カラーデザイナーへの道──夢から現実への転換点
2003年に入社して以来、一貫してカラーデザインを担当している大久保。軽自動車全般からエクリプスクロス、アウトランダーまで幅広い車種のカラーデザインを経験。産前産後・育児休業から復帰後は主にクロスカーライン全般のカラーデザインを担当しています。
「クロスカーラインとは、複数車種で共通して使用する車の素材、内装の基調色、シボのパターン、合皮表皮のクオリティなどを企画・デザイン・管理するものです。ベースになる部分で使用される年数も長く、複数の車種で共有するため、長期的な視点が求められます」
大久保は、カラーデザイナーになったきっかけをこう語ります。
「絵を描くのが好きで、子どものころの夢は『絵本作家』でした。母がデザイン系の仕事をしており、美大付属の中学を受験し、大学まで通いました。大学3年生の時、広告デザインをめざしてグラフィックデザインを専攻したのですが、『絵を描くのは好きだけれど上手ではない』、と客観的に感じたんです。
就職を考えた時に、何が楽しかったかを思い返すと、『平面構成』という授業が思い浮かびました。形と色を平面の中に立体的に構成し、落とし込むというレイアウトを考える授業でした。もしかしたら自動車も広い意味でとらえれば、平面構成の延長と考え、おもしろそうだとCMFデザイナー(※)をめざしました。
三菱自動車を選んだ理由は、両親が90年代に購入したパジェロをずっと大切に乗り継いでいたんですね。家族旅行のときなど、いつもそばにあり、楽しい経験ばかりの特別な存在でした」
大久保は、中学から大学まで女子校に通っていました。男性が多いイメージのある自動車業界ですが、実際に働く環境は気に入っていると言います。
「入社式では、周りが男性ばかりで前方が見えない状況に驚きました。でも、カラーデザインの部署には女性が多いですし、社内全体も良い意味で男女差や上下関係がなく、働きやすい環境です。デザイン本部にいる人たちは潔い人が多く、デザインが良ければ良い、悪ければ悪いと率直に判断してくれる。フラットな雰囲気がとても気に入っています」
※ 製品の表面を構成するColor(色)、 Material(素材)、Finishing(加工)を司るデザイナー
大切にしているのは意図をくみ取ること。インドネシア市場を切り開いたカラーデザイン
これまで手掛けてきたカラーデザインでとくに印象に残っている仕事として、ASEAN地域で販売しているエクスパンダーの初代モデルの立ち上げが楽しかったと語ります。
「当時初めてのインドネシア主要車として企画されて、社内が一体となり、同じ目標に向かって進んでいる実感がありました。インドネシアに関する知見が少ない中、市場を開拓するため、どんな車を訴求すべきか、徹底的に現地調査をしました。カラーリングでの調査も数多く行うことができたので、なぜその素材・カラーが望ましいかという根拠をしっかり持ちながら提案することができましたね。
たとえば、当時のインドネシア市場では同じセグメントの車の内装はほぼベージュ1色でした。しかし調査の結果、ブラック内装が求められるきざしがありそうだと考えて、企画・部門に提案して市場に投入できました。
また、シート生地も主流だった有機的なパターンを幾何学模様と組み合わせてリデザインし提案して取り入れました。今では競合他社の車でも幾何学模様が入ってきています。エクスパンダーは非常に好評だった車種なので、他社からベンチマークされる存在になれたのではと手ごたえを感じています」
日本にいながら、海外市場の動向をとらえて各国の製品デザインに落とし込むために心がけたことがありました。
「単純にアンケートで1番人気な色を使えば売れるわけではないですよね。車が発売されるころには人々の感覚も変わりますし、選ばれた色の背景にある意図をくみ取ることが大切です。将来のお客様を知るためには、アンケートのような定量的な調査だけでなく、実際にインタビューを通じた定性調査も重要です。
なぜそれがほしいのか、ほしくないのかを深掘りしていくと、その人の価値観や生活スタイル、性格が見えてきます。こうした繰り返しの中で、自然と問題解決となるサンプルが生まれます。エクスパンダーのブラック内装は、まさにそうしたプロセスでうまくいった事例だと思っています」
育児と仕事のバランス──両立するためのクリエイティブな時間術
2018年に息子を出産し、1年半の育児休業を取得した大久保。子どもが生まれたことで、働き方にも変化がありました。
「周りはとてもサポーティブなので仕事がしやすい環境です。現在は時短勤務を選択しているので、限られた時間の使い方は以前より考えるようになりました。子どものお迎え時間が決まっているので、以前のように残業でカバーすることができなくなりました。そのため、優先順位をつけて、今やるべきことをやるために『今やらなくていいことはやらない』よう心がけています。
また、常に『相手の時間の使い方も考えて情報を出すこと』を意識しています。たとえば、サプライヤー側が効率よく動けるよう、少しでも先に情報を出すなど、私がいない間の相手の時間の使い方まで考えながらコミュニケーションを取るようにしています。自分1人ではできないことが多いので、みんなに協力してもらえるように動くことを意識するようになりました」
子どもが6歳になった今、プライベートの時間も大切にしていると語ります。
「もともと外遊びが好きでしたが、息子が幼稚園に入ってからは、春から秋はキャンプ、冬はスキー、ドライブ旅行など、毎週のように出かけています。岡崎は東京に比べてアクティブに自然へ出かけやすいのがいいですね。
仕事に関しては、もっとやりたい気持ちもありますが、幼少期は今しかないし、この年齢の子の母として関われる、今の時間を大切にしています」
仕事と育児・家事を両立するための工夫もしています。
「私の場合、自分の時間がなくなるとイライラしてくるので、朝、夫や子どもが起きる前の早朝に、1時間ほど、自分のためのOFF時間を作っています。仕事や家事育児でやらなきゃいけないことは山ほどあるし、本当は全部片づけてからゆっくりしたいんですが、あえて“生産性のない1人の時間”を取ることで、自分の機嫌を上手に取っている気がします。
夫も同じ職場なので、急な仕事でお迎えにいけない時は時間調整してバトンタッチするなど、柔軟に対応しています」
母親目線で進化するデザイン──実用性と未来への提案
カラーデザイナーとしてだけでなく、母としての視点が加わり、仕事にも変化を感じています。
「以前はデザイナー目線でかっこよさをピュアにめざしていたのですが、母親目線で見ると、『こんな状況のとき、子どもが汚しそうだな……』と実用性もリアリティを持って想像するようになりましたね。
たとえば、子どもが車の中で飲み物をシートにうっかりこぼしてしまった時、もし色染みが残ってしまうような生地のシートだったら、悪気がないとわかっていても、つい子どもを叱ってしまうことってありますよね。でも、それが解消されるシートなら、移動中の家族の雰囲気が悪くならずにハッピーだなと思って。こういった気持ちから始まるデザインを実感できたのは私にとって大きな発見でした」
そんな大久保には、今後挑戦してみたいことがあります。
「まだ十分に取り組めていないのですが、各地域・国ごとの市場調査やデータベースを俯瞰的・定点的に整理して、将来のトレンドやお客様のライフスタイルを調べていきたいです。誰も未来のことはわからないから、世の中の大きな動きと、当社のデザインテイストをうまく組み合わせて、魅力的な未来のデザインができればいいなと」
最後に、これからどんな車を作っていきたいかを教えてくれました。
「エクスパンダーのための市場調査の際、インドネシアのショッピングモールの駐車場で現地の人に道を尋ねたことがありました。店員さんに『駐車場はどっちですか?』と聞くと、『あちらです』と言われたけれど実際は逆方向だったんですね。
駐在していた人が言うには、『インドネシアの人は、たとえ答えを知らなくても、相手のために何か答えないといけないと感じる人が多い』とのことで、その純粋さと人間性を垣間見てとても愛おしさを感じたんですね。
そうやって相手の顔が想像できると、『すてきなものを届けたい』という意気込みや親近感を持ってデザインできたんです。今後もそんなふうに愛情を込めた車を作っていきたいです」
※ 記載内容は2024年10月時点のものです
