パソコンが自分の強み、そう自覚した学生時代
「エンジニアには、なるべくしてなった」と語る村岡。原体験はモノづくりでした。
「4〜5歳のころ、折り紙をホッチキスで留めて本を作り、そこに小説を書いたところ、親が感動して。ほかにも手芸やビーズ細工が好きで、1人で黙々と作っていましたね。凝り性で、やり始めたら止まらなくなるんです(笑)」
中学生のころにはパソコンを使ってホームページ作りにも挑戦しました。
「学校に導入されていたパソコンの性能が良く、情報処理の授業も充実していたので、興味を持ちました。当時はホームページの自作が全盛期で、友人の影響で私も始めたんです。凝り性だったこともあり、テンプレートをコピーして作るのではなく、本格的なものを作りたくなったんです。
ネットで作り方を検索して、HTMLやCSSを独学し、FTPツールでサーバーに上げました。作成した画面が動いた時は最高に嬉しかったです」
高校時代になると、村岡のスキルはさらにレベルアップします。
「授業で学んだエクセルやパワーポイントも楽しくて、パソコン関係にはけっこう強いんだなという自覚が生まれました。
また、ホームページ作成も趣味で続けていました。子どもの私でも作り方を調べることでオシャレなぺージが作れることがおもしろかったんです。無意識のうちに、いかに導線を強化すれば、閲覧者がコンテンツにたどり着きやすくなるか、ということまで考えていました」
そんな村岡でしたが、進学先に選んだのは教育学部国文学科でした。日本語に興味を持っていたことから選んだ道ですが、そこでもパソコンの知識を活かします。
「本来なら行間から読み取れる作者の意図などを研究するのですが、私の場合は、本文によく出てくる文字列の統計から、作者が出したかったテーマ性を分析したりしていました。パソコンを使った文学の研究は、教授からのウケも良かったですよ(笑)」
文学方面に進んだものの、就職活動を始めるにあたり、村岡が希望した企業はメーカーでした。
「自分が本当にしたいことは何か考えた時に、やっぱりモノづくりに関わりたいという気持ちが大きかったんです。でも何社かメーカーを受けたところ、全滅してしまって……。
そこであらためて自己分析を行い、『私がやりたいのは作る側だ!』と再認識し、『文系で製造職に関われるのはITだ!』という結論に至ったんです。その後、ITエンジニアを志望して面接を受け、数社から内定を得ることができました」
苦労の末、構築したものが動いた瞬間の喜びは格別
村岡が就職先に選んだのは、大手ホールディングスのシステム部門を担当する子会社でした。
「マークアップ言語の経験はあったものの、プログラミングは未経験だったので、研修が手厚く、しっかり育ててくれそうな会社を選びました。半年間の研修では『学べるだけで嬉しいのに、給料までもらえるなんて!』と、至れり尽くせりのサービスを受けている気分でした(笑)。
またテストの大切さも知ることができました。入社初日に『テストでミスをしたら、会社に多大なる損害が出ます』と聞いて、震え上がった記憶があります」
研修が終わると、グループ内のシステム作りに携わるようになった村岡。テストの手伝いを経て、開発とQAのどちらも経験しました。
「開発はバックエンドが主でしたが、フロントエンドにも携わったことで開発の基礎や考え方が身につきました。
その後、開発から遠ざかり、見積もりや管理といった業務が増えそうになったタイミングで、『せっかくエンジニアになったんだからもっと開発に携わりたい!』と思い、転職を考えるに至りました」
村岡が2社目に選んだのは、HRテックの自社サービスを持つベンチャー企業でした。
「バリバリ開発ができるという情報を聞いて面接を受け、入社しました。できれば1つのシステムの開発に腰を据えて取り組みたい気持ちがあったので、自社サービスがある会社を選んだんです。大手からベンチャーへ転職することへの不安や抵抗はまったくありませんでした」
3年間、バックエンドを中心に開発を担当した村岡。その業務を振り返ります。
「入社当初はさまざまな注意を受けながら鍛えてもらいました。業務内容は、新規プロダクトの継続課金のシステム、適性診断のシステムの設計です。その後はプロジェクトリーダーとして、目標の達成をめざし、仕様の決定などの業務に加えて、自身もコードを書き続けました。上流から下流まですべて行う“なんでも屋さん”で、現場のリーダーも務めていましたね。
新しいものを作る際にはバグが出たり、苦労したりする場面もありますが、構築したものが動いた瞬間の喜びは格別でした」
一人前のQAだと、胸を張って言えるようになりたかった
3年間、開発に携わった後、村岡はQAエンジニアへの道に進むことを決意します。その理由をこう語ります。
「プロジェクトリーダー時代に、メンバーが作ったものが正しく動作するかチェックをしていました。当時、ソースコードや画面からバグを何度か偶然見つけた経験があり、品質管理に興味を持ち始めました。エラーを見つけるのは得意だったんです。
また、開発に携わっているうちに、自分の得意分野を持ち、なんらかの技術スペシャリストになりたいと思い始めました。フロントエンド・バックエンドともにすごく得意というわけではなく、どちらかというと堅実にテストして、問題の起きにくいシステムを作ることに自信がありましたした。そこで、直談判してQAエンジニアに転身したんです」
当時の社内で村岡が1人目のQAエンジニアとなりました。
「私が所属していたチームはリリースに合わせて各々がテストしていたのが、私がQAエンジニアになって以降は私経由に変わったんです。
また3年間の開発経験からバグの発生しやすい箇所を知っていたので、開発前に伝えたり、仕様書の段階でテスト方法などをアドバイスしたりして、起きやすいバグを未然に防ぐことに注力していました」
村岡はその後、freeeへ入社しますが、転職を考えるようになったきっかけがあったと言います。
「QA関連のイベントが増えるなど、その重要性が認知され始めたころでした。私も知見を高めるためにいろいろな記事を閲覧していて、そこでfreeeの名前をよく目にしていたんです。
JSTQB(Japan Software Testing Qualifications Board)という資格があり、その技術委員会に入っている方が社内にいたのも大きいと思います。当時は私もまだQAになって日が浅く、本格的に転職などは考えていなかったんですが、興味本位で視聴したメルペイとfreeeの合同イベントの内容がおもしろく、興味が湧きました。
その後、カジュアル面談の機会があり『ぜひ選考に来てください』とQAに強いfreeeの人にそう言われたことが純粋に嬉しく、印象に残りました」
その後、QAエンジニアとして1人で格闘しているうちに、転職を考え始めました。
「社内で1人目のQAの上、『自分のやり方はこれでいいのか』という気持ちがあり、強いQAが複数いる会社で修行したいという気持ちが強くなっていきました。
自分が会社にちゃんと貢献できているのか不安もあり、一人前のQAだと胸を張って言えるようになりたかったんです。その時に真っ先に転職候補として上がったのが、過去にカジュアル面談を受けたfreeeでした」
そうして面接を受けた村岡は「freeeに求めるものはなんですか?」という質問に、率直な思いを返しました。
「正直に『修行がしたいので、師匠になってくれそうな人がいる会社がいいんです』と伝えたんです。『そういう人は社内にたくさんいるから叶えられると思います』と言われ、すごく嬉しかったです。前職のような若くて熱量の高いベンチャーを応援したいという気持ちもあったので、事業内容にも深く共感しました」
良いプロダクトを最速で作るために、QAエンジニアとしてできること
こうして2022年1月、freeeに入社した村岡はQAチームにジョインします。
「入社当初は『freee人事労務』の人事マスタ領域のQAを担当していました。従業員の名前や住所、雇用形態などの情報を管理する領域です。入力日が正しいか、提出書類をアップロードすると正しく表示されるかなど総合的なテストを行っていました」
村岡はfreeeにおけるQAの仕事でも、問題の起きにくいシステムを作ることに手腕を発揮します。
「開発前の段階で会議に入り、情報を把握し、仕様書に間違った内容があれば指摘します。開発に入った後は一般的に『QAin』というQAが入るタイミングがあります。
しかし私はその前に、自分の開発環境を使ってチェックして、バグがあれば報告しています。ある程度開発が完了したら大掛かりなチェックを行いますが、すでに細かいチェックは済ませているので、大きなバグは出てこないことが多いですね」
入社後に最も苦労したのは、データ不整合の修正案件だったと村岡は言います。
「修正箇所の影響範囲が広く、パターンも膨大だったので、気が遠くなるようなテストケース数になりました。中には簡単に修正できない根深い問題があるものもあり、その解決にも取り組みました。最終的にはテストを自動化することで、千を超えるパターンを実行し、その中でバグも発見できるようになりました。
バグを見つけるというのは、まるで砂漠の中で1本の針を探すようなものです。チーム全員で最適解を探しながらトライしているものの、自分たちなりのやり方を見つけ、それを正解にしていくことが求められます」
そんな村岡が働く上で大事にしている思いとは。
「開発エンジニアだったころから、開発する上で『理想のシステムとは何か』『誰にとっての理想のシステムであるべきか』など、freeeのカルチャーとも共通する考え方は意識していました。
また、HRテック出身ということもあり、自分が『市場で価値のあるエンジニア』になることを常に考えていますし、QAエンジニアになっても『良いプロダクトを最速で作ることをめざす』という思いを持っています。
新しい機能は1日でも早く使えるようになった方がお客さまとしては嬉しいし、freeeとしても1日でも早く届けることに価値があると考えています」
最後に、村岡がこれまでの選択と今後の目標を語ります。
「QAに進んで良かったと思っています。仕事は楽しいし、専門性を持つこともできたし、おかげで向こう数年は食いっぱぐれる心配もなさそうです(笑)。これからも慢心はせずに勉強を続けていきたいです。高速でフィードバックできる体制を整えて『開発が終わるころにはバグはほぼ出尽くしていた』という状況まで、freee全体を持っていけたら最高ですね。
また、個人的な目標としては、QAエンジニア界隈で一目置かれる人になりたいですね。昨年はJaSST'23 Tokyoという大きなイベントに登壇し『ローカル環境を用いたアジャイルテスティングの実践事例』について語りました。これからもさまざまな挑戦を続けていきたいです」
※ 記載内容は2024年3月時点のものです
