将棋に打ち込んだ日々。仲間と思考を交わす時間が何より楽しかった
静岡県で生まれ育った山田。子供のころは外で遊ぶのが好きで、放課後は友達と公園に集まって過ごしていたと話します。
「小学生の頃は、学校が終わったらランドセルを置いてすぐ外に遊びに行っていました。友達と木に登ったり、公園に秘密基地を作ったり、今思うと危なっかしいことをしていましたね。やんちゃという言葉がぴったりだったと思います」
絵に描いたような元気な小学生だった山田ですが、小学3年生の時に1つのターニングポイントが訪れます。近所に住む年配の男性から、将棋盤と駒を譲り受けるのです。
「最初は遊び道具のひとつくらいの気持ちでした。でも、駒の動かし方を覚えるうちにだんだん面白くなって。地域の小学生の大会に参加したときには、『もっと強くなりたい』と思うようになっていました」
将棋の魅力に引き込まれた山田は、やがて「将棋部のある学校に進学したい」と考えるようになり、大学附属の中等部へ進学します。ここから高校までの6年間は、将棋を中心に据えた学生生活だったと言います。
「中学・高校では、ほぼ毎週末のように大会に出ていました。静岡県の東部から中部まで遠征したり、休日はほとんど将棋に費やしていたと思います。静岡県の東部では1位か2位の強豪校だったので、部内の仲間に自分より強い人も多く、それがとても楽しかったですね」
部活の中では、仲間や後輩と対局後に感想戦を行い、互いに考えを話し合う時間が何より楽しかったと言います。
「自分の一手を振り返って『ここはもっと良くできた』と話し合ったり、横から見ていた仲間が『こうすれば良かったんじゃない?』とアドバイスしてくれたり。そういうやりとりが本当に面白かったです」
中学3年生と高校2年生の時には部長を任され、部を引っ張る役割も経験した山田。将棋はただの趣味を超え、仲間との信頼を築く場であり、自分を成長させる大切な存在になっていきました。
プログラミングとの出会い。コミュニケーションの中で培われた人を尊敬する気持ち
高校まで将棋一色だった山田ですが、大学進学で新たな世界に足を踏み入れます。選んだのは情報系学部。特別な理由があったわけではなく、「なんとなく理系に進もう」という感覚で選んだ学部だったと言います。
「正直に言えば、強い動機はなかったんです。文系よりは理系かな、電気や機械はピンと来なかったから情報系かな、みたいな感覚でした。入学してみたら必修でプログラミングがあって、触ってみると意外と面白かったんですよね」
大学生活の始まりはちょうどコロナ禍と重なり、授業のほとんどはオンラインからのスタート。対面での交流が制限される中、山田が出会ったのが「競技プログラミング」でした。
「中学時代からの友人に『やってみない?』と誘われて始めたのがきっかけでした。毎週土曜の夜9時にオンライン上で集まって、出題される問題をプログラムで解く。終わった後は感想戦みたいに『ここはこう書いたよ』って話し合うんです」
プログラミングの面白さだけでなく、将棋部時代のような仲間との交流が山田を夢中にさせました。
「自分は一番できない側だったので、友達に『どうやって解いたの?』と聞いて教えてもらうのが楽しかったんです。『天才だな!』と思える瞬間が毎回あって、すごく刺激的でした」
将棋でもプログラミングでも共通しているのは、仲間とアイデアを出し合うことの楽しさ。人とのやりとりの中で学びを得るスタイルは、大学時代にも変わらず続いていました。
「できる人に嫉妬するんじゃなくて、けっこう素直に『すごい!』と思えるタイプではあるかもしれません。誰かの発想に驚いたり、それを吸収したりするのが面白いと感じますね」
オンライン中心で孤独になりそうな学生生活の中で、仲間と一緒に挑戦できる場があったことは、山田にとって大きな支えとなったようです。
アスノシステムとの出会いを通じて少しずつ固まっていった就職への想い
そんな山田ですが、就職活動には当初から前向きとは言えなかったと話します。
「自分なんかを雇ってくれる会社はないと思っていました。なんだか疲れてしまって卑屈になってしまっていた時期でした。それで就活も、あまり積極的じゃなかったんです」
そんな中で出会ったのが、アスノシステムの1dayインターン。きっかけは合同説明会で、「地元の沼津に事業所がある」という話を聞いて参加したそう。
「沼津に拠点があるなら、実家から通えるかもと思って気軽に参加しました。広告を出すターゲットを考えるワークをやったんですが、そこで社員の方と話してみて驚きましたね。IT企業なのに、皆さんすごく明るくて話しやすかったんです」
山田の中には、IT業界といえば「無言でパソコンに向かっている人が多いのでは」という先入観があり、その印象は一気に覆されたと話します。
「面接をしてくれた社員の方がみんな明るくて、人との距離が近い。『こんなIT企業もあるんだ』と驚かされました。いい意味で裏切られた感じでした」
インターンから選考に進み、アスノシステムからの内定で就活を終えた山田。
「インターンに参加した企業が自分に合っていると思えたのは、ラッキーだったと思います。具体的な就活の軸があったわけではなく、ぼんやりとプログラマーになるのがいいかなという気持ちだったので。あとは、ちょうど面接を受けていた時期にアスノシステムがeスポーツチームのVARRELのスポンサーになったことを知って、そのころゲームの大会などを見ていたので、それも後押しになりましたね。いろいろと『アスノシステム、いいな』と思えることが重なって、最終的には『ここに入るしかない!』という気持ちになっていました」
大きな仕事に抱いたプレッシャー。理想とする身近な存在を目指して
入社後、研修を経てすぐに現場へ配属された山田。初めての案件では、OJTながら開発メンバーが自分一人だったと言います。授業の中での経験はあっても、新人としては大きなプレッシャーでした。
「最初は本当に不安でした。でも、先輩や上司のサポートのおかげもあり、なんとかやり遂げられました。期待に応えられたかはわかりませんが、初めての案件をしっかり終えられたのは大きな自信になりましたね」
現在はMicrosoft Power Platformを使ったローコード開発に取り組んでいる山田。部分的にコードを書くことはあるものの、基本的にはドラッグ&ドロップで開発をする手法です。
「今は大手の自動車関連会社の案件に関わっています。社内でも注力しているプロジェクトなので、プレッシャーもありますが、それだけ期待されているとも感じるので、がんばろうと思えますね」
入社してから自身の成長を感じる部分を尋ねると、少し照れながらもコミュニケーション能力だと答えます。
「学生のころはコロナ禍もあって仲のいい一部の人としか話さない環境だったので、入社したころはあまり知らない人と話すことへの恐怖があったなと思います。面接でも、言葉に詰まってしまったりしていたかなと。入社してからの1年半、仕事をしていく上でコミュニケーションをとらなくてはいけない状況で必然的にということもありますが、同期や先輩など会社の人と話すうちに成長してきたかなと思います」
さらに山田には、目標とする先輩社員の存在があると言います。的確にアドバイスをくれつつ、後輩に寄り添う姿勢は憧れであり、自身の理想だそう。
「その先輩は、技術力ももちろん高いんですが、困ったときに気軽に声をかけやすい雰囲気を持っているんです。自分もあんなふうに、後輩から頼られる存在になりたいと思います」
人への尊敬を素直に表現し、コミュニケーションを楽しみながら歩んできた山田。その姿勢は、アスノシステムのこれからにとって大きな刺激となっていくことが予感されます。
※記載内容は2025年9月時点のものです
