店頭に並ぶ飲食料品の裏で、なんの問題もない商品がメーカーに返品されている実態があります。理由は、外箱である段ボールの小さな凹みや擦り傷。商品を1本単位で販売する際には全くの無関係なのに、一度返品がジャッジされたら、「商品廃棄」や「物流現場への過度な負担」につながります。なんとかして、この問題を解決できないだろうか──。
解決に向けて尽力するのは、サプライチェーン担当の上前 英幸。メーカーや販売店はもとより、AIまでも巻き込んで(!?)“行き過ぎ”た返品を少なくしようと試みる、彼の原動力を探りました。
小さな凹み・擦り傷で「返品」。その背景にある心理とは?
そもそも段ボールには商品を保護したり、輸送・保管をしやすくしたりする「輸送容器」としての役割がありますが、その破損状況には、大きく2種類あります。【1】役割が全うできない状態にまで破損したもの 【2】多少汚れや傷がついているものの、役割は維持しているものです。
このうち上前は、後者(【2】)の返品は“行き過ぎ”だと考えています。
上前 「まずは段ボール表面の『凹み』や『擦り傷』といった単純な見た目。もうひとつは、中の商品には影響がないものの、箱の角が少し潰れていたり、どこかが凹んでいる、といったものです。商品に問題がない返品は、基本的に“行き過ぎ”なんです。農水省・経産省などが主催する研究会でも『中身に棄損がなければ許容されるべき』との提唱がなされています」
では、返品は、どの段階で、誰が、どう判断を下しているのか。現場を知り尽くした上前は、その「リアル」を次のように明かします。
上前 「商品は工場→卸→販売店という流れでお客様の手元に届きます。それぞれの倉庫担当者は、商品の出荷時と受け取り時に、目視で異常を確認します。
写真AとBは、どちらも保管時に積み上げられた商品の重みや、配送中のトラックの揺れなどにより、破損が起きた段ボールです。ただし、この2つには大きな違いがあります。
(A) (B)
Aは、段ボールがボロボロです。中の商品を保護したり、輸送・保管をしやすくしたりするといった本来の役割を果たしていないので、出荷段階で『NG』の判定が下されます。
一方Bは、商品に問題はありませんが、段ボール上部に『たわみ』が見てとれます。こうしたケースに出くわした際、現場担当者に『NG』と判断する引力が働いてしまいがちなのが問題です。中身にも輸送にも問題がないのに、『出荷できない』あるいは『受け取りできない』と判断されるのは、本当にもったいないと考えます」
商品は無傷でも、何故わずかな段ボールの傷が「NG」という判断になるのか。上前は、担当者の“心理”に言及します。
上前 「現場では“過剰なリスク回避”の意識が働きます。納入先やお客様からのご指摘につながる可能性があるものは、かすり傷程度であっても『受け取りはしないほうがリスクは少ない』という判断に引っ張られるのです。
実際に、納入先・お客様から、段ボールの『見た目』を理由に返品された経験がある担当者は、指摘を受けたことはもちろん、運送を担うドライバーさんに余計な負担をかけてしまったという苦い記憶があるため、より厳しい判断を下しがちです。私は運送会社に出向した経験があるので、そうした現場の気持ちは理解できます。だからこそ、この問題に取り組む意義があると思いました」
“行き過ぎ”た返品が生み出す、社会的な問題
上前は、“行き過ぎ”た返品には大きな影響があると言い、2つの問題点を指摘します。
上前 「1つは『食品ロス』。返品されたものは、最悪の場合廃棄しなくてはなりません。2つめは『物流現場の負担増』です。
受取NGとなると、該当商品だけでなく、同じパレットに積んでいる商品すべてが返品対象となります。そしてメーカーの工場に持ち帰られた商品は、新しい段ボールに詰め替えられます。そうこうしているうちに時間がどんどん経つわけですが、ここで『ロット逆転』という商習慣が立ちはだかります。
再梱包している間に、新しい賞味期間の商品ロットを出荷した場合は、それよりも古い賞味期間の商品は受け取ってもらえないというものです。受け入れてくださるところもあるので、極力受け入れ先を探しますが、みつからない場合は、『廃棄』になります。
また、出荷元と納入先の両社で、責任の所在を明らかにする話し合いや、メーカーへの返品、詰め替え、再出荷といった時間・労力が発生するため、物流全体に過度な負担をかけることになります。安定供給を使命とする飲料メーカーにとっては、看過できない問題です」
そして上前は、問題の本質は「判断基準の曖昧さ」にあると考えました。突き詰めると、基本的に時の担当者(人間)の経験値や勘にたよる部分が大きいことが過度な返品を生む、というわけです。
上前 「『判断基準の曖昧さ』を極力小さくするために、過去の担当者の判断をAIに覚えさせ、AIが出荷OK/NGの判断を手助けすればいいのではないかと思いつきました。『判断基準の標準化』とも言い換えられます。
▲基本的にはスマホで破損箇所を撮影するだけ。現場にやさしい仕組みだ。
具体的には、破損がある段ボールをスマホカメラで撮影すると、AIが過去の類似事例を複数検出し、総合的にOK/NGを提示。それをもとに、現場担当者が最終判断を行います。AIと人間の共同作業です。2022年12月現在一部飲食料品メーカーや販売店さんのご協力を得ながら、過去のサンプルデータを蓄積し、AIの判断基準をそろえているところです。
▲過去の類似事例をもとに、AIが出荷OK/NGを提示。“行き過ぎ”た判断を少なくする。
まだ検証段階ですが、データが増え、精度が高まっていけば、業界を超えて判断基準が標準化されていくでしょう。『商品は問題なくても受け取りできない』という判断だけでなく、反対に『出荷できない程の破損状況なのに、誤って出荷してしまう』というリスクの抑制も期待できます」
「くやしかった」……反骨心が原動力に
▲運送会社に出向していた上前。忘れられない経験があった。
上前が、こうした取り組みに人一倍こだわる背景には、忘れられない経験がありました。
上前 「……くやしかったんです。私は前述の通り、運送会社に出向していた時期がありました。ある日お届け先に着いたら、一部の段ボールがわずかに凹んでいたことが理由で、商品は無傷だったにも関わらず、『売ることはできない』と言われてしまいました。結局、トラック1台分の商品代を弁償することになったのです。
荒い運転をしたわけではありませんでしたが、過剰なリスク回避の心理が引き金となり、全責任を負わされることに、くやしさを覚えました」
やり切れなさでいっぱいになった上前は、こうした事例が、氷山の一角であることに気づきます。
上前 「調べてみると、他の運送会社さんも同じような経験をしていることが分かりました。この“判断基準の曖昧さ”が生む物流業界への過度な負担を解決したいという想いが、原動力です」
「くやしさ」から出発したプロジェクト。それを進めるにあたり、新たな原動力も生まれました。
上前 「AI開発に、富士通さんが仲間になってくれたのです。前例がなく、費用対効果も分からない。それでも、富士通さんは社会貢献の想いや、業界が抱える課題に心底共感してくださり、『一緒にやりましょう』という力強いお返事をいただきました。
段ボールに傷があったら返品するというのが、これまでの“常識”。でも、その“常識”は変えられる、と信じてくれる仲間のためにも、頑張らなあかん。そうした使命感も、原動力になっています」
人の価値観がかわれば、AIの判断も変わっていく
▲目指す世界の実現に向けて、今日も現場をかけまわっている
「判断基準の標準化」によって期待できる未来について、上前はこう語ります。
上前 「まずは『食品ロス削減』に寄与します。
次に『物流現場の負担軽減』です。外国籍の方が働く機会も増え、経験や勘だけに頼らない仕組みをつくることは、持続可能な物流体制を整えるうえでも重要です」
そんな未来を実現するにあたって、取り組まねばならないことがあります。
上前 「サントリーの中で標準化しただけでは、ひとりよがりの判断になりかねませんし、社会的な影響は限定的です。今後は、メーカーや卸・販売店さんをどんどん巻き込んだうえで、みんなの判断基準をAIに取り込み、誰もが納得できる仕組みにしていきたいと思います。
AIのOK/NG提示内容は、過去の現場担当者(人間)の判断をベースにアップデートされていきます。われわれ消費者一人ひとりが『これくらいの凹みや擦り傷なら許容できるよね』という意識に変わっていけば、現場担当者の判断も変わり、AIが提示する判断基準もアップデートしていくでしょう」
そんな上前が目指すのは、「AIすらいらない世界」です。
上前 「理想は、AIすらいらない世界。『商品が問題ないなら、段ボールのちょっとした傷や凹みくらいええよね』と誰もが許容できる世界です。そんな世界がきたら、プロジェクトは解散でっせ、と富士通さんには言うてます(笑)」
1人からでも、1社からでも、意識が変わっていけばという思いで、奮闘する上前。目指す未来像は、はっきりしている。
参考リンク:「持ち戻り・返品による社会ロスをなくしたい」人とAIの協調で挑む、流通業界の意識改革(富士通ホームページ)

