつ任せてもらえるようになりました」
今までで一番印象に残っているプロジェクトは2022年11~12月にかけて行った部品の取りつけマニュアルの作成と語ります。
ファルハン 「当時、新しい部品の設計開発をチームで行っていたのですが、その中で工場の作業者向けの取りつけマニュアルを作ってほしいと依頼されました。新しく開発している部品なので、過去のマニュアルはありません。他の部品のマニュアルを参考にしながら作りました」
わからない部分は、途中で何度も確認しながら進めたファルハンでしたが、意図がなかなか伝わらず何度も書き直したと言います。
ファルハン 「大変でしたが、何とか期日までに完成することができました。今でも工場で自分が作ったマニュアルを見て作業していると思うと嬉しくなります。
この仕事を通じて多くの人との関係ができたので、この関係性と経験を次の仕事にも活かしたいと考えています」
夢は仕事を通じて相手に喜ばれる製品を作り、人々の笑顔が増える仕事すること
これからも日本で働き、技術力を高め、笑顔にできる仕事をしていきたいとファルハンは語ります。
ファルハン 「仕事を通じて相手に喜ばれる製品を作り、人々の笑顔が増える仕事することをめざしています。現在担当している部品設計でもきちんとできると先輩やチームメンバーなど周りにいる人が笑顔になり『ありがとう』と声をかけてくれます。
多くの人が関わる仕事ではより多くの人が笑顔になります。相手が笑顔になると自分も嬉しくなりますし、苦労してやって良かったと感じます。また自分が関わった車が販売され、多くの方に乗ってもらえると想像すると感慨深いです」
今後は、よりグローバルなプロジェクトに関わりたいと言うファルハン。身につけた日本語、英語の語学力やマレーシアと日本の2つの国で暮らして得た考え方やコミュニケーション力を活かせるようなプロジェクトに関わりたいと望んでいます。
ファルハン 「今、携わっている部品を搭載した車は日本だけでなく、世界各国で生産・販売されているので、そのような国の方と一緒に働く経験をしていきたいと考えています」
また日本で働きたいと考えている方に向けてファルハンは続けて語ります。
ファルハン 「母国語以外の国で働くこと、日本において日本語がネイティブでないことは障害ではなく、自分が成長するチャンスだと捉えています。そのために苦労すること、時間がたくさんかかることはありますが、すべて自分の経験と成長につながっています。
その経験を通じて見える景色や考え方の幅、異国で生き抜く力も身につきました。マレーシアでずっと生活していたら想像できないことでした。
まだ日本において見ていない景色、訪れていない観光地はたくさんあります。これからも日本で多くの経験を積み、成長していきたいと思います」
異国の地で苦労を重ねながらも目を輝かせて語るファルハン。多国籍の社員が働きやすい環境の整備をアビストは進めています。
