カルチャーはどう作られる?
──当社のダイバーシティ&インクルージョン(以下D&I)の取り組みについてメディア露出も多い松本さんですが、日本のESGエンゲージメント・リードとして、具体的にはどんなことを手掛けているのでしょうか。
ESG(環境・社会・ガバナンス)のうち、私の主な役割は環境(E)と社会(S)。EとSに関わるテーマとして当社では、サステナビリティ・インクルージョン・生活の変化という3つのテーマを掲げています。このテーマに沿ってお客様との共創・協働を推進し、総合的にエンゲージメントを深めることがミッションです。
──メーカーとして製品の持続可能性に取り組むことはイメージできますが、組織としてサステナビリティ・インクルージョンを実践するとは、どんな方法があるのですか。
働く環境づくりやカルチャーづくりですね。これらは、決して一筋縄ではいきません。トップダウンによるメッセージはもちろん必要ですし、ボトムアップによる取り組みも必要です。ボトムアップの仕組みとして、当社ではERGが寄与していると感じます。
──ERGとはなんでしょうか。
Employee Resource Group(従業員リソースグループ)の略で、多様性・社会課題を軸にした興味・関心で集まったグループのことです。US本社および各地域で組織として運営されており、 日本法人には現在8つのグループがあります。たとえば環境保護、異文化理解、LGBTQ+などグループそれぞれが取り組むテーマを掲げ、サステナビリティ・インクルージョンを推進する会社縦断のドライバーとして、テーマに則した支援活動を行っています。
──テーマに則した活動とは?
どのグループも、四半期ごとに社内イベントやキャンペーンを実施しています。環境保護がテーマのグループ“Planet”であれば、NPO団体と協業して海でゴミ拾いをしたり、WWFジャパンのオンライン勉強会と提携したり。女性がテーマのグループ“Women in Action”であれば、外部からゲストを招いて女性のキャリア支援の座談会を開いたり、婦人科ドクターが女性疾病について勉強会を開いてくれたり。グループの中で自由に企画・実行しています。
──どれくらいのメンバーが参加しているのですか。
グローバル全体で見ると、全世界の社員の52%が1つないしは複数のグループに参加しています。国内のイベント実績を挙げると、障がいのある人がテーマのグループ“True Ability”が、パラリンピック表彰者を招いたウェビナーでは数百人の参加(視聴)がありました。
グループへの「参加」というと、企画側として運営する立場を想像するかもしれませんが、オンラインイベントの視聴のみも大歓迎。いろんな関わり方が可能です。
──社員目線ではERGに関わるとどんなメリットがあるのでしょうか。
ERGを介して、通常業務では関わらない部署の人と出会うことができます。社内で人脈が広がると、キャリアパスのヒントを得ることもできますよね。また、イベント企画や運営、プレゼン、外部機関との交渉や調整など、普段の仕事とは違うスキルの習得も可能です。
社内調査の結果では、ERGに入ってプロジェクトを運営実行すると業績パフォーマンスにも良い影響を与えるというデータも見えており、ERGを通して得られる経験は会社にとっても有益だと言えます。
──モチベーションと関連しているのかもしれませんね。
当社では、社員自らキャリアを選択し、社内応募などのプロセスでキャリアを歩んでいきます。主体性や積極性が求められますし、一人ひとりの行動や意見が大切。そのようなアプローチが増えれば、組織に対しても仕事に対しても「もっと良くするためにはどうする?」という声があがっていきますよね。ERGの活動が主体性をはぐくみ、人そしてカルチャーをつくり、変えていくことができると信じています。
ESG専任になるまでのきっかけ
──少し整理したいのですが、ERG自体が日本では聞き慣れない言葉ですし、そもそもSDGsやESGなどの略語に混乱し、難しいと敬遠する人もいそうですね。
国連が採択した、2030年までの「持続可能な開発目標」がSDGs。SDGs(目標)によって、国や企業・個人に対して17の分野で具体的な目標が掲げられています。一方のESGは、環境・社会・ガバナンスという企業が社会課題解決を含めた、長期的に成長するために必要な観点。投資家目線で注目された概念です。ESGの観点で具体的に掲げる指標や戦略は、各社さまざまです。
──ESG経営は昨今注目度が高いキーワードですが、どういったきっかけでESG分野のポジションに就くことになったのですか。
組織編成や事業戦略のピポットに伴ういくつもの変遷を重ねながら、現在のポジションに就きました。もともとは、D&Iに関する取り組みをボランティアの形で始めたのがきっかけです。入社時(当時はEMCジャパン)は営業部門の役員秘書だったんですよ。
──ボランティアで関わるとはCSRということでしょうか。
数十年前の世の中は、管理職といえば40代以上の男性がマジョリティでした。そんな中、多様性を進めるために変革が必要だと考えた女性社員と共に、女性活躍をテーマにしたコミュニティをつくったんです。米国本社で展開されていたERGを日本法人でも取り入れてみようと。
ほどなくして、そのコミュニティは社長公認のダイバーシティグループへ昇華。そしてグループの規模は拡大し、5つの多様なグループが誕生しました。また、業務時間内でもERG活動に取り組めるようになり、テーマについて議論する機会も増えると、ERGの価値が社内で浸透していくようになりました。経営陣の中でもERGを切り口の一つとしてD&Iを加速させようという方向になり、会社合併のタイミングで、日本法人におけるERGの統合支援が私の役割となりました。
ブレイクスルーにつながる概念「アンコンシャスバイアス」
──日本法人(旧EMCジャパン)でERGを作った背景には女性社員の課題感があったとのことですが、外資系企業においてもそういったジレンマがあったとは意外でした。
多くの人がD&Iの推進に賛同されるかと思いますが、とはいえ、組織として実践できているかは別問題。一つヒントになると思えたのは、アンコンシャスバイアス(無意識のうちの思い込みや偏見のこと)という概念でした。
──無意識なので、誰もが持っているものですよね。
その通りです。女性社員の管理職登用など、女性が活躍する機会を増やそうとしても、子育てと管理職との両立を懸念して女性自身がそれを望まないケースや、「今はタイミングじゃない」と一旦は見送るというケースがあります。こういった背景には、女性の側も無意識のうちに周りを頼らず一人でがんばりすぎていることもあれば、意図せずとも、社会・職場において家族優先の姿勢が奨励されないことが影響しているのではと感じます。
また、人は、自分と似ている人物を好み、高評価を出す傾向があると言われます。異性よりも同性のほうが理解しやすいことが、無意識のうちに評価にも影響するということは、管理職の人たちに知ってもらいたいことです。
つまり、誰であっても固定概念に縛られるケースがあるのです。そういった無意識に起こる知的連想のプロセスを学ぶ必要があると考え、グローバル全体でアンコンシャスバイアスのトレーニングが行われました。
──松本さんがそのトレーニングを日本で展開するにあたり、苦労はありましたか。
よく聞かれたのは、「ゴールがわからない」という声でした。そのたびに、「アイデンティティや心の問題にゴールはないし、正解もない」と伝えてきました。
大切なのは、実際にアクションを起こし続けていくということ。どうすれば今より良くできるかを一人ひとりが考え続け、実践し続ける連続性にこそ、D&Iの本質があります。また、アンコンシャスバイアスは、人間誰もが持っていることを強調した点も、役員・現場個々において腑に落ちる説明だったかと思います。
インクルージョン(包括性)をリアルで捉える
──松本さんご自身として、D&Iへの想いが強い背景には何か原体験があったのでしょうか。
今のポジションにたどりつくまで、さまざまな業界でいろんな職種を経験してきまました。航空会社でのグランドスタッフ、ファシリティー、ラジオ局でのディレクター、システム家具ショールームでの製品販売・企画・運営、石油・エネルギー会社での秘書業務などなど……異なる領域を歩いてきたことが私のユニークさです。
結婚後には仕事を離れたブランクの時期があり、離婚後に再びキャリアを築こうとした際には難しさも味わいました。「どんな経験も私の人生」と励ましてくれた親や友人に支えられました。
さまざまな職種に携わった私ですが、いわゆる人事職の経験はありません。人事制度以外のアプローチで、「働きがいをどうつくるか」「社会的インパクトをどう高めるか」という発想につながっているのかなと思います。現在、D&Iは人事と連動しながら進めることも多く、ESGはマーケティングや広報とコミュニケーションしながら取り組んでいます。
──現在、とくに注力して取り組んでいる領域はどんなことですか。
E(環境)とS(社会)の分野においても、連携する枠組みが不可欠だと感じています。脱炭素、Scope3の領域では連携が不可欠ですが、他の領域においても、当社だけで完結せずに他社様と協業したり、「女性x経済」や「LBGTQ+x持続可能性」などテーマの掛け合わせでケイパビリティが高まるのではないでしょうか。
──ビジネスと同様にESGの取り組みでも、協業ができるんですね。
サスティナビリティに関する考え方や姿勢で共感し合える他社様とディスカッションする機会を大切にしています。グリーンITの実現に向けて、省エネルギーなデータセンターの運営や、サステナブル調達に関する情報交換なども行っています。ESGのS(社会)の文脈で言えば、最近、当社と他社様計4社が一緒になって、各社の社員がプロボノの形でNPO団体のIT活用を支援するプロジェクトを開始させました。
──社会全体への波及という観点では、関係者を増やすことが大事かもしれませんね。
そうですね。一人ではなくグループ、一社ではなく複数社で、その取り組みが束となって社会に広がれば、それだけ課題解決が実現できると信じています。
──環境(E)と社会(S)という大きなテーマに取り組まれる中で、大切にしている考えはありますか。
全社をあげた大きな取り組みも必要ですが、同時に、スモールアクションの積み重ねも大切にしていきたいです。
また、長くSDGsの活動に関わってきて大切だと感じているのは、“フラットで客観的な複数の視点”。D&I観点から考えると、一人ひとりが健康的なバウンダリーを築き、お互いを認め合う。そんなマインドセットが広がっていけばと願っています。
──自分と他者を認め合うことが大切ですね。
さまざまな問題が浮き彫りとなり、企業単位で具体的なアクションが取られるようになった令和の時代においても、生きやすい社会になったかと問われれば、まだできることはあると思っています。 人の思考はそう簡単には変わりません。それでも、「道はいろいろあるから、その道だけじゃなくていいよ」「人生はいつでもこれから」と言える社会の実現に向けて、前進していきたいですね。
※ 記載内容は2023年10月時点のものです
