「実家」や「村」のようなコミュニティを作ることで、自然と助け合いが生まれる
──はじめに、藤井さんと竹沢さんに施設のことをお伺いします。それぞれ、どのような特徴がある施設なのでしょうか。
藤井:武蔵小山創業支援センターは、「MUSAKO HOUSE(ムサコハウス)」と呼ばれる品川区が運営する施設です。2010年の開設当初から女性の起業・創業支援に特化していて、コワーキングスペースやオフィスとしての機能に加え、テストマーケティングができるチャレンジショップもあります。
また、スタッフも9割が女性です。女性の起業にはさまざまな心理的ハードルが伴うことも多いのですが、日々の会話の中でそうした課題をクリアにしていける点も当施設の特徴です。
竹沢:RYOZAN PARKは、東日本大震災をきっかけに「どんなバックグラウンドや国籍の人でもチャレンジを応援し合える『共同体』を作りたい」と思い、2012年にシェアハウス・シェアオフィスを立ち上げたことが始まりです。
その後、シェアハウスで20組以上が結婚し、30人以上の子どもが生まれる中、「働きたいけれど子育ても大切にしたい」という切実な想いを抱く仲間が増えていきました。そこで、「Life is better shared」を合言葉に、働く・住む・学ぶ・子育てするが一体となった「村」のようなコミュニティを作り、「幸せをみんなでシェアする共同体」となることをめざしています。
藤井:その想いは当施設も似ています。「ムサコハウス」という愛称には、「実家のような存在でありたい」という想いが込められているんです。事業を続ける中で困ったことがあれば、いつでも帰って来られる場所でありたいと考えています。
──支援する際に大切にしていることはありますか?
藤井:月の売上や事業拡大などの目標設定はライフステージによっても全然違うため、こちらから目標を押しつけることなく、相手がめざしている目標に対してのアプローチをサポートするようにしています。最近では、事業を拡大したいという思考の女性起業家も増えてきていて、そうした支援にも力を入れています。
竹沢:一番大切にしているのは「同じ釜の飯を食う」ということ。皆でご飯を食べたり、お酒を酌み交わしたりしながらそれぞれの人間性を知っていくことで、仕事や家庭の悩みを相談するようになります。すると、自然と助け合いが生まれて、お互いがお互いのインキュベーションマネージャーになるんです。
──これまでINCU Tokyoの活動で参加されたものはありますか?とくに印象に残っていることがあれば教えてください。
竹沢:コミュニティマネージャー養成講座に参加した際、他の施設の方も同じような悩みを抱えていると知りました。たとえば、入居者とどのように関係を築いていくか。人間同士ですから、マニュアル通りにはいきません。どうやって信頼関係を作っていくは肌感覚に委ねられる部分もありますよね。
藤井:そうですね。それぞれのパーソナリティによるところも大きいと思います。
私の場合は、2025年度のキックオフイベントでのワークショップが印象に残っています。さまざまな立場の施設運営者と同じグループになったのですが、ディスカッションのテーマが設定されていることで深い話ができて、共通する悩みも多々あると知ることができたのです。
また、INCU Tokyoに所属されている金融機関の方とつながりが強まり、その金融機関が主催するピッチイベントに支援者を推薦して協力団体として参加させてもらいました。
竹沢:私も、他の施設とのつながりができたことが、一番の収穫でしたね。
藤井:横のつながりは必要ですよね。たとえば、当施設の入居期間は最長3年なので、卒業後の拠点を提案するためにも他の施設のカラーを知っておくことは重要です。選択肢を増やすためにも、支援側がフラットにつながることができる機会を活用したいなと思っています。
起業のための「基礎」をサポートしてもらえる安心感が施設入居の魅力
──ここからは、川淵さんと長尾さんにもお伺いします。まずは、それぞれの事業内容を簡単に教えてください。
川淵:私は、フラワーアーティストと調香師として活動しています。2024年に法人化し、「花と香りで豊かなひとときを紡ぐ」というコンセプトで事業をしています。
最近では、Z世代1,000人にアンケートをとって自社のオリジナルフレグランスを作り、「YUME to MOMO」というブランド名でスティック型の練り香水を開発しました。先日まで武蔵小山創業支援センターのチャレンジショップで販売していて、現在はコワーキングスペースを拠点に活動しています。
長尾:私は現在、株式会社2社と社団法人1つ、計3つの法人経営に携わっています。
代表取締役を務める株式会社マネジメイトでは、テクノロジー×ワーキングマザー(ワーママ)をテーマに、ワーママに特化した生成AIエージェントの開発や、テクノロジーのリスキリング機会創出を進めています。もう1社の株式会社ナラティブベースでは取締役CBOを務めていて、フリーランスの女性たちがチームを組んで企業のプロジェクト推進支援を担っています。
どちらも、軸となっているのは「女性のエンパワーメント」。テクノロジーを使ってライフステージ変化による、時間や場所といった物理的なハンディキャップを補うことでさらに力を発揮し、自律的に行動できるような環境づくりをめざしています。
──川淵さんは、起業にあたり武蔵小山創業支援センターに入居しようと考えたのは、なぜだったのでしょうか。
川淵:情報収集する中で、品川区に5つの創業支援施設があることを知りました。中でも、武蔵小山創業支援センターは女性起業家に特化しているため、より手厚い支援が受けられるのではないかと考えたのです。
そこで、まずは起業スクールに通ってみたところ、施設がきれいで、インキュベーションマネージャーの方たちも親身になって話を聞いてくださったので、そのままチャレンジショップに応募して入居を決めました。
長く会社勤めをしていたので、起業にあたって必要になる書類の出し方や融資の受け方など、基礎的なところに大きな不安があったのですが、そういった部分もサポートしてもらえたことがとても魅力的でしたね。
──長尾さんは以前、RYOZAN PARKでコミュニティマネージャーをされていたと聞きました。ご自身が起業する際に入居することは自然な流れだったのでしょうか。
長尾:そうですね。竹沢さんと出会った十数年前は私自身も仕事と子育ての両立に悩んでいて、竹沢さんの「志」に共感したことが現在のキャリアの起点になっているので、自然な流れでした。
当時から、RYOZAN PARKには起業家マインドを持った女性たちが多く集まっていましたが、皆、社会的な課題に対して不満を言うのではなく、それをポジティブに超えていくような力を持っています。もちろん、女性に限らずさまざまなアイデンティティの方が集っていて、違いを認めあった上での大きな家族のような存在がいることは、会社経営をする上で心の安定につながります。起業家としても魅力的な環境だなと思っています。
「同じ釜の飯」から生まれるシナジー。入居者の交流から新しい企画が生まれる
──インキュベーション施設に入居してよかったと感じたエピソードを教えてください。まずは川淵さんから。
川淵:入居当初は売上が伸び悩んでいたのですが、毎月のインキュベーションマネージャーとの打ち合わせでアイデアの壁打ちができたり、「少しでいいから、ディスプレイを毎日変えた方がいい」など率直な意見をもらえたりすることがとても参考になりました。
チャレンジショップは他の入居者との合同店舗になっているので、ディスプレイの得意な方にアドバイスをもらえたり、出張がある際は販売をサポートしてもらったりと、助け合いながら運営できたこともありがたかったです。
藤井:川淵さんは芯がしっかりしていて、融資や補助金など押さえるべきところはしっかり押さえていましたし、次々と大きな商業施設でポップアップの出店を実現していくなど、サポートを受けながらも自分で計画的に進めていくところが素晴らしいんですよね。
川淵:なかなか計画通りにいかなかったり、時には厳しい指摘を受けることもあったりしましたが、しっかり受け止めて実行することで売上が伸びていったので、大事なアドバイスをもらえたと思っています。
──長尾さんは先ほど、周りの方の存在が心の安定につながるとお話されていましたが、他にもインキュベーション施設のメリットを感じることはありますか?
長尾:家族のような関係性でなんでも話せるからこそ、インキュベーションマネージャーが私の事業内容や求めていることをしっかり理解して、必要な人につないでくれるのです。
実際に、他の入居者に壁打ち相手になってもらったり、企業向けの研修を一緒に実施したり、協業してサービス展開したりと、一つの「村」の中で仕事が回っていくようなところがRYOZAN PARKの価値だと感じています。
何より、竹沢さんの存在が大きな求心力になっていて、皆が「志」でつながっているという前提があることも魅力です。
竹沢:私の知らないところで、こんな風にどんどん輪が広がっているのが嬉しいですね。長尾さんに限らず、入居者同士で協力しあって新しい企画が生まれることはよくあるのですが、本当に感動するんです。「インキュベーションマネージャーを通さなければいけない」ではなく、自然に新しいものが生まれる本物のコミュニティになっているのだと感じますよね。
藤井:わかります。入居者同士でコラボレーションが生まれると嬉しいです。
長尾:とくにRYOZAN PARKは、「提供する側、される側」という線引きがないんですよね。集まった皆が好きなことをしている状態を「良し」としているので、こちら側も遠慮せずにチャレンジできます。
情報と人材のマッチングが強力な支援になる。地域間の交流で起業支援の可能性を広げた
──インキュベーション施設として、起業家として、それぞれが今後INCU Tokyoや東京都に期待することを教えてください。
藤井:東京都は起業家支援のためにさまざまな施策をしているのですが、その分、すべてを把握しようとすると時間がかかってしまいます。AIなどを使って起業家の状況や課題に応じて最適な情報を教えてくれるツールができると嬉しいです。
自治体が取り組んでいる支援は、起業家にとって費用面でも助かるものが多く、起業家に寄り添ってくれているサービスもたくさんあるので、支援する側も起業家側ももっと情報を得やすくなるといいなと思います。
竹沢:起業家に出資する投資家にもさまざまな考えの人がいますから、私たちも安易に橋渡しすることはできません。たとえば、社会起業家と社会起業に出資する投資家を集めたピッチイベント、早期に拡大をめざす起業家とそれを支援する投資家を集めたイベントなど、起業家と投資家がマッチするようなイベントをINCU Tokyoで企画してもらえるといいですね。
長尾:起業家側としても、そういったカラーに合った投資家に会える機会があるとありがたいです。自分が求める人がどこにいるのかを探して、足を運んで、ということを日々繰り返しているのですが、そこをキュレーションしてくれる存在があるといいですね。
川淵:私も、今後スケールアップするタイミングで、いろいろなノウハウを持っている方との交流を増やしていきたいと考えています。たとえば、現在アルバイトスタッフの募集で苦労しているのですが、他の方がどんな採用活動をしているのかなどが気になります。そういった実践的な情報を、他のインキュベーション施設に入居している方と共有できると嬉しいですね。
藤井:事業が拡大していくと手が回らない部分が出てきますから、そういった人材プラットフォームのような仕組みがあってもいいかもしれませんね。
長尾:そうですね。家庭も含めたマルチタスクを担う女性起業家は、出会いにつながる交流会やセミナーに参加するのも厳しいのが現実。多種多様な人、違う業種や業界の人とのつながりが大切になってくると思います。
竹沢:私は、夢が一つあるんです。東京都は、島しょ部や奥多摩エリアなど自然豊かなエリアがありますよね。そこでの創業支援にも挑戦したいと思っているのです。
起業家には、不確かなものをつかみ取る野性的な感覚も必要だと考えているのですが、その感覚を磨ける場所が東京都にあるんです。都心の施設と連携して行き来できるようになるとおもしろいのではないかと思います。
長尾:教育という観点からも、拠点連携できるといいですね。自然の中で子育てをしながら仕事ができる環境が整います。
藤井:たしかに、いいですね。起業家を含めて働く親は、子どもたちとの時間を犠牲にしながら仕事をしている部分がありますからね。
竹沢:そのエリアに人を呼ぶこともできるかもしれないし、きっと新しいことが生まれると思います。
※ 記載内容は2026年3月時点のものです
