実現できれば絶対に商品力が上がる──その想いから前例のないプロジェクトがスタート
近年、多彩な意匠表現が求められているクルマの内装において、より高質感を表現できてフロントガラスへの映り込みも少ないスウェード材のニーズが高まっています。しかし、伸縮性の弱いスウェードは職人による手貼り施工が基本ということもあり、採用するには高いハードルがあります。
新野:職人が手作業するには多くの時間がかかりますから、スウェードは数千万円クラスのクルマに使われることがほとんど。とくに、エアバックなど安全性において重要な機能部品が入っていて形状も複雑なインパネ(運転席の前方にある計器周り)や、貼る面積が大きいダッシュボードには、伸びやすくて形状を加工しやすい合皮を使うことが一般的です。
今回のプロジェクトでは、そのスウェードを複雑な形状に自動で貼り込む技術を開発したことで大幅な工程削減に成功しました。さらに、量産ラインと同等のサイクルでの設計を可能にしたことで、量産車への適用が実現(※)。プロジェクトのきっかけは、生産技術開発を担う部門からの発案でした。
新野:もともと意匠のバリエーションを増やしたいという想いがあり、インパネのデザインが素材の制約を受けてしまうのはもったいないと感じていたんです。そのなかで、スウェードを使いたいという開発テーマも4〜5年前から出ていました。
ただ、素材を変えることにはさまざまな壁があり、当初は部門内での優先順位は下から2番目くらい。さらに本来、生産技術側が商品性にアプローチすることはあまりありません。
でも、Hondaには「誰が企画してもいい」という文化があります。そこで、「これが実現できれば絶対に商品力が上がる」と、私がPL(プロジェクトリーダー)となりボトムアップで進めていきました。
Honda独自の文化からスタートを切ったプロジェクト。その後、コロナ禍で思うように進まない時期を経ながらも、技術開発の目処が立つ段階まで進みます。
ちょうどこの時期に新卒でHondaに入社した今井は、新野のもとでプロジェクトに挑戦することに。当時の印象を、こう振り返ります。
今井:すぐにこのプロジェクトのファンになりました。まだ完璧ではないものの、ある程度できあがっているサンプルを見て、「このクルマがほしい」「こんなクルマが世の中にたくさんあったらいいな」と思えたんです。
また、量産に向けた技術の着想が「できそうでできない感じ」という点も魅力的でした。「これが解決できたらおもしろいな」と。だから、新野さんのもとで頑張っていこうと思いました。
早速、生産技術の開発に着手した今井ですが、簡単にはいかなかったと話します。
今井:どんな形状が来ても同じようにうまくいくためのルール作りが必要なのですが、そこが一番難しかったですね。物理法則にもとづいてロジックを立てた上で、事前に解析予測をする。その予測をもとに、トライアンドエラーしながら三現主義(現場・現物・現実)で実証していくことを繰り返しました。「なんとなくできいている」という段階から「100%再現できる」ところまで構築していく過程が大変でもあり、やりがいがありました。
※ CIVIC TYPE R(シビック タイプ アール)のRACING BLACK Packageに採用
https://www.honda.co.jp/CIVICTYPE-R/webcatalog/type/racingblackpackage/
インパネが注目を集める時が来た。不安とワクワクした気持ちでプロジェクトに参画
この技術に手応えを感じた新野は、社内に提案。当初、別の車種に取り入れる予定で進んでいましたが、急きょCIVIC TYPE Rへの導入が決まります。急ピッチで生産設備を準備することになり、寄居にある完成車工場で量産のための生産技術を担当している木村、石坂が参画します。
木村:私は設備の導入や改造をする部署で仕事をしています。もともと、この車種の担当ではなかったのですが、自分の成長のために挑戦したいと参加しました。けれど、手を挙げておきながら、詳細を知っていくうちにどんどん不安が膨らんでしまって、はじめのうちはゆっくり寝られませんでした(笑)。
石坂:私ももともとインパネの製造に関わっていて、新しい車種を立ち上げる際には体制づくりなどを担当していました。そのなかで、「スウェードインパネが他のところで動いているらしい」という情報は知っていたのですが、自分たちが担当することになるとは思っていませんでした。
でも、長年インパネに携わってきましたから、うれしかったですね。たとえばモデルチェンジなどがあっても、どうしてもクルマの顔であるフロントバンパーなどが注目されがちです。「ようやくインパネが脚光をあびる時が来た」とワクワクしたのを覚えています。
そのタイミングでプロジェクトに参画したもうひとりが不嶋です。別テーマで樹脂成型技術の企画・開発に取り組んでいた不嶋は、他のメンバーとは違った経緯でプロジェクトに合流しました。
不嶋:当時、自分の成長が停滞している感覚があって、違う環境に挑戦した方がいいのかもしれないと先輩に相談していました。その時に提案してもらったのが、このプロジェクトです。それまでインパネやダッシュボードは担当していませんでしたから、何も知らないところに入ってしまったという不安は大きかったです。
けれど、今井さんから丁寧にこれまでの過程を教えてもらったことで、私もすぐにこのプロジェクトのファンになりました。その時に抱えていた技術課題を知り、「これを自分が解決できたら格好いいぞ」と(笑)。自分への挑戦だと感じました。
何も知らないからこそ──じつは、そこが強みになって解決につながったことがあると言います。
不嶋:新野さんや今井さんが何度も原因を洗い出して目星はつけていたものの、どうしても解決できなかった課題がありました。そこで私がもう一度検証して要因を深掘りしていったところ、量産の安定性につながる改善ポイントを見つけることができたんです。
今井:当初から関わっているメンバーは思考が凝り固まってしまう部分があるのですが、別の業務をしていたからこその新しい視点で、不嶋さんがいろいろな気づきを与えてくれたのです。違う角度での検証なども積極的に行ってくれたおかげで、流れが変わりましたよね。
次々に出てくる課題。チームワークと垣根を超えたコミュニケーションで難題を解決
不安とワクワクする気持ちを抱えて参加した木村と石坂も、大きな壁にぶつかったと振り返ります。
木村:新しい技術を量産と同じ設備で実施することになり、「現状動いている量産設備に不具合が起きてはいけない」という大前提がありました。そこをどう実現するかが、一番不安に感じていたところです。皆と話し合いながら、一つひとつ不安を解決していきました。
新野:工場で量産のラインを動かしている時に設備を改造することはできないので、開発側で持っている設備でテストをしましたよね。
木村:そうですね。テスト機で課題を一つクリアしたら、また新たな課題が出てきて……というのを皆が納得するまでひたすら繰り返して、量産機をどう改造したらいいのかの答えを導き出していきました。
石坂:成功につながった要因は、関わった人たちの協力があったからです。私たちの部門だけでは絶対に実現できませんでした。設備や製造技術、生産技術の担当者はもちろん、工場内の組み立て担当者や製品を管理する部門など、皆が前向きに取り組んだことで実現できたと感じています。
新しい技術は、工場にとってリスクを伴う挑戦で、負担が増えることでもあります。それでも実現がかなった一番のポイントはチームワークだったと、プロジェクトを率いた新野も頷きます。
新野:今回のプロジェクトでは本来開発側が担当する製品管理やケアの方法も工場のメンバーが主体的に考えて提案してくれました。かなりタイトなスケジュールで動いたプロジェクトでしたが、工場のメンバーが最大限の協力をしてくれたと感じています。まさに「AII Honda」で実現できたのです。
他にも、部門の垣根を超えたコミュニケーションも成功につながった要因の一つです。確認が必要になった時には、「お願いします」の電話一本で行動に移っていたり、工場側が不安に感じたことがあれば、すぐに検証が始まったり。良いことも改善すべきことも、領域に関係なく皆がざっくばらんに共有しながら進んでいったんです。
なぜそれができたのかというと、製品の力が大きいのかなと思います。サンプルを見せた時に、「格好いいね!」「やろうよ」と言ってくれて。「実現するためにはどうするか」という方向に皆の気持ちが向いたのを感じました。
ベクトルがそろうと一気に加速するのがHonda。大変さも皆で乗り越え、最後に笑い合いたい
当初は優先順位の低いプロジェクトだったにも関わらず、「絶対にいい製品になる」という強い想いが結集して実現したスウェードインパネ。社内での展示会では、さまざまな部署の社員をはじめ、経営陣からも「とても良い技術だね」という声をもらったと笑います。
さらに、2025年度の業務表彰では社長賞を受賞。「素直にうれしかった」と口をそろえます。
今井:新野さんと苦楽を共にしてきたプロジェクトで、量産化の実現だけではなく社長賞までいただけたことが本当にうれしいですし、心のなかでは「僕がいたから、いい技術になったんですよ」と思っています(笑)。Hondaは、技術の前では皆平等。そこに惹かれて入社して、まさにそういった環境で常識を覆す挑戦ができた。そんな、当たり前を変えていく挑戦をこれからも続けていきたいです。
不嶋:新野さんと今井さんはずっと「社長賞を狙うぞ」と言っていたので、有言実行ですね。私は成長環境を求めてこのプロジェクトに参加し、Hondaらしいパワーを経験できました。この経験を他のテーマにも還元していきながら、部門全体に良い影響を与える存在になりたいと思っています。
石坂:このテーマを通して学んだことは、「まず、やってみる」がとても大事だということ。最初のうちは、やっぱり難しいのではないかと思ったこともありましたが、皆の「とりあえず、やってみよう」という精神をそばで感じながら、実際にやり遂げられたことは、良い経験になりました。今後もその姿勢を大切にしていきたいですね。
木村:大変なことを一緒に乗り越えたチームで賞を取れたことが、一番うれしいですよね。このチームで学んだことはたくさんあります。新野さんのPLとしてのチームの作り方やまとめ方もとても勉強になりました。私も今、PLに挑戦しているので、参考にしながらいいチームを作りたいと思っています。
皆から厚い信頼を寄せられている新野は、自身の仕事に向き合うスタンスをこう語ります。
新野:仕事を楽しみたいんです。どんなに大変なことがあっても、成し遂げれば最後にはいい思い出になる。だから、今が大変でも諦めず、最終的に「いい思い出だったよね」と笑えるように皆で頑張りたいのです。
今回は、合皮一択だったところに新しい選択肢を生み出す挑戦。その過程は「これでいいんだっけ?」の繰り返し。どんな課題を見つければいいのかから考えることが難しくもあり楽しかったですね。でも、最終的に「やってよかった」という結果になりました。
そして、あらためて「Hondaらしさ」を感じたと続けます。
新野:皆のベクトルがそろうと、ものすごく大きなパワーが出るのがHondaです。個性を大切にする会社なので一見バラバラに見えるのですが、「やるぞ」と決まるとベクトルが合わさって一気に進む。
さらに、誰かの指示を待つのではなく、立場も年齢も関係なく主体的に動ける環境があるんです。だからこそ、自分がいいと思ったことに全力を注げる。それがHondaらしさですし、「Hondaに入ってよかった」と感じています。
たとえ常識を覆す挑戦であっても、一致団結することで生まれる大きな力で乗り越える──今回のプロジェクトを糧に、次なる挑戦に臨みます。
※ 記載内容は2026年1月時点のものです
社長賞について
業務表彰の中でも最も栄誉ある賞が「社長賞」です。高い技術的価値や新価値の提供を行い、Hondaの事業に大きく貢献したテーマに贈られます。※社長賞受賞テーマには、表彰金300万円が授与されます。
〈業務表彰の目的〉
業務における優れた成果や模範となる取り組みを行った社員を称えるため、社内表彰制度を設けています。この制度は、社員のチャレンジ精神や成長意欲を後押しするとともに、会社全体の活力向上につなげることを目的としています。
