働き方の限界を超えるために──ドバイ挑戦の原点

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「日本以外でも、自由に働ける環境をつくりたい」。 国境を越えて働くことがもっと当たり前になれば、働き方の可能性は広がる――そう確信し、私たちはドバイに拠点を立ち上げる決断をしました。

日本でもリモートワークの需要は高まっていますが、いまだ「場所」や「時間」といった制約が多く、自分に合った働き方を選べない人が多くいます。 たとえば、ワーキングマザーや副業を希望する人など、能力や意欲を持ちながらも、十分に力を発揮できる環境が整っていないと感じていました。

私自身、そうした声を多く耳にし、「日本以外でも、自由に働ける環境をつくりたい」という思いがより強くなっていきました。 多様性を受け入れ、挑戦する人にチャンスがあるのではと感じた候補地の中から、まずはドバイを選び、そこから挑戦を始めることにしたのです。

海外進出を決めた背景には、「働く場所や時間に縛られず、自由に働ける環境」を実現するだけでなく、一人ひとりが“自分自身の意思で選べる環境”を整えることも重要だと考えたからです。 社員や所属するフリーランスをはじめ、ワーキングマザーや副業を希望する人など、多様な背景を持つ人々が、政治や経済状況に左右されずに、衣食住や働く場所、給与通貨、投資先などを自ら選べる環境をつくりたいという想いもありました。
そのためには、カジトル自身が海外ビジネスの最前線に立ち、現地で雇用を創出する必要があると考えています。
私は決して日本を否定したいわけではありません。むしろ、「どこで生き、どこで働くか」という“選択肢”を持つことの重要性を伝えたいのです。

 そのなかでも、なぜ私たちはドバイに注目したのか。  それは、多様性を受け入れ、挑戦する人にチャンスを与える街だからです。

私たちには一つの仮説がありました。 「日英バイリンガルで、かつ業務に必要なスキルと経験を持つ人材であれば、時間や場所に縛られない新しい働き方の可能性は、確実に広がるのではないか」。 この仮説を検証するには、法人税ゼロなどビジネスに有利な制度設計、アジアとヨーロッパの中間に位置する地理的優位性、そしてリモートワークや副業人材にも寛容な社会基盤―― そのすべてがそろうドバイが、最適な場所だと考えました。

このドバイ拠点プロジェクトの立ち上げにあたっては、コンサルティングファーム出身で語学力と事業企画の経験を兼ね備えた人材をCOOとして迎え入れました。 私自身は、得意先や仕入先の開拓、そして会社全体の運営を担っています。

現地の人材ニーズについても、定量的なデータと一次情報を掛け合わせながら調査を進めており、その結果をもとに事業の方向性を描いています。 1年後には、売上10億円、粗利2億円、社員数10名という目標を掲げ、将来的には法人営業・個人営業・コンサルタント・エンジニアなど、多様な専門性を持つチームへの成長を構想しています。

日本とドバイ、それぞれのカジトルは独立した組織として事業を展開していますが、目指すビジョンは同じです。 日本の労働力を世界に分散し、“個”が活躍できる場所を増やしていく。 そのために、互いに刺激を与え合いながら成長していく関係でありたいと考えています。



“今、動くべきだ”と確信した日 ──ドバイでの体感と決断

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かねてより、「場所に縛られずに日本人が働く時代が来る」という確信を持ち、準備を進めてきました。 そんな中、ドバイに暮らす友人の誘いで現地を視察する機会を得たのです。 実際に足を運んでみて感じた衝撃は、今でも鮮明に覚えています。

目の前に広がっていたのは、まるで日本の高度経済成長期を思わせるような活気と熱量。 次々と建設されるビルや道路、街に溢れる雇用機会。 このエネルギーに触れ、「今こそ動くべき時だ」という強い確信が芽生えました。

特に印象的だったのは、ドバイの地理的な優位性です。 ヨーロッパ、アジア、アフリカといった主要マーケットへ、5時間以内でアクセスできる立地は、グローバル展開を目指す上で理想的な拠点だと感じました。 この視察をきっかけに、私は迷いなく海外進出を決断しました。

現地での活動は、法人登記やビザの取得からスタートしました。 幸い、信頼できる現地パートナーと出会うことができ、初期の立ち上げフェーズでは大きな困難を避けられました。 ただし、事業を本格的に進めていく上で、言語の壁はやはり大きな課題として立ちはだかりました。 現地でのコミュニケーションは英語やアラビア語が中心です。 私自身、日々語学学習を続けながら、AIツールも活用していますが、最も大切なのは「相手の言語や文化への敬意を持って接すること」だと実感しています。

人脈づくりにおいては、できるだけ多くの人と出会うことを心がけました。 ドバイには、多様なバックグラウンドを持つ人々が集まっており、一つの出会いが思いもよらない展開につながることも多々あります。 日本企業のCVCや、現地に拠点を持つ日本企業への早期アプローチは、その後のネットワーク構築にも大きく貢献しました。

一方で、日本の事業責任も並行して担っていたため、いつの間にか1日18時間働く日々が続いていました。 家族からは心配の声が上がり、社内でも「上が休まないと下も休めない」という空気をつくってしまったことは、大きな反省点として今も心に残っています。

アドレナリンが導く挑戦──動き出した事業と仲間たち

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日々ドバイでの業務に取り組むなかで、不思議と「仕事をしている」という感覚があまりありません。 日本の優れた技術やサービス――とくに人材やIT分野の強みを、中東をはじめとする世界に届けたい。 その想いが、自分の中で大きな原動力になっているのだと思います。

この取り組みは、もはや“半分趣味”のような感覚で、私にとってのライフワークとなりつつあります。 心からワクワクし、アドレナリンがあふれ、脳がフル回転している――そんな高揚感の中で毎日を過ごしています。 このエネルギーは人との会話にも自然と表れ、新たな出会いを引き寄せ、ビジネスの展開にもつながっています。

実際に今、中東向けのビジネスに共感してくださる方々から声がかかり始めており、社員向けのビザサポートを進めています。 現地採用や、将来的にはASEAN地域への支社設立も視野に入れています。 社内外からは「カジトルらしい」「とがっている」という言葉をいただき、事業の意義と可能性を改めて実感しています。

また、今回の挑戦を通じて、小規模な組織だからこそ持てる“スピード感”の価値を強く感じました。 判断から実行までが速いことは、海外展開のような不確実性の高い場面で、想像以上の武器になります。

もう一つの大きな学びは、“任せる”ことの価値です。
海外事業を始めてからは、私ひとりで全てに対応するのが難しくなり、意図的に業務をチームに委ねる場面が増えました。
詳細まで細かく関与するのではなく、信じて任せる。時には距離をとって見守る。そうしたスタイルが、結果としてメンバーの主体性や成長を後押ししました。

そうした中で、メンバーが想像を超える成果や行動力を発揮してくれる場面も増え、私自身も会社も、大きな成長を感じています。
中期的な目標として掲げている、 日本で20億円、海外で20億円というチャレンジングな目標も、社員やパートナーの力を考えれば、決して夢物語ではないと確信しています。 

人生の舵を、すべての人の手に──私たちが描く未来のかたち

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私たちが目指すのは、誰もが「人生の舵」を自分の手で握り、自分と家族の幸せを自ら選択できる社会です。
国や会社といった枠組みに縛られることなく、働き方や住む場所、生き方を自分の意思でデザインできる世界をつくりたいと考えています。

その実現に向け、まず取り組みたいのは「自立の土台となる学びの機会」をすべての人に届けることです。
経済的・地理的・年齢的な制約を越えて、誰もが必要なスキルや思考力を身につけられるような仕組みを、今まさに構想しています。
たとえば、学び直しの場としての“カジトル大学(仮)”や、実践的なプロジェクトに参加できる仕組みを通じて、個人が社会と自信を持ってつながれる未来を描いています。

「どんな仕事をしているか」や「年収はいくらか」といった分かりやすい指標が、評価の軸になりがちな社会。
でも本来、働く理由や喜びは人それぞれです。
だからこそ、カジトルは「何のために働くのか」「誰の役に立っているのか」という視点にも価値が置かれる社会を目指したいと考えています。

私たちが目指すのは、多様な働き方や生き方が、それぞれの価値として自然に認められる社会です。 たとえば、子育てをしながら地域に関わる人、会社に所属せずに個人で働くフリーランサー、介護と仕事を両立する人。 そうした一人ひとりの挑戦や貢献が、目に見える成果だけでなく、その背景や想いごと評価されるような社会のあり方を思い描いています。

そのために、私たちが大切にしているのが、“日本的な仕事観”に根ざした価値観です。 それは単なる丁寧さや正確さだけではありません。 相手が言葉にしきれない課題に気づき、先回りして応える洞察力。 約束を守るだけでなく、結果に対して責任を持ちきる誠実さ。 作業の丁寧さを超えて、「なぜそれをやるのか」にこだわる思考力。 こうした姿勢を社員やパートナーと共有しながら、世界でも信頼されるチームとしてのブランドを築いていきたいと考えています。