Uターン就職の後に感じた、大手企業への憧れ
大学では半導体を研究し、就職先にも半導体業界を選択しました。
とはいっても、深く考えた結果というよりも、身を置いていた環境に合わせた就職活動だったように思います。
東京で外資系の半導体メーカーに就職してからは、教えてもらうことを精一杯こなす日々。主体的に目標を持ったり、意欲的に将来を描いたりはできていなかったのが正直なところです。
そんな中、入社2年目で半導体事業が規模縮小し、事業売却が決定。外的要因から転職することになりました。それなら地元愛媛に戻ってみるかと、松山の企業へUターンを決意。とあるシステムインテグレーター(SIer)でフィールドエンジニアとして入社しました。
東京の外資系企業と、松山に根付いた地場企業──そんな両極端な環境で得た経験が、私の「幅」をつくりました。
人との距離の近さや密なコミュニケーションには、地方ならではの魅力がありました。エンジニア志向だった私が、フィールドエンジニアからプリセールスというお客様に近い職種に転向した理由はまさに、仕事とプライベートの垣根を超えたお客様との付き合いが楽しかったからです。
ただ、業務に慣れ、積極的に仕事を進めていく中で、環境の限界を感じるようにもなりました。大規模システムの構築プロジェクトとなると、どうしても自分たちだけでは請け負えず、都市圏の大手SIerに頼らざるを得ない構造にもどかしさを覚えることも。
取り扱うビジネスの規模が限られてしまうと必然的に、得られる経験も制限されてしまうかもしれない。そんな不安を抱くことが増えていきました。
このままではいずれ、仕事の選択が頭打ちになってしまうのでは……。
キャリアに対して主体的になれたのはそんな危機感からでした。
協業する大手SIerの人たちは経験豊富で、高い技術力を持ち合わせていて、完成された成果物を残すなど、ビジネスバリューを提供して本社(東京)へ戻っていく。かっこいいなと感じましたね。そんな様子を目の当たりにし、ビジネスパーソンとしてもプリセールスとしても、私もそんな立場で仕事を手掛けたいと強く感じるようになりました。
ちょうどそのころ、日本参入から間もないDELL製品に触れる機会が幾度かありました。学生時代からコンピュータ機器が好きだった私は当時から、大きな興味を持っていたんです。パソコン一台が数十万円する時代に、製品力と保守サービス品質の両方を担保して、大幅に価格を下げたDELL製品。DELL製品が市場に参入したことで、日本メーカーの価格も下がり、パソコンは一個人でも入手しやすいものとなりました。
パソコンが一般家庭そして社会全体へ普及したことで、世の中にITが浸透し、付随してインターネットビジネスなども興隆したのではと感じていました。私にとってデル(当時)という会社は、ゲームチェンジャー的存在だったんです。
デルで働いたらおもしろいのではないか──そうは願っても、当時の私にあったのは憧れだけ。まずは選考プロセスへ進めるよう、そして、万が一入社できたら通用するよう、あらゆるベンダー資格と一定の英語力(TOEICスコアの取得)の習得を目標に掲げて取り組みを開始。
応募の準備ができるまで時間がかかりましたが、決意から2年半後、無事にデルから内定を獲得できました。
インサイドセールスという働き方
デルには、テクニカル・インサイド・セールス(通称TSR)として入社しました。
インサイドセールスですから、声だけ・メールだけで商談を進めていきます。その過程に圧倒されると同時に、効率の良さに感心しました。喋り方・書き方ひとつで相手への伝わり方が変わってくる点は、非常におもしろい経験でした。どの職種に就くにせよ、インサイド・セールスとして習得する基礎知識は大事なスキルです。社内のさまざまな部署との関わりもあって、組織力を活かした有効なアプローチなども学ぶことができました。
これまでいた環境とはまったく異なるビジネススピードと規模感に圧倒され、苦労もありましたが、自分のキャリアが進化していくことを日々感じ、知りたかった世界に自分がいる喜びも感じられるように。このキャリアを選んでよかったという納得や興奮が、大変さを上回っていましたね。
そうしてTSRとして5年が過ぎたころ、自然と、次は外勤のプリセールス・エンジニア(SE)をめざしたいと思うようになりました。
苦手を克服するために外へ出るという選択
もっと主体的に、自分の責任でお客様へ提案してシステムに落とし込んでいきたいという目標を立てる一方、その時の私には、ひとつの苦手領域がありました。それがストレージ領域です。とくにミッションクリティカルなシーンになると、一定の知識は持っていても、「この設計が最適です」と言い切れるほどの自信は持てていませんでした。
ストレージ製品に特化した深い知識やソリューションのノウハウを習得するには、それを専門とする会社で修行すべきではないかと考え、トップシェアを誇るEMCジャパン(当時)への転職を決意。2013年から、EMCジャパンでプリセールスとして従事しました。
インサイド業務とアウトサイド業務を兼務するハイブリッド型であり、アジア・パシフィック・ジャパン(APJ)に所属するグローバルかつ立ち上げの部署という、チャレンジ要素がいくつも重なる環境下で、求めていた知識を深めることができました。
2年半の期間で自信がついてきたころ、製品ポートフォリオの幅がより広いデルで再び挑戦したいという想いが溢れてきました。自分でも不思議な感覚でしたが、一度離れたからこそ、あの環境を今ならもっと活かせられると振り返ることができたんですね。
そうして2015年、プリセールスとしてデルへの出戻り採用が決定。ところがオファーを承諾した翌週に衝撃的なニュースが報道されたんです。なんと、EMCとデルが合併。私が今いる会社と転職先企業が、ひとつになるなんて……!組織の完全統合は数年がかりで徐々に進みましたが、運命的な導きを感じましたね(笑)。
デル・テクノロジーズにおけるプリセールス職は、出戻り後が初めて。苦手領域を克服し、専門知識を持っている自負はあっても、武器をどう使うかはプリセールスの醍醐味であり、難しさです。
当社の社員として通算16年を迎えますが、私は今でも、データセンターにDELL製品が置かれている様子を見ると「かっこいい」と思ってしまうほどDELLブランドが好き。
また、ここで出会う人たちも大好きなんです。
みんなそれぞれにユニークなすごさがあり、学ばせてもらえる。プロジェクトベースでチームを組むため、メンバーの個性によって進め方を変えたり、自分の貢献の仕方を変えたりできる点もおもしろさのひとつです。こうでなければいけないという型はありません。常に新しさを感じながら仕事に取り組める環境です。
経験をつなげてユニークなキャリアジャーニーをつくる
社内には、業界内の有名企業で経験を重ねた人たちもいます。でも、私自身は真逆。昔は主体性もなく、仕事に対する積極性もなかったわけですから……雑草タイプと言えます。
雑草だった私ですが、自分を客観視して将来を見通し、変わることができました。地方で焦りを抱えていたところから、日本を代表する企業のビジネスを支えるシステムに携わるところまで成長し、多くの方々とプロジェクトを進め、グローバル表彰もいただきました。入社前には想像していなかったことです。経験や人とのつながりのすべてが、今の状態に導いてくれたと感じます。
プリセールスの仕事において、どんな疑問も突き詰める姿勢が大切。
技術的な判断に加えて、お客様の立場に立ったシステムの最適解は何か。それらに正解はなく、納得感を上げることでしか、顧客満足度は得られません。提案する立場として、まずは自分で突き詰めて考える。その上で仲間たちと意見を交わし、さらにベストを突き詰めていく。システム導入後のお客様からの評価は、そんなプロセスの延長にあるのではないでしょうか。
さまざまな人たちと協業し、それぞれの“らしさ”に触れられるプリセールスは、“らしさ”を活かしたリレーションづくりやプレゼン方法など、自分の強みを楽しめる仕事。その魅力を後輩たちにも伝えていきたいですし、私自身、これからも新しい景色を楽しみながら進んでいきたいと思っています。
※ 記載内容は2023年11月時点のものです
