コミュニケーションを大切にしながら、社内業務効率化の推進役を担う
私は現在、グローバルビジネスサービス本部オペレーション戦略センター変革推進部DX課に所属しています。当課は、海外拠点含むYOKOGAWAグループ全体のオペレーションをデジタル技術で変革・改善していくことがミッション。私は複数の業務効率化プロジェクトのPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)を担当しています。
私には生まれつき、感音性難聴という重度の聴覚障がいがあり、補聴器がないとまったく聞こえません。子どもの頃からの訓練で、普段は周りの人が障がいに気がつかないくらいにコミュニケーションをとることができますが、補聴器に加えて音声をリアルタイムでテキスト変換するライブキャプションを活用したり、相手の表情、口元の形などを注視したりしながら内容を理解します。
また、マスクを外してもらったり、名刺に「耳が聴こえづらいので口を見せてはっきり話してください」という一文を入れたり、周りの皆さんに協力してもらいながら業務を進めています。
表情の変化に敏感な分、時には相手のちょっとした反応に不安を感じることもあります。それでも、相手が何に困っているのかを想像することが得意になりましたし、そうした想像をコミュニケーションに活かすことで周囲との関係に深みが生まれると感じています。
苦労は多少ありますが、全体の仕組みを考える役割を担える現在の仕事はとてもおもしろいと感じています。たとえば、所属部署では業務変革・改善のための新しい企画を自分でイチから考える必要があるなど、どの仕事にもそれぞれの難しさがあり、そうした難しさにこそ大きなやりがいを感じています。
横河電機で同時進行で進めているプロジェクトはどれも会社にとってインパクトの大きい、重要な仕事ばかりです。入社してから5か月と少しの私にもそうした仕事を任せて頂いていることをとても嬉しく感じています。またそうしたメインの業務外の活動として、聴覚障がいに対する理解を深めるための講演会なども行う機会も頂きました。毎日が充実していて、横河電機に入社して良かった、と感じています。
当事者でなければわからないことがある。自身の経験からダイバーシティ活動に取り組む
私のキャリアのルーツは祖父にあります。国鉄の社員だったことのある祖父が町工場を営んでいたこともあり、学生時代は機械工学を専攻。2015年に公共交通機関を運営するインフラ企業に就職しました。
当初は機械工学に関わる設備系の職種を希望していましたが、コミュニケーション力を評価してもらったことで配属は営業職に。しかし、多くの人が利用するターミナル駅での勤務は、周りの音が大きくてお客さまの声が聞こえづらい上、急いでいるお客さまも多く、スピード感ある対応が求められます。私にとって厳しい挑戦でした。ただ、この挑戦は私にとってお客さまと直接関わり、お客さまが何を求めているかということを肌で知る貴重な経験となりました。
そのため、1年目の終わり頃に間接部門へと異動し、経理、契約業務、予算管理など、さまざまな業務を経験しました。途中、コロナ禍の期間は、皆がマスクを着用している環境。自身の担当業務は財務経理だったこともあり多くの人とのコミュニケーションが必要なため、工夫をしながら業務に取り組みました。
中でも印象に残っているのは、債権回収担当として休職者の社会保険料等を回収する業務です。休みの間、会社が立て替えた保険料をお支払いいただけない方を対象に、保険料を回収するため督促状をお送りし、直接電話をかけて連絡を取るのですが、私は電話での対応が難しく手書きの手紙を送ることにしました。
また、一人一人に合わせた返済計画を一緒に考えるなど、当時の上司や同僚と共に相手に寄り添った対応を心がけた結果、大きな成果を上げることができました。
私自身が聴覚障がいを通して様々な苦い経験をしているからこそ、相手の困難をイメージしながら対応ができたことが結果につながったのだと思います。
もう1つの印象深い経験は、ダイバーシティ活動です。当時はまだダイバーシティの考え方が浸透していなかったこともあり、社内で講演活動を始めました。自分が務める拠点からスタートし、徐々に他拠点にも拡大。さらには障がいのある人に優しい駅づくりのプロジェクトにも関わることができました。
講演では、現場で主に聴覚障がいのあるお客様に対応する際の具体的な声かけの方法や、管理者向けに障がいのある社員の困りごとなどを紹介しました。参加者から「当事者でなければわからないことがあるのだと知った」という声をたくさんもらったことで、私自身も積極的に発信していこうと思えるようになりました。
自分が始めた小さな活動が会社全体に広がり、多くの社員に新たな視点を持ってもらえたこと、同じような悩みを抱える人たちに気持ちを伝えられる機会を作れたことは、私にとって大きな財産であり、現在の横河電機における講演活動にもつながっています。
「やりたいことを全部やろう」。自分を見つめる期間に出会った横河電機で新たな挑戦
8年ほど勤めた後、より広い世界で挑戦してみたいと考えてグローバルに展開する外資IT系企業に転職。1社目とは業種も文化も異なる環境で今までのキャリアを活かしつつ管理会計というポジションを担当しました。
しかし、ファイナンス領域でのプロフェッショナルをめざしていたものの、方向性の違いを感じて退職を決意。これからの生き方を見つめ直す上でも、退職後は半年ほど自分のやりたいことに集中する期間を作りました。
この期間に挑戦したのが、コロナ禍で開催できなかった自分の結婚式です。これまで参列した結婚式では、スピーチや司会者の話の内容を理解できず、周りが笑っている中で一人だけ笑えないという寂しい瞬間を経験したことがありました。
そこで、自分の結婚式では「全員が平等に楽しい時間を過ごせること」をテーマに掲げて準備を進めました。会場のスタッフの人数を増やしてもらったり、司会の言葉を文字で表示したり、料理の説明を各テーブルに設置したり。皆が同じように情報を得られる環境を用意したことで、聴者の友人だけでなく聴覚障がいのある友人たちにも楽しんでもらうことができました。
他にも、陶芸やガラス工芸をしたり、青春18きっぷを使って日本各地の温泉めぐりをしたり、とても充実した半年間でした。
いろいろなことにチャレンジしながら、次のキャリアについてもじっくり考える時間をもちました。これまでの経験を活かして、経理職を軸に100社以上の企業に応募。でも、途中で転職エージェントから今につながる助言をいただきました。
「林田さんはゼロからイチが得意な人ですね。商品や仕組みを考える企画の仕事をしたら、きっとおもしろいですよ。営業職も向いていると思いますが、いろいろな商品を販売していくうちに、もっと良い商品があればと思い始めると思います。でも、それは企画職にしか出来ないことです」
そして出会ったのがグローバル向け経営企画のオファーを提示してくださった横河電機でした。入社してみると、中途入社の社員や若手社員にも重要なミッションを任せる文化があることに驚きました。「若いから」「経験がないから」ではなく、その人の可能性を見て仕事を任せてくれるのです。どこにいっても通用するスキルが身につく環境があることや選択肢の多さもやりがいにつながっています。
相手を理解することで自分も理解してもらえる。信頼関係を築きながら挑戦を続けたい
もともと私は、積極的なタイプではありません。むしろ幼少期は、自分の意見を言えない性格でした。けれど、高校時代に「自分はどう生きていきたいのか」を考えるようになり、出した答えが「自己嫌悪をしない生き方をしたい」──それ以来、自分から新しい世界に飛び込むようになったのです。
さらに仕事を始めてからは、さまざまな経験を通して自分の気持ちやどのようなサポートをしてほしいかを伝えることができるようになりました。
それは、一方的に自分のことを理解してもらうということではありません。障がいを含めた自分のことを理解してもらうには、相手のことを同じように理解することが重要です。たとえば、相手が趣味としているサーフィンやボルダリングに自分も挑戦してみるなど、相手の興味や好きなこと、その理由に寄り添いながら関係性を築くようにしています。
私はこれまで、十分なスキルがあるにもかかわらず、障がいがあるという理由で活躍の場が限られている方たちを見てきました。チャレンジ意欲があっても、だんだんとその気持ちがしぼんでいってしまう。あるいは、はじめからチャンスの枠が決まってしまう現実があるのです。
でも、横河電機は障がい者採用で入社した私にも同じようにチャンスがあります。障がいがあるからという理由で、業務内容や報酬、キャリアアップの機会に制限がかかることはありません。挑戦したいことに手を挙げれば応えてくれます。
もちろん、現場では障がいのある社員に対するマニュアルなどが十分ではない部分もあります。だからこそ、私のような当事者からどのようなサポートが必要なのかを発信し、皆に理解してもらうことが大切なのだと考えています。
現在、横河電機では複数の重要なミッションを担当しています。未経験の挑戦もたくさんありますが、チャンスをいただいた恩返しができるよう、さらなるスキルアップをめざしています。
もちろん仕事だけではなく、育児も楽しみたい。当社は、看護休暇があることをはじめ、子育てをしながら働く環境としても恵まれていると感じます。子育てをしていると、今の時期にしか出会えない子どもの姿があると感じます。その瞬間を大切にしながら、キャリアもあきらめない生き方、後悔しない生き方を選択していこうと思っています。
※ 記載内容は2025年6月時点のものです
