レッドオーシャンだからこそ、戦う意味がある
現在、私はモトローラ・モビリティ・ジャパンの代表取締役として、日本市場全体のビジネスを担当しています。マーケティング、セールス、製品戦略、パートナー企業とのアライアンスまで、事業全体を見ながら、「この成熟市場でどう成長を生み出すか」を日々考えています。
スマートフォン市場は、すでに完全なレッドオーシャンです。特に日本は人口減少もあり、以前のようなオーガニックな市場成長は期待しづらい。競争も激しく、新しいブランドが簡単に入り込める環境ではありません。通信業界に20年近く携わってきた中で、日本市場全体が少しずつ“守り”の空気へ変わっていくのも感じてきました。それでも今、私はモトローラというブランドでもう一度挑戦したいと思っています。
モトローラは、世界で初めて携帯電話を商品化した会社です。100年近い歴史を持つブランドですが、現在のスマートフォン市場では、決して圧倒的な主役という立場ではありません。ただ私は、だからこそ今のAI時代に挑戦する意味があると感じています。
現在、スマートフォンはAIによって大きく変わろうとしています。これまでは、情報を見るためのデバイス、コミュニケーションを取るためのツールという側面が中心でした。しかしAIが本格的に生活へ入り始めたことで、スマートフォンは単なる端末ではなく、“人とAIをつなぐインターフェース”へ進化していくと考えています。AIがAGI、そしてASIへ近づいていく中で、人間とAIの接点はこれまで以上に重要になっていく。その時に、最も身近なデバイスであるスマートフォンの価値は、もう一度大きく変わるはずです。だからこそ今、モトローラとしてどんな価値を提供できるのかを強く意識しています。折りたたみスマートフォンのような新しいフォームファクターも、その挑戦の一つです。単なるスペック競争ではなく、「スマートフォンの使い方そのものをどう変えられるか」という視点で、新しい体験価値を模索しています。
もちろん、簡単な挑戦ではありません。ただ私は昔から、仕事を進める上で大切にしている考え方があります。それは、まず“登る山”を決めることです。3年後、5年後にどんな姿を目指すのか。その目標を決めた上で、今何をやるべきかを逆算していく。私は常に、その考え方でビジネスを進めてきました。そして、一度決めた目標は簡単には下げません。市場環境が厳しいからこそ、言い訳をせず、最後まで考え抜く。データを見ながら勝ち筋を探し続ける。その積み重ねが、経営の本質だと思っています。
「諦めない」という感覚は、学生時代に身に付いた
私がアメリカへ渡ったのは17歳の時でした。大学進学後、学生時代に立ち上げたのが、日系企業向けのITコンサルティング事業です。アメリカに駐在していた日本の自動車メーカー関連企業に対し、日本語でITサポートを提供するビジネスでした。
最初の1年間は本当にうまくいきませんでした。顧客も増えず、失敗ばかりで、「このまま続ける意味があるのか」と考えることもありました。それでも続けた結果、最終的には会社を売却するところまで辿り着くことができました。この経験を通じて、自分の中に強く残ったのは、「簡単には諦めない」という感覚でした。
日本へ戻った後に入社したのが、当時まだ挑戦者だったソフトバンクです。2000年代前半、日本ではブロードバンドインフラが急速に広がり始めていました。当時、孫正義さんは「インターネットのためにはブロードバンドが必要だ」という強い信念を持ち、日本全体の通信インフラを変えようとしていました。今のソフトバンクからは想像しづらいかもしれませんが、当時はまだ1000人~2000人規模の、志しかない小さい会社でした。私は、その空気に強く惹かれました。巨大なNTTに本気で挑み、日本のインフラを変えようとしている、その熱量と挑戦心に、「この会社で勝負したい」と感じたんです。その後、ボーダフォン買収を経てモバイル事業へ移り、ネットワーク戦略に長く携わることになります。中でも大きな経験になったのが、アメリカ・Sprint、現在のT-Mobile US再建プロジェクトでした。ネットワーク品質に課題を抱えていた通信会社を、日本チームが現地へ入り、改善していくプロジェクトです。半年間、ほとんど休みはありませんでした。夜9時から深夜2時までミーティングを行い、翌朝にはまた議論が始まる。どうすれば本当に世界で戦えるネットワークになるのか、それだけを考え続ける毎日でした。非常に厳しい環境ではありましたが、自分たち次第で状況を変えられるという感覚がありました。
振り返ると、私が挑戦を続けられる理由はシンプルです。「絶対にやり切りたい」と思えるかどうか。その感覚が、自分を動かしてきたのだと思います。
ピンチの中で、“次の一手”を考え続ける
モトローラへ入社してから、特に印象的だった出来事の一つが、世界的なメモリ不足への対応でした。AI需要が一気に拡大したことで、世界中でデータセンター向けGPUの需要が急増し、それに伴ってメモリ市場にも大きな変化が起きていました。スマートフォン向けに供給できるメモリのボリュームは急激に逼迫し、さらに深刻だったのは、コストが10%や20%ではなく、3倍、4倍というスケールで上昇していったことです。スマートフォン市場全体にとって、非常に難しい局面でした。
この状況で重要だったのは、「今」だけを見るのではなく、常に少し先を読むことでした。どのタイミングで不足が起きるのか、どこまで先回りできるのか、どう調達を進めればお客様へ安定して製品を届け続けられるのか。私はよく、オセロのような感覚だと思っています。一手先ではなく、二手三手先まで読みながら動いていく。市場環境が大きく変化する時ほど、その視点が重要になります。結果として、厳しい状況の中でも供給を維持し、お客様へ製品を届け続けることができました。ピンチをどうチャンスへ変えていくか。その重要性を改めて実感した経験だったと思います。
また、モトローラはグローバル企業であるため、日本だけでビジネスが完結するわけではありません。アジアパシフィックチームをはじめ、さまざまな国のメンバーと連携しながら戦略を組み立てていく必要があります。
当然ながら、国が違えば市場環境も文化も異なります。例えば、アジアパシフィックの中心市場であるインドは、人口も増え続け、平均年齢も20代後半と非常に若い。一方、日本は人口減少が進み、世界でも類を見ない成熟市場になっています。同じスマートフォン事業でも、成長の考え方や戦い方は大きく変わってきます。だからこそ私は、日本市場の特徴や消費者の感覚を、グローバルチームへ丁寧に共有することを強く意識しています。
単純にグローバル戦略を持ち込むだけではなく、日本市場に合った形へどうローカライズしていくのか。その議論を何度も重ねながら、一緒に戦略を作っていく感覚です。代表取締役という立場になってからは、より一層、数字への責任も強くなりました。P/Lを見ながら、未達であればどうリカバーするのか。達成しているのであれば、どうさらに加速させられるのかを考え続ける日々です。
ただ私は、数字は単なる結果ではなく、「次に何をすべきか」を示してくれるものだと思っています。数字の裏側を読み解きながら、次の戦略へ落とし込んでいく。その繰り返しが、経営なのだと感じています。
AIを“作る”だけではなく、“使いこなす”国へ
私は今、日本が大きな転換点にいると感じています。長い停滞の中で、日本社会全体が少しずつ挑戦を避ける空気になっている。一方で、世界はAIによって、これまでとは比較にならないスピードで変わろうとしています。AGI、そしてASIという言葉も、もはや遠い未来の話ではありません。AIはこれから、人間の知性や働き方そのものを大きく変えていく存在になっていくと思っています。だからこそ私は、「AIをどう作るか」だけではなく、「AIをどう使いこなすか」が、日本にとって非常に重要になると考えています。
もちろん、日本にも優れた技術や研究はあります。ただ、それ以上に大切なのは、国民全体がAIを自然に使いこなし、生産性や創造性を高めていくことではないでしょうか。実際、AIは使ってみることで初めて価値がわかる部分があります。最初は抵抗感を持つ人も多いと思います。ただ、一度使い始めると、「こんなことまでできるのか」と驚く人は多いはずです。
私自身、ChatGPTやGeminiなど、AIツールには日常的にかなり投資をしています。ほぼ最上位のプランを利用していますが、それ以上に、自分自身の思考スピードや意思決定の質が大きく変わった感覚があります。24時間、自分の思考を加速させてくれる存在がいる。その感覚は、これまでの働き方とは全く違うものです。
かつて日本では、「折りたたみ携帯でなければ売れない」「テンキーがなければ日本では普及しない」と言われていた時代がありました。しかし、iPhoneをきっかけにスマートフォンは一気に普及し、人々の生活を大きく変えていきました。
AIも、私は同じだと思っています。最初から完璧に理解する必要はない。まず使ってみること。その積み重ねが、日本全体の変化につながっていくのではないでしょうか。AI時代において、スマートフォンは最も身近なインターフェースです。だからこそ私は、モトローラでもう一度、新しい価値を作りたいと思っています。
そして、その挑戦を一緒に面白がれる仲間と、新しいチームを作っていきたい。同じ志を持ち、変化を恐れず、自分たちの手で市場をもう一度盛り上げていきたいと思える人たちと、日本から世界へ新しい価値を発信していきたいと思っています。成熟市場と言われる日本でも、まだ変えられるものはある。私は、そう信じています!
