新製品立ち上げから工場アテンドまで。挑戦のチャンスに溢れる環境がやりがい
──現在の業務内容と担当している役割を教えてください。
私は製造部で新製品の内視鏡に組み込まれる重要電子部品の試作や工程の立ち上げ、バリデーション(製造工程が品質を満たしているかを検証・文書化する活動)を中心に担当しています。
具体的には、実際にモノを作り、正常に動作するか、この方法が妥当かを確認するほか、量産に向けた工程設計を行い、作業基準シートや評価レポートを作成しています。
過去2年間、小工程でリーダーを経験してきたので、現在は作業メンバーの教育や引き継ぎといった業務も担っています。間接的な立場から現場をサポートする役割で、本格的なマネジメント業務はこれからといった状況です。
また、長野オリンパスの入社3~10年目までの若手8名で活動している「工場アテンドプロジェクト」にも参画しています。年間40〜50組ほど訪れる、就職志望の地元の高校生や学校の先生、オリンパスグループの他拠点の皆さん、内視鏡を実際に使用される医師の先生方などを対象に工場を案内することで、社内外の連携やつながりを深めています。
──多様な業務を経験する中で、長野オリンパスで働くやりがいや意義をどう感じていますか?
高校を卒業して入社した当初は、ずっと製造現場で働いていくのだろうと思っていました。ですが入社4年目に、上司から「技術部に行ってみないか」と声をかけられたことをきっかけに「おもしろそうだからやってみよう」と前向きに挑戦を決めました。
そうして技術の世界へ足を踏み入れたことで、製造部にいただけでは学べなかった新たな視点や考え方が身につきました。また、工場アテンドプロジェクトでの活動を通じて社外の方やグループの皆さんと接する機会が増え、通常の生産だけではわからない知見も広がっています。
長野オリンパスには、こうした挑戦のチャンスがたくさんあると感じますし、上司も一人ひとりの適性を見極めて背中を押してくれるんです。もらった機会に積極的に飛び込み、一つのことにとどまらず新しい挑戦を重ねられることが、大きなやりがいです。
配属直後、移管業務での試練が糧に。「わからない」を放置せず、真摯に学ぶ姿勢
──長野オリンパスへ入社した経緯と、入社後の研修について教えてください。
私は愛知県出身なのですが、幼い頃からずっとやっていたラグビーに専念するために、強豪だった長野県の工業高校に進学しました。そのため当初は“工業”を強く意識していたわけではありませんでしたが、機械科で学ぶうちにものづくりのおもしろさに触れたんです。
卒業にあたり、そのまま長野県で就職先を探す中で、部活の先輩が多く就職していることや、福利厚生がしっかりしているといった会社の安定性が決め手となり、長野オリンパスへの入社を決めました。
2020年に入社した後はまず、オリンパスグループの教育機関である「OTS(オリンパステクノロジカルスクール)」の機械科に配属され、旋盤やフライス盤を用いた金属加工を中心に、手作業の基礎を徹底して学びました。
さらにレンズ科や組み立て科といった長野オリンパスの主力部署の業務もローテーションで経験し、当社の製品づくりや社会人としての基礎をしっかり身につけることができました。現場に配属される前に、1年間じっくりと準備期間を持てたことは良い経験でしたね。
──研修後に経験した仕事と、そこで得た価値観を教えてください。
研修後は、会津オリンパスへ3カ月間出向することになりました。内視鏡で水や空気などを送る「チャンネルチューブ」の生産を長野へ事業移管するため、その移管メンバーとして生産スキルを学ぶことが実質的な最初の仕事になったんです。私は主に、チャンネルチューブの表面処理の業務を担当し、しっかりと再現できるよう習得に努めました。
そして身につけた技術を長野へ持ち帰ると、製造チームへ配属され、実際の生産が始まりました。しかし、メンバーが皆若手で経験が十分でなかったこともあり、移管直後の立ち上げは一筋縄ではいきませんでした。どうしても会津で教わった通りに再現できず、品質のばらつきで生産が滞ることもありましたね。
それでも全員で作業基準を再確認し、上司や会津から駆けつけてくれた先輩のサポートを受けて改善を重ね、ようやく安定生産につなげることができました。若いうちに、普段なかなか経験する機会のない移管業務を乗り越えられたことは、大きな財産になりました。
こうした経験を通じて芽生えたのが、「わからないものをそのままにしない」という姿勢です。業務の中で生まれた疑問を放置すると、大きなミスにつながりますし、自分自身の成長も止まってしまいます。だからこそ、知識を持っている人や先輩に積極的に質問して教えを請い、自ら学ぶことを常に意識しています。
製造から技術へ。楽しみながら壁を乗り越え、たどり着いた「自ら考える」醍醐味
──製造職場から技術職場へ異動した経緯と、仕事内容や意識の変化について教えてください。
2023年の夏、新製品の内視鏡電子部品の立ち上げにあたり、技術部門のメンバーが必要となっていました。そんなとき、チャンネルチューブの製造チームに声がかかり、上司から打診を受けたんです。
当時の私は製造一筋でパソコンも使えなかったため、正直に言って不安はありました。ですが、「未知の領域だからこそおもしろそうだし、挑戦してみよう」と思い切って飛び込んでみることにしました。
異動後は、仕事内容が180度変わりました。1日中、現場でモノを作る製造に対して、技術は工程設計や書類作成といったデスクワークが中心になります。また、製造は決められた計画に沿って着実に生産を進めることが重要ですが、技術では課題に対して自ら考え、責任を持って進める主体性が求められました。
ただ、私はもともと何かをじっくり考えることが好きな性格です。自分のやり方で考えて仕事をする技術職場の仕事は非常に合っていました。
──技術職場で印象に残っている出来事はありますか?
とくに印象的だったのは技術文書の作成です。製造工程の品質を確認するバリデーション分析では、「抜き取り検査、もしくは全数検査にするべきか、それとも合格したから検査なしでいいのか」などのロジックを段階を踏んで組み立て、文章にまとめて発表する力が求められます。
さらに人の命に関わる医療機器は厳しい品質基準があり、海外からの外部監査にも対応できるよう、すべて英語で文章を作成しなければなりません。慣れない作業の連続でしたが、翻訳ツールを活用するなど自分なりの工夫を重ねることで、壁を乗り越えていくことができました。
私たちの仕事の最終目標は良いモノを作ること。ですから、バリデーションを乗り越え、対策を打って不良の発生をゼロにできた時には大きな達成感があります。量産開始はこれからですが、今まさにそこに向けて、チーム一丸で動いている最中です。
人を巻き込み、会社を動かす。若手とベテランが言葉を交わし、高め合うチームへ
──今後のキャリアはどのように考えていますか?
直近での目標は、現在試作や立ち上げを進めている新製品の量産を無事にスタートさせることです。安定して良い製品を患者さまやお客さまのもとへ届けることが、ものづくりに携わる者として一番の目標ですから、早く軌道に乗せたい気持ちでいっぱいです。
中長期的なビジョンとしては、周りの人を巻き込みながら一緒に会社を前進させていけるようなマネジメント人材をめざしたいと考えています。現場での実務や技術職、工場アテンドプロジェクトなどで培った広い視野を活かし、チームを引っ張っていける存在へ成長していくことが目標です。
小・中・高校と、部活でキャプテンを務めてきた経験もあり、現在もプライベートでラグビーのコーチを務めています。メンバーをまとめたり、人前で何かをしたりする役割に昔からやりがいを感じているんです。リーダーを任せてもらえるなら、ぜひ期待に応えたいですね。
──最後に、金田さんがつくっていきたい理想のチームについて聞かせてください。
若手とベテランが活発にコミュニケーションを取り合えるチームです。私自身、技術職場に異動して右も左もわからない状態だった頃、先輩たちになんでも質問することで助けてもらい、乗り越えてきました。
製造の現場では、自分の担当業務を黙々とこなしているだけではどうしても話をする機会が少なくなり、それによって組織の成長も止まってしまいます。だからこそ、常にお互い声をかけ合い、全員が一体となって高め合える職場をめざしていきたいと思います。
※ 記載内容は2026年7月時点のものです

