大阪工場製造課のブロー工程およびパレタイザー工程でリーダーとして活躍
大阪工場の製造課に所属する清水。現在は、ブロー工程およびパレタイザー工程を担当しています。
清水 「ブロー工程とは、プリフォームを加熱し金型の中で空気を吹き込んで膨らませボトルに成形する工程のこと。パレタイザー工程は、仕上がったボトルを包装し、最終製品の確認を行う工程のことをいいます。私はそのふたつの工程のリーダーのようなポジションを務めていて、安定生産に向けた整備や改善活動のための計画を行ったり、メンバー内で目標を共有しベクトルを合わせたりしていくことが主な業務です。
『食品用』『生活・家庭用品用』のプラスチックボトル事業がメビウスパッケージング(以後、MPG)泉佐野工場に集約されたことで、大阪工場は飲料用PETボトル専業の工場になりました」
清水が大阪工場に着任したのは2022年の11月のこと。ほとんどのメンバーが初対面ということもあり、社内外でのコミュニケーションに積極的に努めてきたと言います。
清水 「製造現場にはいろいろな人がいて、それぞれに違った考え方を持っています。まず相手のことをしっかり理解した上で自分の考えを伝えるようにしてきました。コロナ禍ということもあり、とくに若い社員との世代間ギャップが生まれ始めていて、話のとっかかりがつかみにくくなっていると感じます。たとえば、20代前半の直属の後輩たちはゲームが趣味だというのですが、自分はその分野に疎くて……。
仕事の話ばかりだと堅苦しいですが、かといって仕事中は雑談できるような状況でもないので、少人数単位でちょくちょく飲みに連れていったりしています。大阪工場にきて8カ月目になりますが、メンバーの性格的なところが少しずつ見えてきているところです」
入社後に清水が配属されたのは洗剤や食用油、調味料といった一般容器の製造に関わる職場 。約11年にわたり在籍した経験が、いまの業務に活かされていると話します。
清水 「最後の1年は保全グループで改善活動や困りごとの解決に携わっていたため製造ラインから外れていましたが 、主に一般容器の製造に関わっていました。その10年間でブロー成形機や射出成形機など多くの機械を扱うことを経験しました。機械は違いますがプロセスは似ていてMPGでもいまの工場でも、当時身につけた知識やスキルはいまも現役です」
12年目に訪れた転機。立ち上げに応援に参加し、チーム力の大きさを目の当たりに
入社した当初は日々の業務に追われ、機械がトラブルを起こして停止しても間に合わせの処置をして再び稼働させ、やがてまた同じトラブルで停止する毎日だったと振り返る清水。上司からある言葉をかけられたことを機に、仕事への向き合い方が大きく変わったと言います。
清水 「老朽化している機械も多く、停止したらまた回せばいいという気持ちで仕事をしていたのですが、入社して2年目のある日、当時の上司から『もっと楽しようや』と言われたんです。楽をするというのは、人の手の必要をなくしていくこと。つまり、機械を停止させないことをさすため決して簡単ではないのですが、物事をシンプルに考えることの大切さを教えられた気がして。その日以来、楽をするために働くことを目標に仕事に励むようになりました。
機械が停止したことを受けて対応するそれまでの思考から、機械が止まる原因を究明し改善する思考へとシフトしたことで、忙しさのあまり休憩もろくに取れなかった職場に少しずつ余裕が生まれていくように。以前よりも新しいアイデアが生まれやすくなるなど、好ましい循環ができていきました」
そんな清水に転機が訪れたのは、入社して12年目のこと。久喜工場の渋川サテライトの立ち上げに応援要因として派遣されたときのことでした。4カ月にわたり初めて他工場と深く関わったことがきっかけで、視野が大きく広がったと言います。
清水 「立ち上げ作業には、現地メンバーに加えて、本社やテクニカルセンター、グループ会社の方々も参加していて、それぞれ所属も文化も異なるメンバー全員が同じ目標のもとでミッションを遂行していきました。そこで目にしたのは、チーム力のインパクト。足し算ではなく掛け算によって人数以上の力が発揮される様子を目の当たりにし、ひとりでできることが限られていることを痛烈に思い知ったのを覚えています。
目的達成のためにどう意思疎通を図るべきかなど、その後の自分の仕事の進め方に大きな影響を与える体験ができました。また、それまでは、機械をうまく運転させることにばかり気を取られていましたが、視座が上がって会社全体の動向や間接部門の動きなどにも目がいくようになったと思います」
月間の運転損失時間がゼロを達成。神崎サテライトで学んだことが大きな糧に
立ち上げ応援から戻って間もなく、神崎サテライトへ異動になった清水。当施設では充填会社と設備が連結していることから、スピーディーに製品が供給できる反面、大きな緊張感をともなうと話します。
清水 「神崎サテライトでは、一般的な工場のように完成したボトルを包装して出荷するのではなく、そのままコンベアにのせてお客様の設備へと搬入していきます。そのため、万が一、不良品を出してしまうと、保留対応を取る間もなくボトルの中身が即充填され製品化されてしまい、お客様に多大なご迷惑をおかけすることになるんです。不良品を絶対に出せないという緊張感がありましたね。
休日や夜中に機械トラブルが起きて呼び出されることもよくありました。普通の工場であれば、とりあえず朝まで停止させておくこともできますが、お客様と直接つながっている神崎サテライトではそうはいきませんから」
神崎サテライトには間接部門のメンバーが常駐していません。品質管理はもちろん、ライン設備やユーティリティ、資材の受注など、現場のメンバーにあらゆる知識が求められることが、大きく成長するきっかけになったと言います。
清水 「渋川サテライトの立ち上げ応援を経て神崎サテライトで過ごした約6年半の間、日に日に考え方が変わり、視野が広がっていくのが自分でもわかりました。とくに、神崎サテライトは自分の礎を形成した場所。そこで経験したことが大きな糧となっています」
そんな神崎サテライトでの成長を象徴するような出来事がありました。
清水 「月間の運転損失時間ゼロを達成したことがあったんです。これは、1秒たりともボトルの供給を止めなかったということ。ボトル工場では、プリフォームが引っかかるなど、ちょっとしたことで機械が停止してしまうものなのですが、そうしたトラブルが一切なく、完全な安定生産を実現することができました。
これを成し遂げられたのは、機械の安定稼働に向け、どんな些細なトラブルにも徹底して対応を行ってきたからこそ。一人ひとりがモチベーションを絶やさず、互いの動向を見極めながら、同じ目標に向かって走り続けてきた結果だと思っています」
神崎サテライトでの仕事の難しさと醍醐味は表裏一体だと言う清水。勤務中まったく気が抜けない環境があるからこそ、やりがいも大きいと話します。
清水 「工場で働いていると、取引先の方と顔を合わせる機会はほとんどありませんが、神崎サテライトではお客様と会わない日がありません。運転損失時間ゼロを実現したときも、『すごいですね。こんなに止まらない機械は見たことないですよ』と言っていただきました。そうやって声を直接いただけることは仕事をする上で励みになりますね」
大幅な経費削減に成功。シンプルで楽な環境づくりをめざして
“個人事業主のような視点を持つこと”を大切にしてきたと話す清水。その理由を次のように話します。
清水 「工場で使用する一つひとつの機械やパーツはとても高価。もしこれを個人で購入するとなると慎重になりますし、大切に扱おうという気持ちになると思うんです。会社が持続的に成長する上で、製造課としてまず考えるべきなのが、機械やパーツを購入する際の費用対効果。過剰な設備にならないか、本当に必要なものなのかなど、総合的・合理的に判断するようにしています」
実際、こうした方針を徹底したことで、大きな成果を上げたこともありました。
清水 「機械やパーツを内製化したり設備補強を見直したりした結果、年間の部品代を大幅に削減することに成功しました」
今後も経費削減に力を入れていきたいと話す清水。その背景には、仕事に向き合う上で貫いてきた流儀があります。
清水 「テクニカルセンターや協力会社など、東洋製罐には高い技術力があるため、これまでメーカーさんから購入していた高価なパーツを内製化することで、大きな効果が期待できると思っています。いつも心がけているのは、“当たり前のことを当たり前と思わない”こと。視野を広く、視座を高くしながら、常識を疑って挑戦し続けていきたいですね。いまよりシンプルで楽な環境づくりに努めていきたいと思っています」
また、新たな領域の仕事にも意欲的です。
清水 「いまの業務にこだわるつもりはありません。柔軟性を重視しており技術支援や間接的な業務もそうですが、さまざまな経験を得てキャリアアップできる環境にいたい気持ちが強いため、機会があれば、いろいろなことに手を出してみたいですね」
変化を恐れず、前向きに挑戦を受け入れる。そうして、上司からもらった「もっと楽しようや」という言葉を実現すべく奮闘を続ける清水のこれからの活躍にも目が離せません。
※ 記載内容は2023年6月時点のものです
