社内副業制度の活用が、企画職への挑戦につながった
ITベンチャー企業で約2年間営業職を経験し、2022年2月に再び北國銀行で働きたいと同行に復職した松永。今年8月には福井営業部から、かねてより希望していた総合企画部へ異動しました。
「復職後は、福井営業部にて法人営業を担当してきました。仕事の内容は転職前と基本的には同じですが、離れていた2年間に会社の新たな施策やさまざまな新制度が導入されたことなどに伴い、業務内容の変化を感じる部分が多くありました。
たとえば、以前はお客様に対して金融商品や融資などをご提案することが業務の中心でしたが、現在ではお客様が抱える課題を解決へと導くパートナーとして、コンサルティングをはじめとした付加価値を提供するという業務が法人営業の主な役割に変化してきています。
また現在総合企画部で携わっている小松アリーナプロジェクト(以下、小松アリーナPJ) は、2022年12月に発足したプロジェクトで、小松空港近隣エリアにアリーナおよび複合商業施設を建設する計画の『まちづくり』構想です。アリーナを建てるということは、ただ箱物を作るということではありません。アリーナ周辺ににぎわいを呼び込み、小松市内はもちろん石川県全体、さらには北陸地方の企業の経済活動や、そこで暮らす人たちの生活の発展につなげていくことがミッションだと考えています。
小松アリーナPJは完成が目的ではなく、その後の運営や『まちづくり』に関わることまで長期に渡り関わっていくことが大切です」
自身のキャリアプランとして、いつかは企画の仕事に携わっていきたいと考えていた松永が小松アリーナPJに関わりはじめたのは、2023年4月に社内副業制度である「コラボレーション制度」を活用してのことでした。
「『コラボレーション制度』は、社内副業のような形で、普段自分が携わっていない他部署の仕事を経験できる制度です。私の転職前には存在しなかった制度ですが、復職直後から積極的に活用しています。
制度利用の1回目はグループのコンサルティング会社でセミナーの企画、2回目はマーケティング部にて提案資料作成、3回目に参加したのが小松アリーナPJでした」
スキルアップのために「コラボレーション制度」をうまく活用し、興味ある部署の仕事に積極的にチャレンジしてきたことが、小松アリーナPJのメンバーとして総合企画部へと異動するきっかけとなりました。
よりチャレンジしたいと転職するも、自分に合った環境で働くことが貴重なことに気づく
関西の大学を卒業後、北國銀行に新卒入社した松永ですが、就職活動時は特に金融系に絞っていたわけではないと振り返ります。
「就職活動はなかなか思い通りに進まず、難航しました。最終的には地元に戻り、北國銀行への入行を選びましたが、結果としてとても自分に合った選択だったと思っています」
そんな松永が転職を意識するようになったのは、入行から1年を過ぎたころでした。
「たまたまSNSで見た求人広告に、大学時代の友人が出ていました。そのインタビュー記事を読んだとき、仕事に対して全力投球している姿に、『私もがむしゃらに働いてみたい』『興味のあることにチャレンジしたい』と考えさせられました。
それまでの仕事に対して不安や不満を感じていたわけではありませんでした。しかし、もっとFintechやIT関係に関わってみたいという思いもあり、転職を決意しました」
その後は東京のIT系のベンチャー企業に転職、SaaS営業を担当しました。
「転職先の会社では『決済システム』の営業を経験しました。お客様のHPからのお問合せにメールや電話でアプローチし、オンライン商談、契約という流れです。ノルマに厳しい会社だったので、ひたすらノルマを追っていましたね。
しかし、その中でもただやみくもにアプローチするのではなく『どのように営業するべきか』と論理的に考え、実践することを学びました。とくに、営業成果を上げ続ける組織であるための人材育成や仕組みづくり、いわゆる『セールスイネーブルメント』の考え方を学ぶことができたのは、経験として非常に大きかったと感じています」
このように多くの学びや刺激のある環境で仕事をしつつも松永が抱いていたのは、自分にはただ隣の芝が青く見えていただけなのかもしれないという思いでした。
「北國銀行の職場環境は本当に恵まれていました。一緒に働く人たちも良い人ばかりで、さまざまな制度もきちんと整っていたんだと、離れてみたことで改めて気づかされました。
転職先の会社は、まだコンプライアンスが整っていない部分もありました。今身を置いている環境と比べると、そこでは私にとって驚く習慣が多々ありました。そのうちフルリモートも多くなり、対面のコミュニケーションが希薄になったことも相まって、対話のコミュニケーションを好む自分には環境が合っていないのではないかと感じるようになりました。
制度や環境がしっかり整っているからこそ生まれる余白があって、はじめて新しいことにポジティブに取り組める、それはとても貴重なことなのだと今は理解できます」
一度は、もっと挑戦してみたいという思いを抱き転職しましたが、その気持ちを持ち続けるためには、自分が自分らしくいられる環境が必要だということに松永は気づいたのです。
不安を抱えながらも「もう一度働きたい」と決断
北國銀行を離れていた間も、同期のメンバーとは連絡を取り合っていた松永。新しい制度や副業の解禁など、働く上で魅力を感じる部分がさらに増えていると感じていました。
「転職をして一度離れてみたことで、北國銀行を辞める前の自分が自分らしく仕事に取り組めていたことに気づきました。だからこそ、できることならもう一度北國銀行に戻りたいという思いがありました。
ただ、もちろん迷いもありましたし、正直とても勇気のいることでしたが、仲の良かった同期を通して採用部門の方に復職が可能なのか確認しました」
そこでアドバイスを受け、中途採用枠で応募し復職が決まります。
「当時は自分のような境遇の前例がないことも知っていたため、正直なところ社内でもどう受け取られるのか不安な気持ちを抱えての復職でした。しかし、配属先の福井営業部の方々が優しく受け入れてくださって、疎外感を一切感じることなく働かせてもらえたことは、本当にありがたかったです」
もっと興味があることに挑戦したい、自分の可能性を試してみたいと転職したけれども、あらためて振り返ってみると、転職しなくても挑戦し学ぶチャンスは当時もあったと語る松永。
「自分の成長が実感できない、興味のあることに挑戦できないからといって環境を大きく変えようと短絡的に考えて転職するのではなく、今ある環境の中で、いかに自分を成長させることが大切なのかを痛感しました。
転職を考え始めた当時、もっと周りの人に話を聞いたり、社内の制度をうまく活用してみたり、資格取得の勉強をしたり、転職以外に自分を成長させる方法をもっと模索すれば良かったと今では思っています」
だからこそ、復職後は社内研修への参加や資格取得など、松永はさまざまなことに積極的にチャレンジしてきたと言います。その一つひとつの積み重ねが、かねてからの希望であった企画職への異動につながりました。
越境したからこそわかる地元の魅力を伝えたい──ミッション実現のために
これまで営業職としてキャリアを歩んできたが、企画職にも興味があったという松永。福井営業部在籍時の上司から「企画職も向いていると思うよ」と言ってもらえたことも大きな後押しとなり、さらに企画職を希望するようになりました。
「コラボレーション制度」への応募はもちろん、社員一人ひとりのプロフィールや業務経験、キャリアプランなどを登録・閲覧できる社内システムに企画職志望と記載。加えて、上司との1on1でも企画職に興味があると伝えるなど、前向きな行動を続けてきた結果、小松アリーナPJ準備室への配属が決まりました。
「現在、小松アリーナPJに配属されているメンバーは私を含めて6人ですが、私以外のメンバーはベテラン社員の方々ばかりです。20代のうちからこのような大規模プロジェクトに関わることができて、とても光栄に思っていますし、身の引き締まる思いです」
松永はプロジェクトを通じて北陸を活性化させ、より魅力のあるエリアにしていくというミッションのもと、一つひとつの業務に前向きに取り組んでいます。
自分らしく働くことができる環境があるからこそ、さらに自分を輝かせられる──松永の挑戦はこれからも続きます。
※ 取材内容は2023年10月時点のものです
