TIE活動の原点と広がり
私のキャリアの大きな転機は、2011年でした。50歳で「ものづくり研修所」に異動し、人財育成に本格的に取り組み始めました。「会社人生の最終章は、改善の技術とマインドを次の世代に伝えたい」──その想いが私を突き動かしました。
同年、株式会社デンソー様のご厚意により、「TIE(Total Industrial Engineering)」の名称を使用させていただくことが叶い、TIE研修と活動をスタートしました。
TIEは、もともと株式会社デンソーが自社の改善活動を表すために用いられている考え方で、トヨタ生産方式(TPS)をベースにしながらも、デンソー独自の工夫を加えて体系化されたものです。
私たちはこの考え方に共感し、「工程全体を最適化する“トータルIE”」の視点に、アルプスアルパインの現場で培われた知恵や工夫を組み合わせました。「皆でムダを徹底的に排除し、業績に直結させる改善活動」をめざし、より実践的で成果につながる改善の形を追求しています。
たとえば、部品加工現場で生産性20%向上が求められた際、工程ごとのタクトタイムを分析し、後工程で発生していた30分の待ち時間を解消。オペレーターの声と、IE視点からの分析を元に作業分担を見直すことで目標を達成することができました。
TIEの特徴は、目標から逆算して課題を明確にし、改善の道筋を描くことにあります。「生産性2倍」という高い目標を掲げた場合、「できる・できない」ではなく、目標を基準に工程全体を可視化し、「何を変えれば目標に近づけるか」を考えることで、確実に成果につなげることができます。
導入当初は、だから、まずは1年間、現場と共に改善を“やり切る”ことにこだわりました。各工場のメンバーが互いに現場を訪れ、議論を重ねながら改善を進めました。工程内の在庫をなくすため工程をつなぐ改善でも、各工程のメンバーで対話を重ね、無駄な在庫排除と品質向上を両立できました。
改善とは人と人をつなぐことでもあり、成果が出れば一緒に喜ぶ──この積み重ねにより、「TIEはやれば結果が出る」という信頼感が生まれていきました。こうしてTIEの活動は国内外へ広がり、「ものづくりは人づくり」という言葉が、私自身の中で揺るぎないものとなっていきました。
中国で見た人づくりの力
同じ頃、中国でも人財育成の取り組みが始まりました。
2013年、中国の6工場から未来のプロ候補たちを日本へ招き、私たちの研修所で製造のプロ養成研修をスタートしました。重視したのは「原理原則の理解」と「はじめから正しく」の現場実践。私は仕事の教え方TWI-JI(Training Within Industry – Job Instruction)を担当し、技能だけでなく、現地で後輩を育てるために教育スキルを身につけてもらいました。研修を終えた20名は自工場へ戻り、今度はトレーナーとして後輩の育成に取り組み、育成の循環が始まりました。
2015年には日本の国家技能検定に参考に、日本のプロたちと基準や検定方法をすり合わせた中国版の社内技能検定制度を構築。現在では、現地で育った製造のプロが400名を超えています。
今年6月、製造技術における中国と日本の相互研鑽を目的に、日本から若手社員3名と、かつてこの活動に携わった経験者2名の計5名で、中国・大連工場を訪れました。現地には、中国各工場から部長やトレーナー(指導員)など約40名が集まり、2015年以来、約10年ぶりの再会となりました。
「10年は通過点。次の10年に向けて、さらに研鑽を重ねていこう」──交わされた言葉と熱い議論のエネルギーは、あの頃と何ひとつ変わっていません。続けてきたからこそ、ここまで来られた──その実感に胸が熱くなりました。
帰り道、空港での若手との会話です。
若手:沼里さん、この会社には挑戦できる環境と、支えてくれる仲間がいますよね。
沼里:うんうん。
若手:年齢に関係なく、それぞれ、まだまだやるべきことがありますよね。
沼里:うんうん……(ドキッ)。
その言葉に、私自身もまだ挑戦の途中だと気づかされました。この何気ないやり取りが、今でも心に残っています。
新人研修に込めた「啐啄(そったく)の機」
TIEや中国の活動を通じ、「人づくりはタイミングが大事」という想いが強くなりました。
新人が「もっと知りたい」と思った瞬間に声をかける──そのタイミングが合った時、学びは深まり、成長は加速する。
禅の言葉で「啐啄(そったく)の機」という言葉があります。これは、雛が殻を割る音と、親鳥が外からつつく音が一致する瞬間──教える側と学ぶ側のタイミングが合った時、真の成長が生まれるという意味です。
2024年から「新人ものづくり研修」を開始しました。広く自社の製品に触れ、価値創造と支えるものづくりを体感し、LEGOカー組立てを通じてムダ取りと改善を学ぶ。広い視野から自身の立ち位置を確認することで、きっと今後の成長につながると信じ、今も各工場で研修を行っています。
まだまだやることはある──改善と人づくりの連鎖は続く
TIE、中国の活動、新人育成──共通するのは「人が人を育てるつながり」をつくることです。
このつながりを、世代を超えて広げていきたいと思っています。
年齢?関係ありません。
中国帰りの空港で若手と話した、「まだまだやることがあるよね」というひと言が、今も私の背中を押し続けています。
ものづくりは人づくり──改善の喜びを仲間と共有する瞬間、10年越しに育った人財と再会して語り合う瞬間──その積み重ねがある限り、挑戦する人の背中を押し続けていきたいと思います。
※ 記載内容は2025年8月時点のものです
