多様なバックグラウンドを持つメンバーと協力して作る貨物駅。副区長としての想い
──現在所属されている鉄道設備部ではどのような仕事をされているのでしょうか。
私が所属している鉄道設備部は、機関車や貨車を除く、貨物駅にある地上設備の多くを管理しています。代表的なものとして、レールなどの線路設備、コンテナホームなどの土木構造物、駅事務所などの建築物、給油設備などの機械設備、列車運行に供する信号設備や電力設備などがあります。
私は土木系統を専門にしており、これまで線路やコンテナホームの改良などを主に担当してきましたが、最近では職場管理者として建築、機械、電気など自身の専門にとらわれない幅広い業務を対象に管理監督業務を行っています。
現在は鉄道設備部の現場組織である仙台工事区に所属しており、仙台貨物ターミナル駅の移転事業を行っています。このプロジェクトは東日本大震災を受けて宮城県が進める広域防災拠点整備事業に伴い、現在の仙台貨物ターミナル駅を当社が別の場所に移転させるというものです。工事区は2019年に発足し、移転先がもともと農地だったことから、貨物駅に適した地盤に改良する造成工事からスタートしました。
現在は線路やコンテナホームなど貨物駅の設備をつくるところまで進んできています。私は先代の区長から2025年にこのプロジェクトを引き継ぎ、2030年3月の完成をめざして日々奮闘しているところです。
──仙台工事区のチーム構成と、副区長としての役割を教えてください。
線路、土木、機械、建築、電気の各系統を専門とするメンバーがおり、私を含む18人で構成されています。平均年齢が50代とベテランメンバーが多いため、課題解決に対する安定感もあり、非常に和気あいあいとした雰囲気で業務に臨めています。
私が担うもっとも重要な役割は、安全第一の工事遂行です。副区長として、仙台工事区全体の計画策定とその管理、工事や設計を進める中での社内外の調整、若手社員の育成、工事を行う協力会社の安全指導などを主に担当しています。工事区では直営の社員だけでなく、各系統専門の会社から当社に出向していただいている方も多く働いています。多様なバックグラウンドを持っているので、社員それぞれに合わせたコミュニケーションを意識しています。
──多様なバックグラウンドを持つメンバーと関わる上で大切にしていることはありますか。
メンバーそれぞれが異なる企業文化や高い専門性を持っているので、「みんながそれぞれの正解を持って仕事をしている」ということを常に念頭に置き、メンバー個人に寄り添ったコミュニケーションやメンバー同士が連携して課題解決に取り組める雰囲気づくりを心がけています。
その上でとくに大切にしていることは、まず相手の話を聴くこと。管理者という立場上、私にも「正解はこれだ」という想いがあり、時にはトップダウンで決めることもありますが、それを押し付けると組織がうまく回らなくなることが多々あります。メンバーたちは各系統のプロフェッショナルであり課題解決の知見や経験が私以上に豊富です。
それらを最大限活かすため、メンバーそれぞれがどのように考えているのかをしっかり聞き出し、自分も理解・納得した上で「それぞれの正解」を尊重する形で「プロジェクトの最適解」を見出し、仕事を進められるようサポートしています。
全国各地で働くおもしろさ──5支社を巡って身をもって知る全国転勤の魅力
──JR貨物への入社を決めた理由と入社後の第一印象について教えてください。
もともと大学時代は土木系統の学科で交通計画について学んでおり、就職活動の際は鉄道や高速道路などのインフラに関心がありました。また、私が就職活動をしていた2010年ごろは環境問題がブームになっており、環境にやさしい物流を作ることが環境問題解決の1つの手段になるのではないかと考え、当社への入社を決めました。
入社するまで鉄道を利用した経験もあまりなかったので、入社後はこれまで関わりのなかった「貨物駅」の中を歩いて体感してその大きさに感動しましたね。これを自分が支えて発展させていくのだと。
また貨物駅のレールなどの設備数量についても、入社する前に想像していた10倍くらいあり、貨物駅が鉄道駅としても物流設備としても巨大なインフラ施設なのだと強く感銘を受けました。
──入社後の業務の変遷についてお聞かせください。
入社から1年間はレールなど設備の検査に従事していたのですが、その後は現在まで主に既存の貨物駅での改良や更新工事の設計、工事監督に携わってきました。貨物駅は旅客駅同様に日本国有鉄道(国鉄)から承継されたものであり、JRになってから多くの改良・更新工事が行われています。
私が携わったものの具体例では、1本の列車で運ぶことができるコンテナ車を増やすために線路やコンテナホームを延伸したもの(隅田川駅)、新幹線開業に伴い既存の車両基地を電気機関車向けに整備したもの(五稜郭機関区)、JR線への他社線乗入に伴う隣接貨物駅を整備したもの(横浜羽沢駅)、既存貨物駅の老朽化した線路などの設備更新を行うもの(各貨物駅)、また不要になった線路を撤去し、その跡地を社内の開発チームがマンションにする案件など、大小さまざまな駅の改良や更新を経験してきました。
初めに配属された関東支社でベースとなる知識や経験などの業務能力を習得し、その後は北海道支社、本社、九州支社、そして現在の東北支社と、各地での改良工事や設備更新などを各地の季節的・環境的な特情を学びながら技術力やノウハウを積み上げてきました。環境といえば、私も島根県の積雪地域出身ですが北海道の雪には心底、驚かされました。
──全国各地で働くことの魅力を教えてください。
一番は数多くの仲間ができることです。1つの支社で40〜50人の仲間ができるので、異動するたびそれがどんどん増えていき、時には頼り、時には頼られるといった全国会社ならではの関係性を築くことができました。若手だった関東や北海道時代には「師匠」と思っている魅力的な上司や仲間と出会えたことが、技術力だけでなく精神的な私の成長を後押ししてくれました。
また、支社や職場ごとに風土や文化が異なり、初めて転勤した北海道では関東との業務文化の違いに大きく衝撃を受けたことを強く覚えています。業務面では課題解決へのアプローチや方策も異なっており、その違いを5支社分経験してきたことで世界が広がり、課題解決の選択肢を多く持っていること、既存にとらわれない視点で課題にアプローチすることが現在の自分の武器になっていると感じています。
プライベートでも日本各地を観光することができ、全国のおいしいものを広く体験できたところがよかったと思っています。仕事で行く地域で気に入ったローカル店を家族に紹介すると、お褒めの言葉をもらうことができますね。
やりがいは歴史に残る・地図に残る仕事ができること。新設工事に携われる喜び
──お仕事の中でとくに印象に残っている出来事があれば教えてください。
とくに印象深いのは、入社5年目で初めて工事計画や設計業務の中心として業務に携わることになった時ですね。当時は私もまだ若かったので、「1人でなんでもできる」と思っていたところがありました。
しかし初心者でいきなりベテラン勢並の難しい設計を任されることになり、状況が一変。結果、自職場や他職場の先輩たち、施工する協力会社の方々に質問・相談を何度も何度も繰り返しながら、失敗も経験しつつなんとか成功させることができました。
その時感じたのが、プロジェクトに関わるメンバーの親切さです。社内外関わらず、どのメンバーも質問や相談をすれば喜んで答えてくれ、「師匠と弟子」のように多くのことを教わりました。そういった「師匠と弟子」の関係が現在の土台になっていると今でも感じています。また、師匠にも頼られることもあり、協力会社を含めメンバー全員とよい関係を構築できたことが成功につながった理由のひとつだと感じています。
また、これまでに5支社を巡っていろいろな人と出会えたことや失敗が人間的な成長につながりました。とくに印象的なのは当然失敗も数えきれないほどしているのですが、それを「仕方がねえな~」とフォローしてくれた師匠やメンバーたちの存在です。非常に仲間想いの人たちに恵まれ、失敗した自分にたくさんの手を指し伸ばしてくれました。こういう人でありたいという人生の師匠と思える存在です。
現在、若手指導や社内外の安全教育を担当していますが、こういった経験を活かしながら「命に関わらない失敗はしてもいい」とチャレンジを促すように心がけています。
これらの経験を経て、独りよがりだった1人の担当者から、チームをまとめる管理者へと成長できました。各地域での師匠との出会いやさまざまなバックグラウンドを持つメンバーたちとの関わりがここまで私を大きく成長させてくれたと感じています。
──現在の業務の魅力・やりがいはどんなところにありますか。
入社してからこれまで貨物駅の改良や更新を行い、自分が関係した設備は非常に愛着があり、成功したことも失敗したこともすべて覚えています。テレビや本などで関わった貨物駅が紹介されたときには、「ここはパパがつくったんだよ」、「こういうスゴイ設計して直したんだよ」と家族に自慢してきました。
今回の新仙台貨物ターミナル駅の移転事業では「『この貨物駅は』パパがつくった」と自慢できる魅力があります。そのためには「私の仕事」として家族に誇れるような、家族も誇ってくれるような仕事をしていくことが今の目標です。また、工事区のメンバーたちも同様に、新設工事に携わったことを誇れるような仕事をできるサポートを行っていくことが私の役割でもあると感じています。
師匠の背中を追いかけて──2030年貨物駅新設にかける思いと後進へのメッセージ
──JR貨物には、どのような魅力がありますか。
とくに工事関係では工事設計や工事監督における成果を実感できる点が魅力の1つです。何かモノをつくる際には予算や設計条件などの制約や基準などがあり、それらを踏まえた上で担当者に大きな裁量が任されます。
担当者として「正解はこれしかない」という想いをもったものが仕上がったときには最高の達成感でした。工事監督においても検討した工事計画がガチっとうまく嚙み合って成功した際には、努力が報われる満足感を得られました。担当者の裁量による成功が身近にあることは魅力だと思います。
また、同種の仕事はあってもまったく同じ仕事はありません。マニュアルや標準が通じない世界をどのように自分の工夫でクリアしていくか、それが腕の魅せどころだと思っています。失敗もたくさんありますが、失敗は次の仕事で活かすチャンスが必ずあります。
さらに、工事関係業務は過度にマニュアル化されていないので、仕事をいろんなやり方で試すことができ、さまざまなチャレンジができるところが魅力です。失敗に対しても寛容で、困った時には周囲がフォローしてくれる雰囲気があります。私自身、若手の頃は数多くの失敗を経験してきましたが、その失敗を次に活かしてきたからこそ今があると思っています。
──今後はどのような存在になっていきたいと考えていますか。
まずは2030年の仙台貨物ターミナル駅完成に向かって、安全最優先で工事を進めていきます。大変なことばかりですが、前区長から受け継いだこのプロジェクトをしっかりと完成させたいと思っています。
また、私自身これまでさまざまな支社で数多くの師匠や仲間と出会い成長してきました。今度は自分が師匠のような存在として後輩たちを育て、貨物駅を支え発展させていく人材育成をしていきたいと考えています。そして、未来の師匠が生まれてくれることを期待しています。
──どのような人がJR貨物で輝けるでしょうか。
失敗を恐れずチャレンジする人が輝けると思います。前述の通り、私もたくさんの失敗を経験してきましたが、その失敗がなければ今の成長はなかったとも思っています。誰しも失敗は避けたいものですが、それを恐れずにチャレンジする方と一緒に働きたいですね。
──文系・理系に関わらず活躍できる場所はありますか?
もちろんあります。私は土木系学部の卒業ではありますが、専攻は都市交通工学だったので設計で用いる力学などは入社してから再度勉強をはじめました。入社してから学ぶことの方が圧倒的に多いので、理系でなくとも鉄道設備部の現場で活躍している人は多数います。
チャレンジして学んでいく気持ちがあれば、どのようなバックグラウンドでも活躍できると思います。失敗を恐れずチャレンジできる姿勢と学ぶ姿勢を持つ方であれば、どんなバックグラウンドの方もきっと活躍できると思います。
※ 記載内容は2025年10月時点のものです
