幼少期からの探求心が導いた、社会全体の安全な仕組みづくり
中元がこれまで歩んできたキャリアには、根底を貫く一つの哲学があります。その原点は、子どもの頃に抱いた疑問や、目の前のことに打ち込んだ日々にさかのぼります。
「6歳ごろから『私はなぜ生きているんだろう』と人生の目的を考えるような子どもでした。また、何かを極めたいという気持ちも強く、小中学校時代はテレビゲームで友達と技を競い合って遊びました。
高校時代は書道部で楷書の美しさを極めることに打ち込み、書道展で受賞したこともあります。根源的なものを突き詰めたいという気持ちは、昔から強かったですね」
その徹底的な探求心によって、進路選択や大学の研究の場で、中元の思考はさらに研ぎ澄まされていきます。
「物事の根源に関わる物理や化学が好きで、当初は理学部を志望していました。しかし実生活に目を向けたとき、より具体的で、生きる上で逃れられない根源として『食品』という切り口が浮かんだのです。そこで農学部に志望を変え、食品を科学的に探求し始めました。
大学院では腸管免疫系の制御といった食品の機能性について研究する中で、何かを付け足すのではなく、安全性を確保するアプローチこそが食品にとって前提であるという考えに至りました。安全な食べ物が安定的に供給されることこそが最初のあるべき姿であり、それが社会の土台として整えられて初めて、心身ともに満たされたウェルビーイングな生活が花開く。
根源を突き詰めたいという価値観に従って、一歩一歩考えを深めるうちに、自然と『安全性』という軸にたどり着いたんです」
自身のテーマを見出した中元。就職活動で重視したのは、個別企業の枠を超え、社会全体の仕組みづくりができることでした。
「個別の食品メーカーで自社製品のために研究開発を行うイメージがあまり湧かなかったんです。それよりも、あらゆる企業に関わるルールづくりを担う方が、自分自身も意義を感じて活躍できるんじゃないかなと感じました。
コンサルティング会社も候補の1つにありましたが、知人から『コンサルティングはお客さまの要望に伴走する仕事。君のようにやりたいことが明確なら、より主体的に動ける官公庁の方がいい』と助言されてなるほどと思ったんです。そこで、まずは大きな世界を知ろうという柔軟な姿勢で、農林水産省に入省しました」
科学的知見こそが政策の源流。知の生産を担うため、行政からコンサルへ転職を決意
2011年4月、東日本大震災の直後という激動の現場から、中元の食品安全の最前線におけるキャリアはスタートしました。
「福島第一原子力発電所の放射性物質のリスク管理という業務から始まり、念願だった食品安全の最前線に立ちました。その後、食品の製造工程に由来する有害化学物質の実態調査や低減対策に関する企画立案を担当しました。
さらに内閣府食品安全委員会事務局へ出向し、ペットボトルなどの食品用器具・容器包装のリスク評価を行うための指針の策定に携わりました。大きな仕事で、とてもやりがいがありましたね」
大きな仕組みづくりという山を登り、全体を見渡せるようになったことで、中元の関心は新たな広がりを見せていきます。
「食品用器具・容器包装の業務を担当したことから、再生プラスチックといった環境分野に興味が広がりました。それと同時に、現在のポジションでできることやできないことも見えてきたんです。私が関わっていた食品安全の分野では、科学的知見が先にあって初めて、政策を決定できます。知見こそが、政策決定に至る源流なのだと気づいたんです。
さらに、業務を進める中で『自分ならこうするのに』と思っても、行政の立場では実行できないもどかしさも経験しました。数年単位での人事異動が優先されることもあり、『もっと中長期的な視点で、腰を据えて知の生産に携わりたい』という想いが強くなっていきました。新たな仕事への不安もありましたが、固定観念にとらわれずキャリアを柔軟に捉え直し、思い切って転職することを決めました」
自らの専門性と志を発揮できる環境を見極める中で、中元はみずほ総合研究所(旧:みずほリサーチ&テクノロジーズ)に巡り合います。
「転職活動では、培った経験や専門性を活かせるフィールドとしてシンクタンクやコンサルティング業界に絞りました。知の生産ということであれば大学教員なども候補として浮かびましたが、政策により近いところで知の生産を行いたいと考えたんです。その中で、自身が貢献できる領域に合致したのが、当社でした。
中長期的な観点を大切にしているだけでなく、社会課題を解決したいと使命感を抱くサステナビリティ領域のコンサルタントがたくさんいることが、『世の中が良くなるための土台を整える』という私の価値観にマッチしました。収益や効率のみを追い求めるのではない、穏やかな気風に共感し、入社を決意しました」
「食品の安全」でチームの領域を拡大。行政経験を武器に質の高い調査・提案を推進する
こうして、2022年にキャリア入社した中元。現在配属されているサステナビリティコンサルティング部の環境安全チームは、労働安全や環境リスク、大気汚染など、人や環境の安全に関わる幅広いテーマを専門的に扱う組織です。
「私が加わったことで、食品用器具・容器包装や食品添加物、農薬といった食品安全の領域が増え、チームとしての守備範囲をさらに広げることができました。自身の専門性をベースにしながら、環境リスクや大気汚染など、多様な安全のあり方に触れられることに魅力を感じています」
行政からコンサルタントへと立場を変えた中元は、それぞれの役割について、こう語ります。
「知を生産するコンサルタントと政策を決定する行政の間には役割の違いがあります。実行を担うからこそ現実を見つめる行政の責任感と、枠に縛られないからこそ想像力をふくらませて調査や提案ができるコンサルタントの自由さ。どちらが良い悪いではなく、それぞれ独自のやりがいや醍醐味があります。
時に隣の芝生が青く見えることがあっても、今の自分自身の役割の意義を見つめ直すことにつながりますし、お互いが社会課題を解決するための補完的な関係なのだと捉えています」
前職の最前線で培ってきた経験は、日々の調査や提案の質を支える確かな基盤となっています。
「双方の立場の違いやものの見方をひしひしと感じながら仕事をしています。ただ、これまで行政の現場を見てきたからこそ、その知識や経験を踏まえて調査や提案ができる。お客さまの要望に応えることが前提ですが、うまくこちらの考えも反映して、スムーズに進められていると感じています」
一方で、コンサルティングの現場に身を置いたことで、新たなスキルの広がりと成長も得られました。
「物事を徹底的に調べ、知見を統合するという調査の基礎体力が向上しました。知の生産から政策の企画立案までを一気通貫で見られるようになったこと自体が大きな成長だなと実感しています」
より良い社会の土台を守り抜きたい。価値の根源を問い続け、自分らしいキャリアを築く
キャリアや立場が変わっても、中元が大切にする志の根幹は揺らぎません。
「あらためて、私にとって根源的な価値は『安全性』です。そのために、経済のあり方でも技術の実装でも、世の中が良くなるための『土台を整えること』が私自身のミッションだと捉えています。産業のあり方は、5年、10年というサイクルで絶え間なく変わっていきます。だからこそ、人々が持続的に幸せを享受できるようバランスを整え、土台を守る存在でありたいと考えています。
短期的な利益ではなく、中長期的な観点で、人も環境も大切にするウェルビーイングの基礎を追求するという価値観は今後も変わりません。
以前は、世の中にあまねく適用されるルールづくりや政策の実行を行う現場にいましたが、今は知の生産活動や、行政だけではなく民間企業のお客さまを支援し得る現場にいる。関心の方向性はそのままに、政策の源流から社会実装のフェーズまで、より多角的な視点で貢献できるようになったんです」
こうした姿勢は、みずほ総合研究所で働く仲間たちにも共通すると、中元は言います。
「当社の魅力は何より、社員の穏やかな人柄です。そして『お客さまがこう言っているから』という以前に、それぞれが自身の専門領域が好きで、課題があるとすぐに知見の引き出しが開く。主体的に突き進む自律的な強い集団だと感じています。社会課題に真摯に向き合う同志という空気感がありますね」
そんな志をともにできる環境で、中元がめざす道筋や未来の展望とは。
「それこそが、これからの新しい問いになるのではないでしょうか。自分のやり方やビジョンを安直に決めすぎず、多様なディスカッションをしながらボトムアップで積み上げていきたい。そこから出てくるものがどんなものであっても、きっとおもしろいはずです。
今後の課題は、まだこれまでお付き合いのない民間企業へのソリューション展開や支援において、お客さまの関心と自分のリソースを突き合わせること。そこに、新たな価値との出会いが待っているんじゃないかなと期待を膨らませています」
最後に中元は、これから未来を選択する就活生や転職希望者に向けて、温かいエールを送ります。
「自分が大切に思う価値の根源を問い続けること。それを怠らなければ、必ずどこかにたどり着けます。最初から自分がやりたいことに出会うのは難しいですから、ファーストキャリアは何だっていいんです。働く中で、『私が大切だと思う価値は一体何なのか?』と考え続けることで、自分自身のあり方が洗練されていきます。
その結果として、キャリアが巡ることもあると思います。そして、『中長期的に社会課題に向き合い、知の生産を担っている場所として、みずほ総合研究所という選択肢もあるね』という考えにも至るかもしれません。キャリアを決め打ちせず、自分や社会と真摯に向き合うことを大切にしてほしいです」
※ 記載内容は2026年5月時点のものです
