バックオフィス業務もサポート。創業者が「事業」に集中できる環境を作る
──まずは、施設の概要や立地について教えてください。
運営母体は中国のAIアプリ開発やSNSマーケティングを生業とする企業で、日本進出は2022年からで現在4年目になります。施設があるのは東京ビッグサイトの近隣で、羽田空港や銀座、六本木への車移動が早く、立地とコストパフォーマンスのバランスが良い場所だと考えています。
──施設にはどのような設備がありますか。特徴的なハード面について教えてください。
施設の特徴的な設備として、まず100平米を超える「フリースペース」があります。仕事や飲食、運動だけでなく、イベントも開催できる交流の場です。私たちも、このスペースでAI関連のイベントを開催しています。
「個室」は1名用から10数名規模まで柔軟に用意しており、会議室も完備。また運営母体の会社がサイクリングに関する事業を行っている背景もあり、ユニークな設備として、運動後のリフレッシュに最適な「シャワールーム」も完備しています。
さらに、昨今の需要に応える「ライブ配信スタジオ」を2部屋備えています。自社利用だけでなく、入居者のライブコマースやマーケティング支援にも活用できる重要な設備です。
──具体的な利用者層や、ソフト面での支援内容についてはいかがでしょうか。
現在、利用者層はEC系の方が多いですが、とくにAI、テック、インターネット関連企業との親和性が高いと考えています。利用スタイルはフレキシブルで、毎日通勤するだけでなく、リモートをメインにしつつ週1〜2回集まる拠点としてや、ビッグサイトでの展示会に合わせた拠点としての利用も推奨しています。
また、初めて日本でビジネスをスタートする方も少なくありません。そこでソフト面の支援としては、創業者が1人で抱えきれないバックオフィス業務をサポートしています。士業の方との連携や住所変更、採用支援、翻訳などを代行・仲介し、事業に集中できる環境を整えます。
他にも、運営母体の事業と親和性が高い場合には、投資や家賃免除などのサポートも検討し、成長に合わせてパートナー紹介なども行っています。
──江さんの現在の役割や、施設運営のスタンスについても教えてください。
私は運営母体の子会社にあたるIYS株式会社のCEOとして、日本のIP(知的財産)の海外展開や投資、自社でのバーチャルキャラクター作成、ペットブランド運営などの事業を手がけています。自身も現役の経営者としてビジネスの最前線に立ちながら、この施設の運営に携わっています。施設には週3〜4日程度おり、隣のオフィススペースから様子を見ています。
施設運営で何より重要視しているのは、「交流」や「ネットワーク構築」です。運営会社も、もともとシェアオフィスでスタートしており、おもしろい出会いを経験してきました。
そうした実体験もあり、ここをきっかけに多くの創業者がつながり、将来的に施設を卒業した後も、お互いにコミュニティとして応援し合える関係を作りたい。その「関係性」こそが、私たちにとっても最大の財産になると考えています。
きっかけは自身の「原体験」。苦労を知るからこそ、それを支えられる施設へ
──江さんのこれまでのキャリアについて、日本に来られた経緯から教えてください。
日本で活動するきっかけは、高校時代に日本を訪れ、アニメ・ドラマ・小説などの文化に強く影響を受けたことです。独学で日本語を勉強し、日本の大手IT企業の海外採用試験を受けるために来日。そこで最初のキャリアをスタートさせました。文化的にも親和性が高く、お互いに理解し合える土壌があると感じたことも、日本を選んだ理由の1つです。
その後、金融業界に転じ、約8年在籍しました。投資銀行でM&Aアドバイザリーや、スタートアップのIPO、資金調達支援に従事してきました。
とくにM&Aの業務を通じて、企業同士の提携において最も重要なのは「文化」や「相性」であると学びました。数字上の条件が良くても、カルチャーが合わなければその後の融合はうまくいきません。この時に痛感した「事前の対話」や「理解し合うこと」の重要性が、現在の施設運営において、入居者同士の交流やコミュニティ作りを何より重視する姿勢に直結しています。
──どのような経緯で、この施設を立ち上げることになったのでしょうか。
2024年夏に現在の会社へ移った当初は、施設を作る予定はありませんでしたが、主に2つの要因が重なり、立ち上げに至りました。
1つめは、スペースの有効活用とAI事業の親和性です。自社の事業拡大に伴い、現在のTOC有明のワンフロアを借りることになった際、スペースに余裕がありました。その活用法を模索していたタイミングで、親会社が開発するAIアプリに関連したカンファレンス開催の話が持ち上がり、それが発展して「AI、インキュベーション、シェアオフィスを掛け合わせた拠点を恒常的に作ろう」という構想が生まれました。
日本のAI事情は、ビジネス活用やセキュリティ面でまだ未開拓な領域であり、今後AI分野で創業する人も増えていくと考えた時に、そこに大きなチャンスがあると考えたのです。
2つめは、私たちが持つ「創業時の原体験」です。日本での初期立ち上げ時に、外国人創業者としてオフィス探しや銀行口座開設などの「管理業務」で非常に苦労しました。「せっかく場所を作るなら、自分たちが味わった苦労と同じような課題を持つ起業家をサポートしたい」。そうした強い思いから、フロアの約3分の1を単なるシェアオフィスではなく、起業家支援を行うインキュベーションスペースとして開放することにしました。
──インキュベーションマネージャーとして、ご自身のグローバルな経験をどのように支援に活かしたいとお考えですか。
グローバルな視点で見ると、日本市場だけではどうしても規模が限られてしまいます。だからこそ、最初から海外(アメリカ、中国)を見据えた創業や、逆に海外企業の日本進出を積極的に支援したいと考えています。
文化や商習慣の違いを知らないことによる失敗は、非常にもったいないことです。私自身が日本と海外の両方でビジネスを行ってきた経験を活かし、そうした壁を乗り越えるためのサポートをしていきたいです。
共感から始まる、対等な伴走支援。お互いに応援し合える「仲間」の存在意義
──支援する上で、最も大切にしていることは何ですか。
支援において最も大切にしているのは、「計画と振り返り」です。金融業界に従事していた時代にトラブル解決に追われた経験と比較して痛感するのは、事業運営には長期的なマイルストーンが不可欠だということです。
事業のゴールを見据え、1カ月、1年、3年と段階的に目標を設定する。そして、目の前の業務に没頭しがちな創業者こそ、定期的に立ち止まって計画との乖離を確認し、軌道修正する必要があります。想定外の事態に対して速やかに対策を講じなければ、目標にはたどり着けないからです。
ただ、この「振り返り」を一人で習慣化するのは容易ではありません。だからこそ、お互いにリマインドし、応援し合えるコミュニティが必要です。一人では見落としがちな視点も、仲間がいれば維持でき、共に進化していけると考えています。
──これまでの支援の中で、とくに印象に残っているエピソードはありますか。
あるクロスボーダーEC企業の「採用の壁」に関する事例があります。その企業はアメリカですでに成長しており、日本でも拡大をめざしていますが、「採用」に非常に苦戦しています。
課題は、単なるスキルマッチではなく、スタートアップ特有のメンタリティや企業文化に合う人材を見つけるのが非常に難しいという点です。大手企業とスタートアップでは、リスクへの考え方やスピード感がまったく異なります。文化や育った環境が違えば、仕事への向き合い方も違います。
なかなか良い人が見つからず、心が折れそうになる創業者に対し、「私たちも同じく苦戦していますよ」と共感し、励まし続けています。「理想の人材に出会うには時間がかかるのが当たり前で、数多くの人と会い続けて判断するしかない」という現実を共有し、精神的に支えること、応援や支援をし続けることも私たちの役割だと思っています。
日本から世界へ、世界から日本へ。ボーダレスな挑戦者が集うエコシステムを
──今後、どのような起業家やスタートアップに入居してほしいですか。
テック系、AI系、インターネット関連の事業領域の方々は、事業の関連性も高く、当施設とも合いやすいと考えています。また、志向性としては、日本から海外へ、あるいは海外から日本へと、海外展開を視野に入れている企業や、国際的な交流、ダイバーシティに興味がある方がとくに親和性が高いと思います。もちろん制限は設けていないですが、AIやグローバルに興味があれば、より一緒に成長できるでしょう。
──将来的には、どのような展望をお持ちでしょうか。
将来的には、協業による事業拡大を実現したいです。SNSマーケティングやIPビジネス、アプリ開発などの分野で連携し、お互いの事業を拡大していきたいと考えています。また、AIインフラなど、興味のある分野での共同事業も視野に入れています。
──最後に、INCU Tokyoへの期待について教えてください。
INCU Tokyoには、コミュニケーションの促進を期待しています。イベントへの参加やホストを通じて、施設を超えたつながりを作っていきたいです。
とくに期待しているのは、成長支援の連携です。私たちの施設は規模が小さいため、入居企業が成長すればいずれ卒業することになります。その際、より大きな施設を紹介し合うなど、エコシステム全体で起業家を応援する流れを作りたいと考えています。
自社だけではリソースが足りない部分も、施設同士が連携することで、若い起業家へのリソース提供や応援をより強力に行っていけるはずです。仲間として起業家をバックアップしていきたいですね。
※ 記載内容は2026年2月時点のものです
