製薬企業が集積するライフサイエンスの聖地・日本橋から新たな産業創造を推進
──日本橋ライフサイエンスビルディングの概要を教えてください。
三井不動産が運営するライフサイエンスビルディングシリーズの中でも一番大きな拠点であり、日本橋エリアにある12施設の中心的な存在です。施設内には、賃貸オフィスフロアのほかに会議室やラウンジ、机や椅子を完備したシェア型のオフィスも用意。大企業からスタートアップまでご利用いただける、ハイブリッドな構成になっています。
もともとはアステラス製薬が、前身の山之内製薬時代から使っていた本社ビルをリノベーションした施設で、その名の通り、ライフサイエンス系の企業が主に入居しています。日本橋は古くから製薬会社が多いエリアで、その地歴や特性を活かし、三井不動産が街づくりを進める上でもライフサイエンス分野における産業創造を推進しています。
そうした背景から、日本橋には今、製薬会社や製薬会社とつながりたい企業がどんどん集まっています。また当施設は、たとえば医療機器・医療IT関連のスタートアップ、アカデミアやベンチャーキャピタル(VC)など、製薬以外のライフサイエンス分野のプレイヤーにも幅広くご利用いただいています。
──サポート面での特徴はありますか?
単に企業が集まるだけで、ライフサイエンスの知が集積し、エコシステムができるわけではありません。入居企業は、三井不動産が設立したライフサイエンス領域の産官学連携をめざすコミュニティ・LINK-Jに参加し、他社はもちろん、業界団体やVC、大学や自治体などと交流・連携できます。
LINK-Jの会員数は1,000を越えました。入居企業の皆さんには、LINK-Jもしくは三井不動産が日々開催するイベントへ参加いただき、これまで持ち得なかった他社とのつながりやイノベーションのきっかけをつかめるようにサポートをしています。それにより、日本橋のライフサイエンス・エコシステムが着実に成長しているのを感じます。
──加納さんはどのような役割を担っていますか?
私は、三井不動産およびLINK-Jの参事と、サイエンス・コンシェルジュを務めています。サイエンス・コンシェルジュとは、サイエンスのバックグラウンドを持つメンターのような役割。三井不動産とLINK-Jには、製薬会社出身のサイエンティストが私を含め10人ほどいて、入居企業を支援しています。
技術的な相談はもちろん、たとえばアカデミア発のベンチャー企業は産業界とのパイプがないことが多いため、そこをつないでビジネスが前進するように支援しています。また、「サイエンス・コンシェルジュが相談に乗りますよ」というフライヤーを配ったり、同じ系列のインキュベーション施設も含めて定期的な懇親会を開いたり、入居者たちと気軽にコミュニケーションを取れる機会を増やしています。
製薬の研究・開発からロビー活動まで。多様な経験や人脈を活かし、起業家たちをサポート
──加納さんのこれまでのキャリアについて教えてください。
1991年に山之内製薬(現・アステラス製薬)に入社し、2002年まで約11年間、薬理研究所で研究に従事しました。主な担当は骨粗鬆症などの骨代謝領域で、細胞実験や動物実験を中心に低分子化合物の評価を行い、骨粗鬆症治療薬を1つローンチすることができました。
その後開発部門に移り、骨粗鬆症治療薬が乳がんや多発性骨髄腫の骨への転移を抑制できるかという臨床試験に携わった後、腎臓領域のリーダーとして15年ほど臨床開発に従事しました。慢性腎臓病の進行抑制や腎臓病の進行により血中に増えるリンを体外に排出する薬剤の開発、そして腎性貧血を治療するエリスロポエチン(腎臓で生成される造血ホルモン)製剤の飲み薬版の開発などを担当し、経口エリスロポエチン産生促進剤と高リン血症治療薬の2つをローンチしました。
その後、アステラス製薬の社長が日本製薬工業協会(製薬協)の会長を務める際に、そのサポートのために本社に異動し、製薬協や経団連の活動に2年間携わりました。業界活動を通じて厚労省、経産省、文科省の課長級の方々や国会議員とのお付き合いが増え、ロビー活動なども経験。その後、再生医療の業界団体(FIRM)に出向し、事務局長、運営委員長を7年近く務め、その間にアカデミアの先生方との人脈も広がりました。
──LINK-Jの参事やサイエンス・コンシェルジュを務めることになった経緯を教えてください。
私がFIRMに出向した2018年には、三井不動産はすでにLINK-Jを設立していました。FIRMとLINK-J、再生医療学会が共同で再生医療のシンポジウムを企画・運営していたため、LINK-Jや三井不動産の方々とは交流があったのです。その流れで三井不動産に誘っていただき、2024年11月末にアステラス製薬を定年退職した後、同年12月より現職に就きました。
日本橋ライフサイエンスビルディングはもともと山之内製薬の本社ビルだった、という話をしましたが、私が同社に入社した時、実はこのビルの2階ホールで入社式が行われたのです。ですからこの場所には、不思議な縁を感じています。
──これまでのキャリアが、現在の創業支援にどう活きていますか?
キャリア前半の研究者・開発者時代の経験があるからこそ、製薬系の研究や事業開発を目的に当施設を利用する方たちの支援ができますし、キャリア後半で培った官公庁やアカデミアとのつながりも、起業家を支援する上で大いに役立っています。その両方を活かし、入居者からの相談に乗ったり、他の企業や業界団体、大学の先生方を紹介したりすることで、成長を支えたいですね。
まだ評価されていない、世の中の役に立つ技術を見つけ、実用化・事業化につなげたい
──これまでの支援で印象的な出来事を教えてください。
LINK-Jに参画しているとある企業が、多くの製薬会社で使えるような基盤技術を持っていました。その技術は、現在広く使われている海外製の基盤技術に取って代わる可能性があり、実現すれば日本の製薬会社が海外企業に支払っている特許料を削減できます。
つまり、創薬にかかるコストを削減でき、昨今どんどん高くなっている薬の価格を下げることにつながります。この基盤技術を製薬会社や受託製造会社に紹介して実用化が進めば、日本の製薬業界、ひいては日本社会全体のためになると考えました。
結果として、私たちが紹介した会社との連携が生まれ、新たな展開に進んでいるようです。ライフサイエンス分野では、実用化や事業化の機会に恵まれず、評価されない技術、しかし世の中の役に立つはずの技術がたくさんあります。私たちが技術と企業の橋渡し役をすることで、複数の会社にとって良い結果をもたらせればと考えています。
──支援する上で、心がけていることはありますか?
最も気をつけているのは、入居企業とは基本的にノンコンフィデンシャル、つまり機密ではない情報でコミュニケーションを取ることです。さまざまな企業や団体と話をする立場ではありますが、もしコンフィデンシャルな情報に触れてしまうと、その後の対応が難しくなります。信用や評判が非常に重要な仕事でもあるので、万が一機密情報が流出したなどの事態があれば、相談が来なくなってしまいます。
また、相談の内容によっては、専門のコンサルタントなどプロにつなぐようにしています。たとえば、知的財産に関する相談なら、その道に特化したコンサルタント企業がありますし、そういう企業のビジネスを奪ってしまうことは私たちの本意ではありません。1~2回の相談を受けて、「これはプロの意見をもらった方がいいな」と判断したら、適切なコンサルをご紹介する方が入居企業にとってプラスになると考えています。
──支援活動のやりがいを感じるのは、どんな時ですか?
入居企業がこれまで出会えなかった人たち──たとえば官公庁や業界団体、シナジーを生み出せる他社などとつなげることによって、その企業が課題を乗り越え成長していく姿を見ることにやりがいを感じています。ライフサイエンスビルディングやLINK-Jというコミュニティの中では、それが他の企業にも波及し、より大きなビジネスになっていく可能性があり、そうしたプロセスに関われることは本当にありがたく、嬉しいことだと思っています。
私自身今は研究者ではなく、プラットフォーマーやデベロッパーという立場ですので、自分の手で直接製品を開発することはできません。だからこそ、研究者や起業家を支え、関わった方たちの成功に貢献したいですね。
ライフサイエンスの知が集積する施設として役目を果たし、より良い未来を描く
──今後どんな起業家やスタートアップに施設を利用してほしいですか?
ライフサイエンスビルディングシリーズを利用するのであれば、「他の人と交わること」に価値を見出してほしいと思います。自分たちだけで発揮できるケイパビリティは限られているので、他の企業や研究者と交流を持ちながら、いかに新たな価値を生み出せるか、が重要だと思います。
もちろん技術のコアな部分は秘密にすべきですが、それ以外のところで自分たちの弱みも見せながらコミュニケーションが取れるようなバランス感覚がある人、初対面の人たちの中に飛び込んで物怖じせずに話せる人だと、成長できると思います。
以前ほどではないにせよ、日本の研究者は、他人とのコミュニケーションやコラボレーションが苦手な方が多い印象です。ライフサイエンス分野では、海外で外国人に対して英語でプレゼンする機会も多いでしょう。その機会を生かすには、日本語であっても、多くの人に事業や研究成果をアピールする訓練が必要でしょう。
ここはそうしたコミュニケーションを実践できる環境でもあるので、どんどんチャレンジしてほしいですし、そういう方たちを応援したいと思います。
──INCU Tokyoを活用して実現したいことを教えてください。
インキュベーター同士がそれぞれのノウハウやナレッジを共有し合い、新しいアイデアを生み出すことで参加施設全体のレベルが上がっていくと嬉しいですね。
また国益の観点では、東京都だけに閉じるのではなく、同じような取り組みをしている神奈川や大阪、福岡などと自治体の垣根を超えて協力することも大事だと思います。たとえば他県の施設と共同でシンポジウムを開催するなど、インキュベーターのつながりをさらに広げていきたいですね。
※ 記載内容は2026年2月時点のものです
