言葉の持つ力に惹かれて──書くことを、やがて仕事として意識するように
小学生のころから自分でテーマを見つけて文章を書いていたと言う池田。話すよりも書いて伝える方が得意だったと振り返ります。
「中学時代、勉強のお供でラジオをよく聞いていたのですが、自分が送ったメッセージを読んでもらえることに快感を覚えて(笑)。そこから新聞や雑誌などにも原稿を投稿するようになりました。
読者の声欄やテレビ番組の批評欄に自分の文章が掲載されているのを見たり、原稿を読んだ人から反響をもらったり。それがとにかく楽しくて、書くことがどんどん好きになっていったんです」
自分の想いを文章で表現し、人に伝え、社会とつながる。そこに漠然としたおもしろさを感じていた高校生のころ、ある職業の存在を知ります。
「高校では商業や経済を勉強する学科に所属していて、授業の一環でコピーライティングについて学ぶ機会がありました。その中で過去の優れたキャッチコピーがズラッと紹介されたのですが、こんな短いひと言で人の心を動かせるんだと衝撃を受けて……。言葉の持つ力を最大限に活かす仕事があることを知り、広告に興味を持つようになりました」
高校卒業後は大学の商学部に進学し、広告に関連するマーケティングを専攻。いつしか本格的にコピーライターを志すようになります。
「大学の図書館に所蔵されていた『コピー名鑑』をすべて読むなど、授業以外でもコピーライティングに触れるうち、自分もこんな仕事がしたいと思うようになりました。
コピーライターを育成する講座にも通い、第一線で活躍しているプロからライティング技術を学びました。講座には学生から社会人までさまざまな人が参加していて、自分にはない斬新な切り口を持つ仲間と切磋琢磨するのが楽しかったです。
当時は採用が厳しい時代だったのですが、それでもコピーライターという職種に絞って就職活動を行いました。狭き門になかなか内定が決まらない焦りがある中、最後まで貫いたのは、書くことを仕事にしたいという想いです。卒業間際にようやく広告制作会社での採用が決まり、コピーライターとしてキャリアをスタートすることができました」
伝える相手に誠実な表現とは。広告と向き合う中で生じた葛藤から、次のキャリアへ
広告制作会社では、住宅メーカーの商品カタログや大学案内、製薬会社の折り込み広告、企業の広報誌など幅広いコピーライティングを担当。今でも鮮明に覚えているのが、初めて手がけた広告を手に取った時のことです。
「自分が書いたコピーの印刷物を見た時は、本当にうれしかったです。デザイナーやフォトグラファーなどさまざまなメンバーと協力して修正を重ね、ようやく1つの形になったんだなと。そうして完成した広告がきっかけでたくさんの消費者が行動を起こし、クライアントに喜んでもらえることにやりがいを感じました」
広告の影響力と同時に強く感じたのは、情報を伝えることの責任感です。コピーを書く上で、毎回悩みは尽きなかったと言います。
「クライアントがつくりたい広告をつくりながら、その向こう側にいる消費者にも誠実であること。そのバランスを大切にしていたのですが、次第に商品を売りたいクライアントの声が大きくなり、仕事の中で『今は消費者にとって誠実な広告をつくれているのか?』と感じることが増えてしまったんです。
ビジネスである以上クライアントの声を重視することに理解はできていたものの、自身の想いと、求められる仕事の間で葛藤するようになりました」
自分の中にふくらんでいった仕事への違和感。それを解消するため、転職を決意します。
「次に選んだ仕事は、化粧品メーカーのインハウスライターでした。自社で一からコンセプトを考えて広告をつくれば、製品の魅力を消費者へ誠実に伝えられると考えたからです。
入社後は約30種類ある自社製品のカタログや顧客DMの制作ディレクションとコピーライティングを担当しました。デザイナーと一緒にブランドの世界観を表現するクリエイティブを考えるなど、製品と丁寧に向き合えるのが楽しかったです」
入社から2年半が経ったころ、池田は再び転職することになります。小学生の時から好きで読んでいた地域情報誌の求人が出ているのを、偶然見かけたことがきっかけでした。
「これまではずっとモノを売るための文章を書いていましたが、街の魅力を伝え、地域の活性化に貢献するための文章を書くのもおもしろそうだなと思ったんです。広告代理店の編集部で採用が決まり、地域情報誌の企画・編集ライティングのほか、自治体の広報誌などの制作を6年半ほど担当させていただきました」
企業の社風や価値観がリアルに伝わる。転職活動中に出会った「talentbook」
地域情報誌の節目となる記念特集を担当することになり、1年がかりで制作を進めていた2020年。コロナ禍になり、制作状況が一変します。
「対策を徹底しながら撮影や取材を続けていましたが、先行きがまったく見えない不安な状況が続きました。幸いなことに当初の計画通りに進行でき、無事に発行することができたのですが、長い緊張状態から解放された反動でバーンアウトの状態になってしまって……。少し頭と心を休めようと、一度仕事を離れることに決めたんです」
退職後は、いつか実現したいと思っていたイギリスへの短期留学を果たし、3カ月間で心身のリセットを行った池田。そんな折にPR Tableとの出会いが訪れます。
「求人情報をいろいろ見ていたら、たまたまtalentbookにたどり着いて。記事を読むと、一人ひとりのキャリアの歩み方がわかり、仕事に対する想いがリアルに伝わってきました。企業の価値観や社風が自分に合うかどうかを判断するのに、すごく良いメディアだなと。
運営している会社がPR Tableだと知り、企業サイトを詳しく見たら求人が出ていたんです。人を軸に企業の魅力を伝えるなんて、すてきな仕事だなと思いすぐ応募しました」
そして2023年3月。池田は記事制作ディレクターとしてPR Tableにジョインします。
「入社前にtalentbookを熟読し、どういうメンバーが働いているかを確認していました。実際に入社してみると、読んだ時に抱いていた印象の通り。仕事と誠実に向き合い、困ったことがあればすぐ手を差し伸べてくれる温かい人ばかりでした。
働き方はフルリモートですが、何かあれば社内のチャットツールですぐ相談ができるので、コミュニケーションに困ることはありません。定期的にオフラインで会う機会もあるなど、部署を超えた交流もできます。
ディレクターチームには、バックグラウンドが多様なメンバーがそろっていてとても刺激的です。いろいろな業界で経験を積んできた仲間と一緒に働くことで、視野が広がるのを感じています」
なぜその記事を書くのか──常に目的を意識し、クライアントの課題解決に貢献したい
オンラインで行われるtalentbookの取材。これまでは対面での取材がメインだったため、最初は慣れるのに苦労したと振り返ります。
「オフラインの取材は基本的に撮影とセットだったため、合間を見て雑談することで話しやすい雰囲気をつくっていたのですが、オンラインはそれができず当初は難しさを感じました。
でも他のディレクターの取材を見ると、インタビュイーの想いを丁寧に引き出し、対面とは変わらない温度感で取材をしています。メンバーに学びながら、共感の示し方や質問の間合いなど、オンラインならではの技術を身につけていきました」
オンライン取材にはじまり、原稿執筆から記事の編集まで、一貫してクライアントに伴走している池田。記事制作ディレクターとして大切にしていることがあります。
「私がいつも意識しているのは、記事を書く目的は何なのかということです。クライアントが伝えたい内容や、記事を届けたい相手のことを常に考えて、目的の達成に貢献できる記事に仕上げることを心がけています。
とはいえ、どれだけ記事のクオリティを追求しても、届けたい人に読んでもらえなければ目的は達成できません。どう伝えるかだけでなく、どうすればより効果的に読者へ届けられるのか。そうした視点も大切に、AIなどのテクノロジーも活用しながら、記事制作以外の提案もできるようになりたいと考えています」
PR Tableに入社して約1年。クライアントへの貢献をめざす中で、talentbookに携わるやりがいを感じています。
「talentbookで取材させていただく方々のお話は、本当に興味深くて学びにあふれています。どんな仕事にもその方ならではの考えや哲学があり、同じ社会人として新たな気づきを得たり、感銘を受けたりすることばかりです。
そうした世の中にまだ知られていない価値あるストーリーを、一人でも多くの読者に届けられるように。PR Tableが掲げる『笑顔が生まれる“きっかけ”を増やす』というミッションの実現をめざし、成長し続けたいと思います」
※ 記載内容は2024年6月時点のものです
