日頃、「手に入るのが当たり前」な生活必需品。しかし一度自然災害が起これば、消費者は、目先だけでなく先々の生活にも不安を感じ、生活必需品の家庭内ストックを増やすため、需要が急増。流通やメーカーは、供給責任を果たすために奔走することになる。
そんな中、22年9月に九州を襲った「台風14号」で、サントリー物流部では、あまたの気象情報を検討・分析し議論を重ねた結果、九州全土を台風が直撃する当日の配送を止める“計画休配”を実行した。
飲料業界内では異例とも言われる、その決断の裏には一体何があったのか。システム20年、物流17年、“動いていて当然”とされる2つの業務に社会人人生を捧げた片山 隆に、真意を聞く。
“動いていることが当たり前”=“止まると即トラブル”
▲物流現場に出向き実情を視察する片山
1990年に、前職のシステム会社での経験を活かし、経験者採用でサントリーの門を叩いた片山。情報システム部で、コンピューターを取り巻く業務の改善や、標準化の取り組みなど、加速度的にシステムが高度化する時代の業務を支えてきた。
片山 「私が入社したころは、ひとり一台PCを保有するという環境には程遠く、まだまだアナログな作業も多い時代で、そういった業務の機械化・自動化などを進めていました。
利用する側からすれば、システムは動いていることが“当たり前”。万が一正常に稼働しなかった場合、即トラブルに発展します。
物流部でも受注に対して、期日までに製品をお届けするのが当たり前ですが、たとえば倉庫内作業のミスや遅れにより、お届けできないとなった場合はトラブルになる。同じことが言えるな、と今になって思います」
片山は2006年、異動により「物流部企画課」に配属。長くシステム畑を歩いてきた片山にとっては“青天の霹靂”の人事だったが、ここで新しい風を吹かせることになる。
片山 「異動の命令が下っても、そこで何をせよという具体的なミッションは何もありませんでした。『今、めちゃくちゃ手間がかかっている部分を、なんかうまいこと簡単にして』ぐらいのテンション(笑)。
そこでまずは、物流業務で使うシステムや倉庫・配送センターなどの現場をくまなく見ることから始めました。その中で、在庫管理が個別倉庫ごとになっているのがとても非効率だなと感じ、複数の倉庫を統合した管理システムを実現させることから手をつけました。コストや技術の問題もあり、ハードルが非常に高い仕事でしたが、今でもそのシステムが全国十数カ所の倉庫で稼働しているのは、元システム屋冥利に尽きますね」
度重なる自然災害に直面したときの厳しさとやりがい
▲九州熊本工場復旧後に商品をトラックに積み込む様子(17年9月)
経験を活かし、物流部内の業務や仕組みの改善に精力的に関わった片山だが、物流部でのキャリアが10年目に差し掛かるころ、転機が訪れる。物流部の要所とも言える、出荷担当マネージャーに指名されたのだ。新天地は大阪。その1年後となる2016年4月、熊本を最大震度7という大地震が襲った。
片山 「サントリーは、熊本県の阿蘇で、サントリー天然水(当時:阿蘇の天然水)などの清涼飲料や酒類の製造・出荷をしています。
当時、九州熊本工場も地震の被害を受け、稼働できない状況にあり、隣接する配送センターも同じく甚大な被害をこうむりました。それでも商品を求めるお得意先、お客様は後を絶たない。なんとかしてその声に応えるべく、配送業務の早急な復旧を目指し、メンバーと一緒に寝ずの作業に取り掛かりました。
九州の中部エリアに位置する熊本配送センターは、製造拠点だけでなく、南九州への配送拠点としても機能しています。また、震災直後は飲料の需要が伸びるゴールデンウィーク、さらにその数カ月後には、飲料の最盛期である夏を迎える時期でもありました。必死に復旧活動に取り組みました」
その約2年後、2018年は飲料メーカーの物流担当者にとって、前代未聞の異常事態として語り継がれる年だ。
同年6月、近畿エリアを大阪北部地震が襲う。さらにその数週間後には中国地方を中心に西日本豪雨。かつ例年よりも早い梅雨明けとともに、全国的に記録的猛暑に突入した。
片山 「大阪北部地震でも配送の要所となる倉庫が被災し、出荷に甚大な影響が出ました。平時の数倍にも膨れる受注に対して、周辺の稼働できる倉庫から何とか出荷する日々が続きました。しかもその後、豪雨や記録的猛暑が続き、特に西日本エリアの需給は大きな混乱に陥りました。
自然災害はコントロールできるものではなく、出荷できなくなっても、物流担当者だけの責任というわけではありません。でも、要因はどうあれ、お得意先に商品を届けることができない状況に、営業部門は苦しみ、物流部も大変な苦労を強いられました。
ただ私たち物流部はどんな混乱があろうと、その渦中に飛び込み、出荷体制の維持・整備に臨む必要があり、物流業務の厳しさを痛感しました。一方で、やはり復旧作業の先にお得意先、お客様がいる。非常に重要なミッションであることは確かなので、それを完遂した際のやりがいは大きなものがありました」
飲料業界では異例の「計画休配」
▲2020年9月台風10号進路予想図※同年9月2日9時発表(日本気象協会HPより)
2020年2月、国土交通省が「輸送の安全を確保するための措置を講じる目安の設定」という通達を発表。物流従事者の安全と、持続可能な物流機能の維持を目的とし、台風等による異常気象時下における輸送の目安を定めたもので、サントリーも改めて「物流」に向き合うこととなった。
片山 「私たちは日常的に飲む飲料を製造・販売するメーカーです。とりわけ水は、“なくてはならない”もの。そのため、安定的に商品を供給するという責務があります。同時に、物流協力会社にとっては、荷主という存在でもある。国交省の通達以前から、物流に従事する人たちの安全を守ることも大切な役割だとは感じていました。
そして当社の物流はどうあるべきか、という議論を部内で展開し、災害時の出荷判断ルールを策定したのです。これは、策定した基準を超える悪天候が予想される場合には、計画的に配送を止める、というものです。
もちろん、このルールは作っただけでは意味がない。最終消費者であるお客様をはじめ、商品を販売する卸様、流通の皆様にも理解いただいて初めて、意味があると考えました。そこで、営業部門にもこのルールを説明し、お得意先にも案内してもらうよう働きかけました」
その後2020年9月、気象庁は九州地方を大型台風10号が襲うという予報を発表。サントリーは、かねてより検討していた「計画休配」を決断した。
片山 「9月2日の時点で、特別警報級の大規模台風が6日から7日にかけて九州地方に接近・上陸するおそれがあるという気象予報が発表されました。物流部で検討した結果、休配条件に当たる強い暴風雨になると判断。台風直撃当日の配送の注文を止める『計画休配』を初めて決定しました。
翌3日には得意先への休配案内を実施。少しでも早く、かつ少しでも多く、休配日までにご発注いただくようお願いしました。結果的に計画休配は、お得意先にもお客様にも、安定的に商品を供給・消費いただくことにつながります。これも1つの安定供給のあり方なのではないかと思っています」
しかし、この活動の裏で、片山は1つの問題を感じた。それが、物流部メンバーの気象情報に対する理解の低さだった。
“兵は鍛える”……いまどきではないかもしれないが大切なこと
▲物流部メンバーを対象に実施しているオンライン気象講座(イメージ)
どの会社組織にも、世代交代が加速する節目がある。サントリー物流部も、経験値の高い社員が異動やリタイアで物流部を去り、代わりに経験の浅い若手社員が増加する状況にあった。あるとき、片山は焦りを感じた。
片山 「先の台風上陸のときでした。自然災害による影響を予期する気象情報を見たとき、経験のある人間なら気づくことがあっても、経験が浅いメンバーにはひどく難解そうだったのです」
「このままではいけない」と感じた片山は、「自分のような経験者が、知見をマニュアル化してきちんと伝えていかなければいけない」と考えた。
片山 「いまどきの考え方ではないのかもしれませんが、 “兵は鍛える”ということが非常に大切だと思っています。そこで、自分の経験や学びを詰め込んだ“気象講座”を開くことにしたのです」
片山の“気象講座”に参加した、物流部のある若手メンバーは「気象の基礎知識に加え、悪天候を想定した物流上の対処方法を説明いただき、一から十まで気づきの連続でした」と言う。また別のあるメンバーは「気象関連の専門用語の理解が進むことで、ベテラン社員の方との意思疎通や判断スピードが早まったと感じています」と手応えを実感する。
片山 「物流業務もシステム業務も、トラブルがあった時の企業・組織への影響が非常に大きい。そして、そこに従事する人間は、トラブルの渦中に放り込まれます。だからこそ、気象情報のように、未然の対策や予防に役立つ知識・スキルは、皆が同じレベルにあることが大切だと思っています」
片山の“気象講座”は、台風に備える「夏講座」と雪に備える「冬講座」の2講座を実施。実は冬の雪も、物流にとっては非常に深刻な問題の1つなのだ。
“問題なく動いていることが当たり前”という重責に加え、メーカーとしての供給責任、そして荷主として物流従事者の安全を守る務めを負う、サントリー物流部。
システム、物流、というインフラ畑を歩く片山にとって、今や生活のインフラ的な存在であるミネラルウォーターを安全に、安定的に届けるのはもはや使命。人々の安心な生活を守るべく、片山のチャレンジは続いていく。

