この日私はチャレンジドになった。明治での仕事と入社までのStory
現在私は明治京橋ビルのメール室で働いています。2016年に入社し、最初は、明治京橋ビルでの4カ月間の研修を経て、本社(京橋エドグランビル)のメール室に配属されました。そこで5年近く勤務してから、2年前に明治京橋ビルに異動しました。
メール室の仕事は外部から届いたり社内から回収したりした荷物や書類を仕分けして、それを社内の各部署に配達する、または全国の各事業所に発送するのが基本です。他にもさまざまな付帯業務や定期的に行う大量の発送物業務など多岐にわたります。
発送先や配達先を間違えて送れば、荷物が期日どおり届かなくなり、いろいろな人に迷惑がかかります。それだけに1通ずつ慎重に扱うので緊張感はありますが、経験を積んでいくと自分で判断することや、問合せなどに対しても対応できるようになるので、成長とやりがいを感じます。
私は短期記憶が弱い傾向があり、ちょっとしたことを一時的に忘れることがたまにあるので、就業中はよく見えるところにメモ書きをしたり、付箋や札を活用したりと、ミスのないように工夫をしています。ちなみに記憶自体は残っているので、ずっと忘れたままということはないです。うっかりミスに近いものです。
社会人になってから何年もの間、自分と他人との間の違和感や生きづらさを感じ、辛い想いをしたことが何度もありました。前職では特例子会社でチャレンジドを支援する指導員という立場を務めていました。前職を辞めた後に検査を受けて、初めて障がい者手帳を取得しました。自分の特性に診断を受けて手帳を取得したことで、今まで覚えてきた違和感や生きづらさの理由がわかり、気持ちが少しだけ楽になりました。
それからご縁があって、障がい者という立場になって初めて入社したのが明治でした。気持ちは楽になりつつも、前職とは立場が真逆になり、明治では支援を受けるチャレンジド側になりました。この真逆の変化によって自分の中で言いしれぬ葛藤と苦悩がしばらく続きました。
好きなことが困りごとの助けに。人のためにできること
ある日、聴覚障がいの方が身につけている「耳が不自由です」ということを知ってもらうためのカードの存在をはじめて知りました。
そのカードを見た脚の不自由な方が、「私もこういうカードがほしい」と言っていたのが、障がいを伝えるカードを作るきっかけとなりました。元々イラストやデザイン、キャッチフレーズなどを創作するのが好きで、以前行われていた手話教室のレジュメにもイラストを描いていたこともありました。「耳が不自由です」と同じように「脚が不自由です」というカードを新たにデザインして作ったところ、その方にすごく喜んでいただきました。昔から「人の役に立ちたい」という気持ちはありましたが、「自分の作ったものでこんなに喜んでくれるんだ」と役に立てた喜びがこみあげてきました。
その後、身体以外の障がいを伝えるカードを作りましたが、そのときは「人の役に立ちたい」という気持ちより、自分の創作意欲の方が強かったのかもしれません(笑)。難しかったのが、身体の場合は「○○が不自由です」とストレートに伝えることができますが、身体以外の障がいとなると、一目ではわかりづらい長文になってしまいます。なるべくわかりやすくシンプルな文を考えていましたが、それも考え方をあらためました。表示が一目でわかりづらくても「このカードを見ることで少しだけ気にとめてもらう、少しだけ優しい目でみてもらう」という、ちょっとした理解や配慮が芽生えれば良いのかなと思いました。
既存のカードを身につけていた職場の聴覚障がいの方に、「私も大盛さんのデザインカードを使いたい」と言ってもらったので、どういう文面と内容が良いのか?など本人の要望を聞いて、今度は聴覚障がい用のカードも新たにデザインして作りました。相手がマスクなどしていると口話がわからないので、「口元を見せて、ゆっくりお話しください」という文章のカードも作り、現在聴覚用はイラストのバリエーションも複数あります。京橋エリア内でも身につけている人が多いので、実際に見かけた人もいるかもしれません。
聴覚障がい用のカードを例に挙げましたが、このように人それぞれ障がいの特性がや環境による困りごとが異なるため、場面によって文章やイラストが複数必要です。障がい用カードの他にも、これまでの積み重ねとデザインの経験を活かして、明治が取り組むダイバーシティ&インクルージョン推進活動である「DIAMONDプロジェクト」のマーク作成にも参加させていただきました。担当の方のアイディアと、意見も入れながらの共同作業だったので大変でしたが、達成感も大きく、いい経験になりました。
チャレンジドでありサポーター。寄り添える「ハイブリッド相談員」誕生
明治に入社して3年目のとき、当時の担当の方から、「障害者職業生活相談員」の講習を受けてくださいと言われました。そのときはチャレンジドである自分が、なぜチャレンジドの相談員をするのか不安を感じたのを覚えています。前職ではチャレンジドを支える立場で働いていましたが、「今の自分にはチャレンジドの相談にのることは気が重い」と正直に打ち明けました。それでも担当の方は、「堅苦しく考えなくてもいいんだよ。今、大盛さんがやっている『障がい者カード』の作成だって相談員として大事なことだよ」と言ってくれて気が楽になり、やってみようと決意しました。
前職のチャレンジドをサポートしていた経験と、今現在自分自身がチャレンジドという立場、両方の経験と気持ちがわかる人は多くないのではないかと思います。どちらにも寄り添える「ハイブリッド相談員」として、自分の力を発揮できればと頭を切り替えました。かつて私も他の障がいについては、あまり詳しく知る機会がなかったのですが、自分以外の障がいの特性などを知る機会ができて、今では障害者職業生活相談員になってよかったと思っています。
明治には現在約200人のチャレンジドと、約230人の障害者職業生活相談員がいます。法令ではチャレンジド5人に対し相談員を1人選任しなければなりません。これをひとつのきっかけとして、明治グループ内で人に対するやさしさと思いやりの輪が広がっていくとうれしいです。
支援する人(健常者)と支援される人(チャレンジド)をきっちり分けるのではなく、得意な分野を伸ばし、苦手なことや難しいことをお互い助けあって補っていく。これこそがダイバーシティ&インクルージョンだと私は思います。
人や社会の役に立つこと。「自分らしく」続けていきたい
月日が経ち、入社して8年目となりました。人知れず泣いたこともありました。しかしながら、葛藤と苦悩の日々もいつの間にかなくなり、自分のことだけで精一杯だった心も少しだけ余裕ができた気がしています。「人の役に立ちたい、人にやさしくなりたい」という想いは、ときに空回りすることもありますが、想いはずっと持ち続けたい。
そういう想いを大きく育ててくれたのは、明治のみなさんをはじめ、長い間明治京橋ビルでサポートしてくれている明治ビジネスサポート(株)のみなさん、職場のメール室のみなさん、同じチャレンジド仲間のみなさんです。感謝しています。どうもありがとうございます。
明治グループでは社会貢献や他者理解につながる企画が定期的に行われており、私も無理のない範囲で参加していければいいなと考えています。
感謝の気持ちを忘れずに、人にやさしく、人の役に立つ、社会の役に立つことを自分らしく実践していきたいと思います。
※ 記載内容は2023年9月時点のものです

