カーメーカーに営業するということ
カーメーカーへの営業を担当する恩地。視線の先には、幅広い世代から人気を集めているSUV。恩地は喜びを噛みしめるように語り始めました。
恩地 「自分が担当したクルマに当社のタイヤが装着されているところを見かけたときは、やっぱり嬉しいですよね。自分の仕事が形になったと実感します。でも、こうして目に見える部品はごく一部なんです」
クルマには、タイヤをはじめ数万個の部品が使われていますが、タイヤのように外から見て確認できる部品はごくわずかです。
恩地 「1台のクルマを作るために、いろいろな部品を供給するサプライヤーが存在します。全員が1台のクルマに込められたコンセプトを共有してベクトルを合わせないと、完成しません。この意味の本質が理解できるまでにすごく時間がかかりましたし、カーメーカーから厳しくご指導をいただいたこともあります」
入社18年目の恩地は、一貫してカーメーカーを担当してきました。しかし、こうして新車への装着タイヤを受注できるようになるまでには、8年もかかったと言います。
恩地 「クルマを購入しても、よほどタイヤに詳しい方でない限り、タイヤの善し悪しまでは言及しませんよね。たとえば、『静かだね』とか『乗り心地が良い』という場合に、『タイヤが』ではなく『クルマが』という主語になる。もし、購入したクルマに万が一何か起こった場合、タイヤが原因だったとしても、当社ではなくそのクルマを購入した販売店に問い合わせをすることが多いと思います。
それだけに、カーメーカーに対する信用は、われわれサプライヤーへの信用とイコールでないといけません。タイヤメーカーとして安心・安全な会社であることを証明して理解されないと、受注に向けた交渉のスタートラインに立つことはできません」
まずは、スタートラインに立つために……。そこには、恩地のたゆまぬ地道な取り組みがありました。
営業担当としてのスタートラインに立つ
入社6年目、営業としてお客様を担当するようになってからしばらくの間、恩地の姿はデスクになく、工場の生産現場に張りつく日々が続いていました。
それは、1台のクルマをカーメーカーと一緒になって仕上げていくため。
恩地 「カーメーカーとサプライヤーは、お客様と納入業者という主従関係ではなく、同じ立場で行動を共にするパートナー関係に近いんです。万が一、当社のタイヤ製造工程で何か不具合などが発生すれば、それは当社だけの問題におさまりません。ですから、カーメーカーは、われわれサプライヤーのことを自社のことのように心配してくれていますし、一緒に改善策を考えてくださるんです」
クルマを作る過程に一切の妥協はしない。それが、信頼関係につながります。
恩地 「どんなに些細なことでも、何か問題が生じた場合は必ず具体的な報告をするようにしています。たとえば、生産や物流で問題が発生してしまったときは、工場や物流倉庫だけに対応を任せず、現地に行って原因を把握した上で対策や再発防止策を実行する。そして、対応が完了したことを自分の目で確認してから、カーメーカーに報告します」
そのクルマの生産が終了するまで、変わらぬ品質で製品を届け続ける責任がサプライヤーにはあります。途中で少しでも支障が生じた場合、原因が判明するまで徹底的に社内調査を行い、解決するまで現場に残って確認を続けるという覚悟が営業には求められるのです。
恩地 「新しく開発される車種の純正装着タイヤとして採用されることは、大きな目標です。しかし、その道のりは長く、1年というタームで終わることはありません。見積りを提示して回答をいただくことは長いプロセスの1つ。事前に情報収集を丁寧に行い、技術とともに必要とされる性能を予測して、提案する必要があります。
受注が決まった後にはカーメーカー側の技術承認を取得し、供給体制や安全、品質管理体制に問題のないことを確認した上で納入を開始します。そして、約5年から6年にわたるすべての納入期間が完了するまで、責任を持って見届けなければいけません。この一連の流れを理解して話を進めていくことが、営業担当には求められているのです」
チャンスを自ら手繰り寄せる
入社して10年を迎えた恩地は、8カ月間マレーシアで営業や語学のトレーニングを受け、再び日本でカーメーカーの営業担当に戻りました。
ほどなく、カーメーカーの調達担当が当社の工場を訪問するという話が届きます。
恩地 「カーメーカーは価格だけでなく、製品の品質や労働環境の安全性も含めた総合力で発注先を決めています。これらを担保できていないサプライヤーは、いかに価格対応力があったとしても、発注先の候補にすらあがりません」
だからこそ、恩地にとってこの訪問は願ってもないチャンスでした。
恩地 「当社がいかに生産活動や品質の改善に取り組んでいるか、また、安全な現場環境をどのように保っているのかをきちんと理解いただくために、見学ルートや説明シナリオ、時間配分のシミュレーションを何度も工場で打ち合わせをして、来場前日までリハーサルを入念に行いました」
そのかいあって、総力戦で臨んだ見学会は、滞りなく終了。品質や安全管理体制に一定の理解を得られたことで、当社への期待値はさらに上がり、今まで以上に貴重な情報を入手できるようになったのです。
恩地 「当社がターゲットとしていた人気車種がモデルチェンジするという情報を、事前にキャッチすることができました。こんなビッグチャンスはめったに訪れないと思い、車両のコンセプトや目標性能につながる情報を積極的に収集しました」
また、入社から10年以上が経ち、営業担当として相手の話の本質が見えるようになってきたと言います。
恩地 「当時、今まで採用されたことのない車種の受注に挑戦しようとしていました。しかし、カーメーカーからすると、すでに採用実績のあるメーカーの方が安心です。新規で製品を採用することはリスクでもありますから、当社への見積り依頼自体を見合わせるかもしれないという話が聞こえてきたのです。
でも、あきらめるわけにはいきません。直接訪問して、一つひとつ課題を聞き出していきました。とくに、人気車種であるが故に納入に支障をきたさないようすること、確実な安全管理を行うことが必要だったので、以前工場にお越しいただいたときの説明を引用しながら、説得にあたりました。すると、具体的に受注後のイメージをしてもらうことができ、首尾よく交渉を進めることができました」
恩地が工場内の隅々まで足を運び、各工程の担当者と力を合わせて作った見学プログラム。カーメーカーの担当者も十分に理解していたようで、徐々に不安要素が解消され、念願の受注がかないました。
恩地 「相手もものづくりのプロですから、製造現場で行われている工夫や改善点にはすぐに気づきます。工場では、みんながカーメーカーの方針を理解し、力を合わせて一本のタイヤを仕上げています。せっかく見学に来てくださるのですから、そのシーンをしっかり見せて、安心していただきたい。見学会に込めたその想いが実ったことが、とても嬉しかったですね」
世界をステージにして挑戦を続ける
国内にとどまらず、海外でも営業を経験してきた恩地。今では海外グループ長として、現地販売会社の営業活動を広範囲にサポートしています。
恩地 「北米や中国、東南アジアなどの販売会社に所属するスタッフに対して、日本側の窓口として業務のフォローを行う仕事をしています。現地の課題を共有してもらい、今までの私の経験も踏まえて一緒に解決策を考えています。もちろん、海外向けの新規ビジネスの検証なども行っています」
国内であっても海外であっても、カーメーカーに対する営業スタイルは同じです。
恩地 「アメリカに赴任していたときに、欧米系のメーカーも担当していました。先方の担当者は常に真摯な態度で、英語が不慣れな私に対してもゆっくりとわかりやすい言い回しを使いながらコミュニケーションを取ってくれました。とくに、海外は国内よりもEV化が進んでいたため、情報を丁寧に聞き出し、しっかりベンチマークを行うことが必要だったんです。
クルマのコンセプトに合わせて、求められる性能は何かという仮説を立て、品質を守り、安全を確保して生産できることを証明する。受注を獲得していくためのスタイルは、日本とまったく変わりません」
営業担当として、確固たるスタイルを築いた恩地。その視線は今、さらに大きな世界に向いています。
恩地 「私が入社した当時と比べて、売上高は倍以上になっています。当社は常にチャレンジしている会社です。どんなに大きな案件であっても、基本となる軸を持って、ひるまず相手の要望や課題を聞き出していくこと。生産部門や技術部門のメンバーを巻き込んで、受注獲得から納入完了に至るまでのシナリオを組み立て実行することが必要だと考えています。
今までは一担当としてカーメーカーへ対応してきましたが、これからは海外の販売会社のメンバーがチャレンジする場をたくさん作っていきたいと思います。まずは、新車装着タイヤとして採用されること。そして、それをきっかけに、アフターマーケットでの支持獲得にもつなげていきたいと考えています」
