自ら新規事業を手がけたい──これまでの経験を糧に踏み出した新しい道
新卒で入社したメーカーで培った経験を活かして、これまで製造業に携わってきました。製造業界に身を置いてきた者として、かつてほど日本の製造業の存在感がない今、もっと新たなことを生み出すことが日本全体にとっての課題であり、自分自身にとっても同じなのではないか、と考えるようになりました。
「今は良くても、今の延長線上で20~30年後に果たして自分は社会に必要としてもらえるのか?」という危機感みたいなものです。
この漠然とした危機感から、チャレンジングではありましたが、イグニション・ポイントで新規事業領域の戦略コンサルタントとしてのキャリアをスタートさせることに。イグニション・ポイントのストラテジーユニットに在籍していた約2年間にわたり、自社の新規事業創出プログラムなどにも参画し、密度の濃い時間を過ごしました。
その後、また転機が訪れ、イグニション・ポイントを退職することに。それから1年間は、地方創生に取り組むベンチャー企業で勤務しました。
そこでデジタル化どころかIT化すらままならず、生産性が上がらないという地方の現状を目の当たりにしたことで、「間接的にでもこの状況を改善できるように貢献していきたい」という想いで、イグニション・ポイントに再入社しました。現在、これまでの経験も踏まえて今度は部署を変えてデジタルユニットで、より戦略寄りのプロジェクトに関わっています。
クライアント企業とともに社会課題に向き合い、自社を変革していこうという案件に携われることに非常にやりがいを感じています。
きっかけは妻の出産。自分が世の中にどう貢献できるかを軸に、試行錯誤する地方創生
イグニション・ポイントを退職した理由は、「自分自身で事業を創る側になりたくなったから」です。とはいえ、完全にゼロから事業を立ち上げるのではなく、まだ創業間もないスタートアップにジョインする形を選択しました。
そもそも、最初にイグニション・ポイントへ入社した理由は、「新規事業を生み出せる能力を身につけたいから」でした。当時は正直「どんなことがやりたいのか?」と聞かれても、何も答えられない状態でした。
担当プロジェクトでベースとなるスキルを学び、社内の新規事業立ち上げプログラムにもたびたびチャレンジしました。さらに私生活では子どもが生まれたことが大きなきっかけとなり、「自分が世の中にどう貢献できるか」という軸で考えるようになりました。その1つとして「地方創生がやりたい」という想いが強まりました。
私は北海道の釧路町出身で、年齢を重ねるとともにこのまま地方が廃れていくのがとても悲しく思えて、「どう地元へ恩返しができるだろう?」「子どもの世代にも地方のゆたかな文化を残していくにはどうしたら良いだろう?」と考えるようになりました。
「地方創生」と一口に言っても、実際にはマネタイズなど、事業としてやっていくのはかなり難しいものです。自分でゼロから始めるにはあまりにリスクが高く、すでに一定の成果をあげているスタートアップへのジョインを選択した形になります。
妻ともしっかり相談し、何度も下見を重ねて納得してもらってから新潟県に移住しましたが、今になってみれば、本当によく一緒に乗り越えてくれたな……。と感謝しています。
そんな想いで転職したスタートアップも1年で退職することとなりました。理由は、飾らずに言うと、「あまり上手くいかなかったから」です。情けない話ではありますが、理由の1つとして自分自身の「思い上がり」みたいなものがあったかと考えています。
ファーストキャリアの事業会社やコンサルティングファームでの仕事を通して、多くの業界の戦略策定から実行まで広く携わってきたことによって、「広く浅く、なんでもできる」と自分のことを無意識に過大評価してしまっていたように思います。
創業間もないスタートアップ企業ではやらなければならないことが多岐にわたり、中でも「クライアントやカスタマーを自らの力で開拓していく」という点が、結果的には最もネックとなりました。
コンサルタントの職業病で「戦略を考えて、懸念をつぶしてから実行に移す」と考えがちですが、実際の現場ではそんな悠長なことを言っている暇はありません。頭を動かしている暇があったら、足を動かして稼ぐ必要がありました。
かつての職場で再び。社会貢献と向き合える働きやすい環境
イグニション・ポイントに戻ってくるきっかけとなったのは、デジタルユニット事業責任者の羽間から「最近どう?」と、連絡をもらったことです。
在籍当時、同じプロジェクトで一緒だった関係で、退職後も時折連絡するような間柄でした。偶然にも退職を検討しているときの連絡だったこともあり、話をするうちに「戻ってきたら?」と声をかけてもらって、今に至ります。
もちろん他社への転職も検討しましたが、「自分を必要としてくれる会社で、今回の地方創生型スタートアップでチャレンジした経験を活かして、社会に貢献しよう」という気持ちで、イグニション・ポイントに戻ることを決めました。
私自身は移住した新潟県に今も住んでおり、基本はフルリモートワークで働いています。実は会社の方針は「地方在住OK」というわけではありません。新たな職場環境に身を投じたばかりの社員にとって、コミュニケーションや信頼関係の構築、企業文化や風土の理解および浸透において、地方在住というのはときに弊害となる可能性は否めません。
私の場合は以前に在籍経験があり、かつ当時の働きを評価されたことや、幼い子どもがいてすぐには引っ越しができない事情が考慮され、地方からの在宅勤務を承認してもらっています。
クライアントとのミーティングや社内研修など、必要なときには出社しています。新潟県といっても住んでいるのは一番東京に近いエリアです。新幹線を使いドアtoドアで3時間もあれば着きますので、出勤はそこまで苦ではありません。
辞めた当時は、コロナ禍に突入した直後で、クライアントも含めてリモートでのコミュニケーションなどがおぼつかない状況でしたが、久しぶりに戻ってきた職場は働き方やツールのほか、会社の制度面など、とてもやりやすくなったと感じています。
“離れて”気づいた自分のめざすべき場所
今回、結果としてスタートアップへの挑戦は苦悩の連続でしたが、そのこと自体はまったく後悔していませんし、むしろ30代で子どももまだ小さいうちに挑戦できて、本当に良かったと思っています。挑戦したことで、自分の適応範囲もわかりましたし、スタートアップの大変さも痛感できました。
また、社会人として初めて実際に「田舎暮らし」をしてみることで、良い面も悪い面も認識することができ、やはり「人はないものねだりをするものだ」ということもあらためて実感しました。
社会人になると知らず知らずのうちに収入に見合った生活レベルになるものですが、スタートアップへの転職で年収が半分以下になりましたので、これまでの生活レベルを見直して支出もかなり切り詰めました。「地方は生活費が安いのでは?」と思う方も多いかもしれませんが、豪雪地帯は雪対策などに費用がかかり、家賃は東京郊外と大差はなく、むしろ移動には車が必須で冬場の暖房費もかさみます。
スーパーにいたっては、一部の地元農産品を除き、都内のスーパーの方が安いことも多いです。そういった事情もあって、生活における余計なものをそぎ落とすことにつながり、「今までが余計な支出が多すぎた」という発見につながりました。
やってみて初めてわかることもあり、そのおかげで視野が広がったと実感しています。すべてが順風満帆とはいきませんが、「やってみたい」という気持ちがある人は、ぜひ、できるだけ制約条件が少ないうちに、いろんなことに挑戦してみるのが良いと思います。
コンサルの仕事をしていると、ポストコンサルのキャリアに悩むケースは多いかと思います。10年後、20年後の日本で「デジタル化」に関する課題がすべて解決されているとは思えません。やるべきことはまだまだあると思います。
私の場合、コンサルティングのキャリアを再スタートする上で「必要としてもらい、自分の能力で社会に貢献できる」ということを今は、最も大事にしたいことです。
地方スタートアップで一度チャレンジできたことで、あらためてコンサルティング業界の魅力は、クライアント企業の課題を解決するということであり、自分にとってのやりがいだと実感しました。できれば直接的に新規事業を手掛けたくて一度は転職しましたが、見識が広がった今ではイグニション・ポイントで、よりインパクトを生み出せる関わり方を模索したいと思っています。
当然、細かなタスクレベルでいつも意識することは難しいですが、そういうときこそ原点に立ち返って、今仕事を通じて誰かに貢献できる環境に感謝を忘れずにいたいと思います。
プライベートでは、いつまで新潟に住むかを目下の課題として妻と相談しているところです。ただ、「住む場所の選択肢がある」というのは、少し前までは考えづらかったことですし、ある意味とても幸せな悩みであると思っています。
新潟は食べ物も美味しいし、自然のゆたかさは何物にも代えがたいですが、夫婦それぞれの仕事や子育て環境など、いろんな状況を考慮した上でベストな場所に住みたいと思っています。
