決め手は“研修制度の充実”。ゲーム業界志望から方向転換
小さい時からゲームが好きだったことを理由に、ゲーム開発に携わる将来像を描いていた島。専門学校に進学しプログラムを学んだものの、実際の就職活動ではゲーム開発会社を選択しませんでした。
「大手ゲームメーカーの説明会にも参加しましたが、求められるスキルが圧倒的に高かったんです。実際の開発も難しくて、これは仕事にしてしまうと多分ゲームを今後楽しめなくなるなと。趣味と仕事を一緒にできる人って限られるように思っているので、自分は趣味のままにしていこうと思いました」
プログラムについて基礎的な知識は身につけていたため、ゲーム業界以外での技術職に対象を絞り就職活動を継続。最終的にアスノシステム(当時は前身のシゲル情報サービス)を選んだ決め手は、入社前研修の充実ぶりと会社拠点の拡がりだったと振り返ります。
「入社前研修について説明を受けた時に、内容がしっかりとしていて研修にすごく力を入れているという印象を受けたんです。専門学校で学んだとはいえ、はたして実際の現場で役に立つのか、やっぱり不安だったので、人材育成が充実しているところが決め手になりました。それから、拠点を全国に拡げていこうとしていたところもおもしろいなと感じました」
入社前研修を経て、正式にアスノシステムへと入社した島が配属されたのは、地元官公庁のシステム部門でした。
「配属から1年間は、ほぼアプリ開発のみを行っていました。2年目からは運用保守の部分も学び始めて、少しずつ対応領域が広がっていき、知識も深まっていったという感じですね。生まれ育った地元自治体の仕事ということでやりがいを持って取り組めましたね」
“若さゆえ”──活力と知識が空回りしていた20代
結果、14年の長きにわたり同現場での業務が続くベテランとなった島ですが、当初は若さゆえの失敗もあったと言います。
「失敗というか反省点というか。配属されたチームでは役所の職員さんと一緒になって業務を進めていくのですが、役所の職員さんというのはだいたい3~4年で異動になってしまうんですね。だからなかなかシステムの深いところまでは精通できない。おのずと自分たちが一番詳しい立場へとなっていくんです」
現場ならではの事情がある中、とある大きな法改正に伴うシステムの改修に直面した際に苦い経験となった出来事がありました。
「かなり大きな改修のタイミングと前後して、担当の職員さんが変わったんです。それまでは運用管理も含めて多くの部分を担っていたのですが、業務内容のすり合わせ過程でちょっとした溝ができてしまったんです。“若さゆえ”というと言い訳になってしまいますが、その時は知識と経験にそれなりの自負があったので、相手の態度に反発してしまい、身を引いてしまったんです」
今思えばまったくダメな態度だったと島は振り返ります。20代後半のあふれる活力と知識に対して、対人交渉や折衝力といった部分はまだ成長途中だったのです。結果、改修のプロジェクトはうまく回りませんでした。このままではいけないと、それまで離れて見ていた島は自ら歩み寄る必要性を感じて、対話を重ねてリカバリーに奔走。プロジェクトはなんとか事なきを得ることができました。
「対話の大切さというか、人と人、人間力の大切さについて身をもって学べた出来事でした。
若い時って、活力や意欲があふれ出る一方で、対話力や相手を尊重する心構えに欠けるなど、全体がアンバランスなんですよね。ついバチバチやってしまう。でも、この件だってお互いめざすべき方向は同じなんですよね。今ならそれがわかります」
生まれ育ち、慣れ親しんだ関西から東京へ転勤
そんな島に2021年に転機が訪れました。生まれ育ち、かつ新卒入社以来14年を過ごした関西から東京への転勤です。
「14年と長くひとつの現場で成長してきましたが、この先も同じことを続けていける未来が見えなかったので、“何かあたらしいことをやりたい”と言い続けていたんです。
ある日、『今やっていることとは全然分野が違うけど、東京で人を探している』という話を上司がキャッチして僕に教えてくれたんです。もしその気があれば推薦するよ、と」
当時の担当業務は、古くなったシステムの将来的な刷新を見越した段階的な縮小や凍結といった内容がメインだったこともあり、刺激が薄れていたことも一因だったと話します。
「あたらしいことに挑戦できる、というのがメインで、東京という場所への意識はありませんでした。たまたまやりたいことが東京にあった、という感じで」
東京への異動に対して、まったく抵抗はなかったと話す島。あたらしいことに挑戦できるというワクワクのほうが強かったものの、異動当初は仕事内容の面で難しさや戸惑いがあったと言います。
「それまでの業務と異なり、あたらしい業務は自分で生み出さないと何も結果が出ない提案型の仕事なので、正直そこはすごく大変でした。東京に来た当初は苦しかったですね」
“単純に、何をどうして、どこから手をつけていいかわからないレベルだった”と打ち明ける島。顧客への定期報告もトライ&エラーで会得していったと話します。
「現場の状況を顧客に定期報告をする際に、まずは何を報告してほしいのかつかめないんです。結果、的はずれな報告をしてたくさんの指摘を受ける。それで、どう報告すべきだったのかを繰り返して、少しずつ成長していっている感じですね」
まだまだ成長中。次なる「あたらしいこと」を求めて
当初の苦労を克服し、東京での生活や仕事にもすっかり慣れたと島は話します。
「人間ってやっぱり順応していくんですよね。大変なんですけど、もともとやりたかったあたらしいことに携われる日々は刺激的で楽しいです。大切なのはお客さまから“何を求められているのか”なので、それに対してどんな答えを出せばいいのかを常に考えている自分に気づけた時、ちょっと順応してきたかなと(笑)」
環境に順応した島は、さらに仕事の幅を広げつつあると言います。入社16年となりベテランと言われる年齢を迎え、今では若手の成長にも目を向けています。
「たとえば、僕が今やっている現場の体制がある程度固まってきたら、そこに若手を迎え入れて教えながら交代していく。自分は違う現場に行って体制を作ってまた若手に引き継いでいく。ちょっと時間がかかるとは思いますが、若手が成長し、自分自身の仕事の幅がまだまだ広がっていくのかなっていう思いがあります」
“若さゆえ”と話していた島が、今や若手の成長に気を配る存在に成長しました。一方で自身の成長のための、“何かあたらしいもの”を求める姿勢は変わっていません。
「東京に来て、会社との距離感が近くなり、現場一辺倒から同僚社員と触れ合う機会が多くなったので、会社の魅力をますます感じられるようになりましたね。とにかくみんな優しいです。社長から役員含めて“この人なんか苦手だな”とか“きついな”とか言う人が本当に全然いない。逆に優しすぎるんじゃないかなって思うぐらい(笑)」
仕事だからつらいこともあれば楽しいこともありますが、それらを超えて“会社の人柄”が何よりも魅力だと島は語ります。
「もちろん単に“やりたい”だけでは難しいことはあると思いますが、やらせてくれる風土はあるし、要望を出せばその方向でちゃんとキャリアを考えてくれるので、すぐに思い通りにならなかったとしても挑戦しがいのある職場です」
働く場所や分野が変わっても活躍し続けられる理由は、自身の常に「あたらしいことがしたい」という意欲と、それに応えてくれる社風から来ていると言う島の、今後の活躍に目が離せません。
※ 記載内容は2024年1月時点のものです
