負けず嫌いを原動力に、営業力を磨く
大学卒業後はデジタル広告を扱う代理店に営業として入社。インターネット黎明期にウェブ系の分野に携われることにわくわくしていました。
「なんでもやってやるぞ!」
根っからの負けず嫌いだった私は、同期にも先輩にも負けたくない気持ちでキャリアをスタートさせました。先輩のアポにはできるかぎり同行し、徹底的に先輩たちの真似をして……入社2年目で社長賞やMVPなどの表彰を受賞することができました。ところが、どれだけ営業成績をおさめても給与面では周りと差がつかない。成果が認められない実態に衝撃を受けました。
「成果主義の環境で働きたい」
そうして転職を決意しました。成績が評価に反映されない背景には、ビジネスモデルも影響していました。デジタル広告のビジネスは差別化が難しく、価格競争に陥りやすい。業界トップの大手代理店がリソースを担保しながら大幅に値引けば、中小代理店はなかなか太刀打ちできません。自社製品を持つメーカーで、利益率の高い環境で営業することで正当な評価を受けたいと思いました。
そうして2011年、デル・テクノロジーズのスモールビジネスの部署へインサイドセールスとして入社しました。
営業経験はあっても、インサイドセールスは初めて。オフィスから出ない働き方や、電話によるアプローチ方法など、当初は戸惑いもありました。
移動時間がなくなると、1日中商談することになります。慣れるまで少し時間がかかりましたが、慣れてしまえば、商談から受注までのスピード感や効率の良さなど外勤営業とは違った醍醐味を楽しむことができました。
ところが入社した翌月──2011年3月、東日本大震災が発生。
インバウンドの問い合わせが入ってこなくなり、アウトバウンド主体のチームが発足。入社早々、手探りで新しい営業手法を見つけていくことになりました。前職でも新規営業は経験していましたが、大震災直後は状況が大きく異なります。1日中架電しても、見積りを提示することもできない日々。名刺を添えてカタログを送付したり、ダイレクトメールを工夫したり、トークの引き出しを増やしたり……チームみんなでトライ&エラーを繰り返していきました。
未曽有の逆境においてもポジティブな思考とアプローチを忘れず、みんなで協力してチーム一丸となって乗り越えたこの経験は、現在にもつながる自分の仕事観の礎となりました。
軽い気持ちで移住した場所で、新しい扉を開く
アウトバウンドチームの業績も順調に伸び、軌道に乗せられたころ、新たなチャンスがめぐってきました。
2013年、宮崎オフィス拡大に向けて営業ポジションの募集が開始。大型案件を専門に扱うチームも立ち上がると聞いて、チームを立ち上げた経験が活かせると感じて思い切って異動を希望しました。
東京で生まれ育った私にとって、「宮崎」はまったく縁もゆかりもない場所。
手を挙げた当初は正直、数年間の転勤くらいだろうという軽い気持ちでした。新しい場所で良い気分転換になればいいな、と。いざ移住してみると、想像以上に居心地が良くよく、今年で移住10年を迎えます。移住先で生活基盤が出来上がり、家庭を持ち、住み続けるとは……当時はまったく思っていませんでしたね(笑)。
東京本社でインサイドセールスとしてやってきた2年間、しっかり成績も残していた私は、自分の営業力にそれなりの自信を持っていました。ところが、宮崎オフィスで働く人は、インサイドセールス歴10年や15年というベテラン勢。社会人としても大先輩の方々に囲まれ、自身の未熟さにも気づきました。ベテランの方が繰り広げる営業トークや駆け引きを隣で聞き、自分にはできない技の数々に圧倒されました。
顔を見ずにお客様のタイプを見抜き、自分のキャラクターを変幻自在に変えていく。懐に入ったり、時には厳しくアドバイスしたり……相手によってアプローチを使い分けて商談化し、大型案件を受注していく。
若手が多い東京本社とはまた違う、新しい刺激がありまでした。先輩方の技も取り入れながら、自分らしい営業スタイルを確立。そうして、宮崎で働きながらスモールビジネスの部署で社長賞やグローバル表彰であるPresident Awardsも複数回受賞することができました。
誰にも負けたくないからこそ、学ぶ時は貪欲に、先輩でも後輩でも、良いところは徹底的に盗む。それが営業として成長する秘訣だと感じています。とくにインサイドセールスの場合、従来の営業よりも、お客様と信頼関係を築く難易度は高いです。少しでも押しが強いと、いかにも売られていると感じて断られてしまう。一方的な営業ではなく、お客様ご自身で「発注しない選択はないな」と感じてもらえるよう、必然的に購入を決めてくれる展開を提案時には意識していました。
プレイヤーからマネジメントへ
四半期で数億円の売上を出せるようになり、気づいたことがありました。
今後もこのペースで数字を作っていける自信はありましたが、1人でできることには限界があるということ。
10億を超えていくには、私と同じように売上を出せるメンバーが数名必要です。もっと大きな数字をつくっていきたいが、インパクトを大きくするには、このままプレイヤーを続けるよりも、自分の営業力を伝えてメンバーを育てていくほうが良い。そう考えて、マネジメントの道を歩むことを決めました。
マネージャーとなって6年が経ちます。最初は「自分だったら今〇〇するのに……!」といった歯がゆさを感じることもありましたが、メンバー一人ひとりの成長を最優先しながら、チームとしての売上目標は落とさないよう取り組んでいます。マネジメント業務以外にも、他国で展開されている営業モデルの日本での立ち上げを経験するなど、さらに広範囲のステークホルダーや他国のメンバーと協力して大きな仕事に携わっています。
モチベーションは、この会社が好きという想い。
とくに入社以来お世話になっているスモールビジネスの部署が大好きなんです。入社直後や震災時などどんな時も、ずっと助けてられてきました。困っている時や相談したい時には、誰もが親身になって、惜しみもなくアドバイスをくれる温かさがあります。
そんな部署に対して恩返ししたい。もっと大きな売上を出して、貢献したいという気持ちをずっと持っています。
「地方を拠点に働く」ことの良さ
今から当社の営業を志したい人には、ぜひスモールビジネスの部署でゼロから学んで楽しく成長してもらえたらと思っています。
営業職の場合、ノウハウを教えない企業文化もありますよね。他人に教えてしまって、もし自分が売れなくなってしまったら……と考えてしまう人もいると思うんです。営業同志でやり方を秘密にしたり、助け合わなかったり……当社はその真逆。1から10まですべてを詳らかに、丁寧に教えてくれるんですよ(笑)。
スモールビジネスの部署は、新卒社員や未経験の中途入社者の受け入れ実績が豊富なので、教わってきたことを次世代に教えていくという循環が自然とできあがっているようにも感じます。
そして移住して10年になる宮崎の暮らしも、おすすめです。自然が好きな人はとくに最高ではないでしょうか。
生活のクオリティがぐんと上がりました。
車で10分走れば、海があって山がある。キャンプも楽しいですし、サーフィンも宮崎移住後に職場の人の勧めで始めました。東京出身の私は、満員電車や街の混雑が当たり前だと思っていたんです。いざ離れてみると、じつはストレスになっていたことに気づきました。ゆとりのある暮らしを知ってしまうと大都市の暮らしにはもう戻れませんね(笑)。
ホスピタリティの高さは宮崎県民の特性とも言われ、それゆえ当社ではカスタマーセンターを宮崎支社に開設していますが、それくらい宮崎の人は優しくて温かいんです。いい意味でおせっかい。プライベートでも親身になってくれるので、自分がアクティブになれば自然とコミュニティが広がっていきます。移住者も多いので心配いりません。
地方でゆとりある暮らしをしながら、東京本社と同じ仕事ができる。新しいチャレンジを考えている方には、「地方を拠点に働く」というキャリアの選択肢をぜひ検討してもらいたいですね。
※ 記載内容は2024年4月時点のものです
