持ち前のポジティブさで新しい世界への挑戦
岩田は33歳の時に、建設関係の仕事中に起きた転落事故により脊椎損傷の怪我をした。その事故を境に、車いすでの生活が始まった。
「もともとポジティブな性格ということもあって、怪我をしたときも落ち込みすぎるということもなく、すぐに現状を受け入れて今後について考えていました。ただ、体を使う建設関係の仕事を継続することはできませんでしたので、リハビリ中心の生活が始まりました」
退院し自宅で毎日を過ごす中、母親が知り合いの車いすカーリングの選手(チームのキャプテン)に岩田の状況を話す機会があり、車いすカーリングの世界へ足を踏み入れるきっかけとなる。
「北海道出身で、地元はオリンピックで注目されているカーリングチームがあったりと身近なスポーツではありました。でも正直なところ、カーリングにすごく興味があったというわけではありませんでした(笑)。
当時は、毎日家で過ごすだけよりは少しでも何かしたいなという気持ちが強く、せっかくの機会だったので『とりあえずやってみるか』くらいの気持ちで、車いすカーリングを始めてみました」
車いすカーリングを始めて感じたことは、ストーンを投げる距離や得点が入るルールは、カーリングも車いすカーリングも大きな差はなく、健常者と障がい者が同じフィールドで戦える数少ないスポーツではないかということだったと言う。
車いすカーリングを始めて少し経ったころ、エスプールとの出会いが待ち受けていた。
「ハローワークに通って仕事を探していました。なかなか障がい者として働けるところが少なく、思うように就職活動が進んでいなかったタイミングで、株式会社エスプールヒューマンソリューションズ(以下、SHS)が北見に新しいセンターを作り、そこで障がい者を採用するという話を受けて面接に行きました」
選べる仕事に限りがある中、「とにかく仕事がしたい!」という気持ちが強かったと語る岩田。
「ただ家で過ごす生活は性格的にも合いませんでした。受け取れる障がい者年金は十分ではなく、自分の人生を楽しむためにも仕事をしたいと思っていました。今までは現場で体を使った仕事が多く、SHSはオフィスワークの仕事で初めての職種でしたが、そこに不安はありませんでした。働きたいという気持ちが本当に強かったんです」
SHS(SLK)で長く仕事を続けられる理由
SHSの北見センターは人材派遣に登録を希望する方からの予約や問い合わせを受けるコールセンター。現在は、株式会社エスプールリンク(以下、SLK)というグループ会社に転籍し、さまざまなクライアントの面接受付代行業務を行っている。
今は楽しく働いてるという岩田だが、当初はパソコンを使った仕事は好きだったものの電話の対応には苦手意識があったと話す。しかし、仕事がしたいという気持ちの方が強く、苦手な部分は仕事と思って頑張ろうと考え取り組んできた。
「コールンセンターのイメージは、女性が多くピリピリとして派閥がある印象を持っていました。しかし実際は自分が抱いていた印象とは違い、実際働いてみると最初から馴染めるような、仲の良い雰囲気がありました。
もう一つ印象と違ったことがありました。実は面接の際、本社は東京にあるのに人事部の方が北見まで足を運び面接を行ってくれました。当時のSHS社長の香川 健志も北見まできてくれました。その時に気持ちの距離が近い会社だと感じました」
センター内の雰囲気について語る岩田は明るく笑顔だ。一緒に働く仲間たちのおかげで苦手意識のあった電話対応の仕事も楽しく乗り越えてこれたと話す。電話対応をしていない時には、雑談も聞こえてくるような和気あいあいとした空気感があると言う。
「仕事をしていて嬉しく感じることは、電話対応をした際にお礼を言ってもらえること。『丁寧なご対応ありがとうございます』と言ってもらえると、モチベーションが上がりますし、やりがいにもつながっていきます。同じ案内を繰り返し行うことの多いコールセンターの仕事の中でも、あらためて1件ずつ大切にしようという意識にもつながっています」
SLKで働くことについてこうも語る。
「職場は何よりも一緒に働く人たちが魅力的な会社だと思います。2011年に入社をして、今は12年目になります。苦手意識のあったコールセンターの仕事で大きな悩みもなく頑張ってこられたのは一緒に働くメンバーのおかげだと思っています。働きやすい職場だと自信を持って言える環境です」
会社からのサポートでより取り組みやすくなった、仕事と車いすカーリングの両立
車いすカーリングの練習は、仕事終わりに行っていることが多い。シフト制の仕事は時間が不定期になるため、可能な範囲で練習に参加をしている。
エスプールとアスリート契約を結んだことで、シフトの配慮もされることになり、練習への参加もしやすくなると言う。
「私が車いすカーリングをしているという話は、以前から会社にも伝えていました。始めたころはまだ成績も残せておらず、少しずつ実績を積んできました。2022年11月の世界選手権では、今までで一番良い成績を残すことができました。
今はパラリンピックをめざしていると言えるところまで実力がついてきたと思います。実はパラリンピックが現実的なものになってきたら、エスプールにアスリート契約の話をしてみようかなと思っていたんです(笑)。私から話をする前にエスプール側からアスリート契約をしないかと言ってもらえました」
アスリート契約となることで練習に参加しやすくなり、今までは自己負担で赴いていた国内外の遠征先からもサポートを受けられるようになる。
「車いすカーリングで実績を残すほど、国内外の試合に出られる数も増えてきます。その分練習もしっかり取り組んで臨みたいですし、遠征をするのに自己負担も増えていくので、サポートをしてもらえるのは本当にありがたいです。
シフト制で動く日々の仕事も、練習が決まっているときは調整をしてもらえることで、仕事と車いすカーリングの両立がしやすくなりました」
めざすはパラリンピック出場─会社のために、自分のために
2023年11月に韓国で開催された第一回アジアチャンピオンシップではチームで銅メダルを獲得した岩田。
これからも仕事と車いすカーリングを両立しながら、2026年・イタリア、2030年・北海道でのパラリンピックをめざしていくと言う。
「今は練習を増やし、車いすカーリングのトレーナーとミーティングを行いながらスキルアップをめざしています。大きい大会になるとさすがに緊張もしますので、そういうときに、落ち着いて対応できるようにメンタルトレーニングも行っています。
着実に成績を上げてきたチームなので、パラリンピックもいきなり大きくメダルをめざすぞ!というよりはまずは出場をしたいという目標を掲げて頑張っています」
何事にも前向きに明るく取り組む岩田。そのポジティブな姿勢は話しているだけで周りを元気づける印象がある。
エスプールグループとしては3人目となるアスリート契約。これからも岩田は、エスプールとともに活躍の場を広げ、目標達成をめざして挑戦し続けていく。
※ 記載内容は2024年1月時点のものです

