流されやすかった学生時代──ダンス漬けの毎日でなんとなく就活生に
自分で言うのもなんですが、高校時代はよく授業を聞いて、ちゃんと勉強する優等生でした。
1年生まではハンドボール部に入っていましたが、受験勉強に専念するために辞め、それからは勉強一筋。高校受験に失敗したことで大学では絶対に志望校に受かりたいと思い、真面目に勉強して無事第一志望の大学に入学することができました。
ただ、志望大学をめざしたのも先生に勧められたからという理由だけで、当時はよく周りに流されるというか、意志のない学生でしたね。
受験勉強の息抜きで見ていた社交ダンスのアニメにハマり、大学では社交ダンス部に入りました。それからは、部活の思い出しかないくらいダンス漬けの毎日で、正直大学の講義にもろくに出ていませんでした。
そんなわけで、3年生になっても「就活?何それ?」という状況だったのですが、久しぶりに教室に行くと同じ学部の友人が「最近就活どう?」と聞いてくるわけです。そこで、初めて「みんなもう就活しているの?」と焦りました。
何から始めたらいいかわからず、とりあえず就活支援サービスに登録して、大学の先輩に相談しながら見よう見まねで自己分析をしたり、合同企業説明会に参加してみたりしました。
ただ、やはりここでも周りに流されて「とりあえず」で就活を始めたので、自分の将来について真剣に掘り下げて考えていたかというと、まったくそんなことはありませんでした。
適当に就活をしていたため軸なんてできるわけもなく、今思うと本当に失礼な話ですが、なんとなくの気持ちで誰もが知っているような、いわゆる大企業や大手メーカーを見ていました。
“あえてザイマックス”という選択
ザイマックスを知ったのは就活支援サービス主催の合同説明会で、座談会に参加していた人事の方たちが楽しそうに話していた姿が印象的でした。当時は、「楽しく働きたい」くらいしか考えられていなかったので楽しそうなザイマックスの社員を見て良い印象を抱きましたが、説明会で話していた不動産の話は何もわからなかったし、ザイマックスの選考を受けるとも思っていませんでした。
後日、ザイマックスの人事の方と面談をして、「そもそも不動産業界とは」というところから教えてもらい、このあたりからようやくほんの少しだけ就活らしくなってきた感じがしましたね。結局、人事の方には僕が当時受けていた他社の選考の進め方やエントリーシートの提出期限など、就活全般のアドバイスをもらうに至るまで良くしてもらいました。僕があまりに適当だったので、心配になって世話を焼いてくれたそうです(笑)。
ただ、後になって「どうして僕みたいな適当な就活生に、あそこまで親身になってくれたのか」と聞いたのですが、笑いながら「初めて会った合同説明会の時に、周りの学生が一生懸命会社の人に良く見られようと振舞っていたのに、君だけが冷めた目でつまらなさそうにしていて、物事を斜に構えて見ている感じが生意気そうでおもしろかった」と言われました。しっかり見抜かれていましたね(笑)。
メーカーや金融などの大手企業も受けていましたが、最終的に選考を途中で辞退しザイマックス関西に入社を決めました。決め手として、1つめは3年生の夏から定期的にずっと社員の方と関わっていて、自分が自然体で話せていたことです。
このことに関しては、入社してからもギャップがなく、むしろ先輩や上司は私よりも自然体というか、オープンマインドな雰囲気があります。ザイマックス自体にそういう風土が根付いていて、本音で話せる、心理的安全性が確保されることが良い仕事につながると多くの人が考えているようです。
そして、2つめは当時私が受けていた他の企業と比べると知名度の低いザイマックスに行くことで、会社の冠ではなく自分自身の力で勝負できると思ったことです。
私は周りに流されやすいので、有名な大企業に入って大勢の同期と一緒に働いていたら同期と同じように行動し、同じような成果しか出せないのではないかと思いました。若いうちはそれでもやっていけるかもしれないけど、これからもっと年齢を重ねていった時に、つまらない大人になりそうだなと。そこで、諸先輩方には怒られるかもしれませんが、「“あえて”ザイマックス」という決断をしました。
「カッコイイ仕事」とのギャップ
なんとか就活を終え、迎えた入社式当日。辞令の配属先に「デジタル推進部」という文字を見た時は冗談かと思いました。てっきり不動産をやるものだと思っており、法学部出身の自分にITの素養なんてまったくありませんでしたから。
デジタル推進部は、私が入社する半年前に新設された部署で、主に会社全体や現場のDX推進を担うのがミッションです。ザイマックスグループでは、各事業ラインにさまざまなシステムが使われており、その多くがザイマックス仕様としてオリジナルで作られたものなので、細かなカスタマイズや使用方法についてはシステムごとに担当がついて現場のオペレーションがシステムによって効率良く、また正確に進むようにサポートします。
私は、その中でいくつかのシステム担当として働いており、現場の方から問い合わせがあれば調べたりベンダーさんに確認したりして、新しい情報としてマニュアルに組み込んで整理し、展開しています。仕事を進める中で、資料をExcelやドキュメントにまとめて部内に共有することがあるのですが、その作業に入社前のイメージとのギャップを感じたのを覚えています。
というのも、入社するまでは漠然と「仕事とは、社外の人と名刺交換してプレゼンをするもの」という想像をしていたので、情報を整理して上司や先輩方に共有する仕事が、言葉を選ばずに言うとゼミ発表の延長線上のようにも感じていました。
そんな中、1年目の冬にROD(ロッド)研修という自分が思う自分と他者から見える自分をスコアリングし、その差を分析して次の行動につなげるための研修がありました。全グループから入社1年目の社員が集まって、班に分かれてディスカッションをするのですが、そこで他の同期のスコアや話しぶりを聞いて愕然としました。
「安心して仕事を任せられるか」という項目で、他の人と自分のスコアを比べた時に、自分のスコアがかなり低かったんです。仕事で大きな失敗をした覚えもないし、先輩や上司からのアドバイスもちゃんと聞いていたので、この結果は正直かなりショックでした。
なぜ、その差が生まれたのか。研修で一緒だったメンバーと、そして研修から戻ってきて同じチームの人たちとディスカッションしていくうちに、自分が受動的な仕事のやり方をしていることに気づきました。
確かに、私は先輩や上司のアドバイスは素直に聞いて次の行動に活かしていましたが、いつも矢印は私に向かっており、私から外に矢印を向けることはなかったんです。学生のうちは、先生の言うことに従って行動することで成績を上げることができていましたが、仕事においては人から言われて行動するだけでは、仕事ができる、任せられるという評価を得られないのだということにハッとさせられました。
基礎ができた1年──物事の本質を見つけていく社会人へ
研修が終わってから、「報連相(ほうれんそう)」や、指摘されたことをメモするなど、本当に基本的なことから取り組むことにしました。
これまでは、たとえば報告一つとっても、いつ、誰に対して、どこまで報告すべきかとくに考えずに、自分の思うままに行動していました。そして、先輩に指摘されて初めて「そうなんだ」と思うだけでしたが、研修を経て小さな仕事の一つひとつが信頼を積み重ねる要素になると思えるようになり、すべてを自分事として「なんのためにやるのか。いつ、誰に対して、どこまでの詳細を伝えるべきなのか」を考えて動けるようになってきました。
今の時点では、正直「具体的にこんなことをやってみたい」とか壮大なキャリアビジョンを描けているわけではありません。ただ、まずは足場固めというか、周りから安心して任せられると思ってもらえるように、着実に仕事で成果を出すことはもちろん、信頼関係を築いていくために主体的に行動していきたいです。
周りの先輩方を見ていると、小さなことでも積み重ねていくことで大きなチャンスが巡ってくるし、そのチャンスをものにできる地力がついていくのかなと感じます。学生のころや社会人になったばかりのころは、おもしろい仕事や大きな仕事を「やらせてほしい」と受動的に考えていましたが、1年目の地道な経験と同期とのギャップ、何より自分で考える余白を与えてくれた先輩や上司のおかげで仕事を「やる」ための心構えというか、基礎みたいなものができ始めているのかなと感じます。
私が今携わっている仕事では、社内のシステムに対し現場の方から「ここを変えてほしい」など、仕様の変更をオーダーされることもあります。どんな仕事にも通じることだと思うのですが、言われたことをそのまま鵜呑みにして動いていたら、かえって問題を複雑にしてしまい、最終的な目的からずれてしまうことも出てきます。
そのため、これからは受け取ったものをその場限りで理解するだけではなく、その指示が何に紐づいているのか、相手が最終的に期待していることが何かを考え、先を見通せる目を持って仕事をしていきたいです。
※ 記載内容は2024年4月時点のものです
