現地で体感したIT先進国・中国の進化を、東アジアのデリバリー自動化に活かす
2025年7月、約1年の中国留学を終え、日本に帰任したばかりの青木。生活も徐々に落ち着き、新たな挑戦への期待に満ちています。
「メタル+(Plus)企画部 ITマネジメントグループでの具体的な業務はこれから決まるところですが、中国での学びをもとに、IT技術を活かした東アジアのデリバリー自動化に携わる予定です。私としても、ぜひこの分野で会社に貢献していきたいと考えています」
青木が中国で目の当たりにしたのは、凄まじいスピードで進化を続けるIT大国の姿だと言います。
「中国はITの先進国。数々のIT技術を使った生活革命や物流革命を見てきました。年単位どころか、月単位、日単位で技術やサービスが進化していきます。その一方で、中国特有の法規制などもあり、その対処方法を現地でじかに体験できました。これらの経験を今後に活用していけたらなと」
進化を続ける中国で青木が学んだことの1つが、「士別れて三日なれば、即ち更に刮目して相待すべし」という格言。
「中国語の勉強を始めた頃に知った言葉で『優れた人物は、三日も会わなければ驚くほど成長しているものだ』という意味です。変化の激しい現代社会では、常に成長や進化を意識し続けなければならないという目標として掲げています」
IT技術を活かした自動化に意欲を燃やす青木ですが、地域限定職の営業として豊田通商でのキャリアをスタートした当初、ITの知識はまったくなく、むしろ苦手意識さえ持っていたと振り返ります。鋼管を扱う部署で、国内の鉄鋼メーカーや自動車部品メーカーを担当。トヨタグループの「ジャストインタイム生産」を支えるタイトな納期管理や、それにともなう膨大な手作業での書類作成が日常でした。
「業務の自動化がなかなか進まず、属人化の状態になっていて、なんとかしたいと感じていました。人が判断していることには必ず根拠があります。その根拠を機械に置き換えれば、面倒な業務でも必ず自動化できるはずだと思ったんです」
そんな中で、2007年に青木が出会いITキャリアに進むきっかけとなったのが、Microsoft Excelの作業を自動化するプログラミング言語「VBA」でした。
VBAの“魔法”が導いた新たなキャリア。商社×ITという新たな付加価値を社内へ
初心者でも簡単にプログラムが組めるVBAを知った青木は、伝票作成作業を自動化する簡単なアプリを自作します。
「それまで1時間かかっていた作業がわずか10秒ほどに短縮できて、周囲から『すごい!』と、まるで魔法使いのように扱われ、これは間違いなく価値があると確信しました」
その後、所属していた金属本部(現メタル+(Plus)本部)の基幹システムを再構築する大規模プロジェクトが立ち上がりました。ITへの興味が高まっていた青木はプロジェクトメンバーに手を挙げ、2009年、再構築を担う専門部隊であるシステム企画グループへ異動を果たします。
しかし、プロジェクトの道のりは想像以上に険しく、当初3年の予定が10年もの歳月を要しました。壁となったのは、古いシステム環境での改修、そして実装機能を決める要件定義でした。
「会社としての方針を伝えても、現場の人にとってはメリットがないなど、立場によって感じ方は違います。そこをうまく話し合い、お互いの妥協点を見つけるまでに時間がかかりましたね。時には強い言葉で反対されることもありました。でも、小さな説明会を何度も開くうちに、だんだん打ち解け、建設的な話ができるようになっていきました」
プロジェクトを通してIT知識の習得にも努めた青木。外部のコンサルタントが状況を分析し、言語化・図案化していく作業をそばで見ながら、システムの設計技術などを吸収していきました。
さらに、基幹システムのプロジェクトと並行してもう1つ、青木が情熱を注いだのが、専門的なITスキルを持たない社員が自分の業務やニーズに合わせてアプリやツールを作成・利用する「エンドユーザー・コンピューティング(EUC)」の推進です。
「これまでの商社パーソンの仕事は、いわば『語学力を駆使して、モノや情報をグローバルにつないで商売をする』ことでしたが、そこにITという新たな武器を加えられないかと考えました。VBAなどの知識を活かして自分でツールを開発できれば、自分たちやお客様の業務がさらに楽になる。新たな付加価値を生み出すために社員が学べる機会をつくりたい。それが活動のスタートでした」
社内には、青木以外にも自動化による業務効率化に取り組む有志がいました。最初は個人の活動だったものがグループになり、部になり──EUC推進のムーブメントは徐々に大きくなっていきました。
「中には『商社パーソンがそこまでする必要があるのか』という声もありました。しかし、現在まさに生成AIが台頭しているように、専門家でなくてもITツールを作り活用する時代が必ず来ると予想できたのです」
実際にアプリを作って業務効率化を実現させることで賛同者を少しずつ増やし、この文化を社内に浸透させた青木。EUCがもたらす最大の価値をこう語ります。
「それまでは与えられた業務をこなすだけだった人が、EUCによって自ら創意工夫し、部署の業務を効率化するツールを作るなど、新たな役割を見出せる。誰もが思いがけない潜在能力を持っていて、それを引き出すことが組織全体の成長につながると実感できたことが一番の学びでした」
他者より5倍努力すればいい。挫折からクラストップに上り詰めた、中国での1年
社内のIT推進の分野で確かな実績を築いた後、青木を突き動かしたのは、時代の変化への危機感でした。
「右肩上がりだった日本の産業が転換期を迎えていると感じていました。自分たちでモノを作らない商社にとっては、人材こそが最大の武器。一人ひとりが能力を高めて変わらなければ、自分も会社も、そして日本も淘汰されてしまうという強い危機感がありました。
そこで、まずは私自身が変わろうと、地域限定職から、活動の拠点を全世界に広げられるグローバル職への職種転換を決めました」
2023年、職種転換とともに金属企画部(現メタル+(Plus)企画部)キャピタルマネジメントグループに異動した青木は、EUC推進の経験を活かして経営数字の可視化や把握迅速化に従事。そして新たなチャレンジとなったのが、社内の語学研修制度を利用した中国留学でした。
「不安がなかったわけではありません。でも、このチャンスを逃すともう次はないだろうと。基幹システムプロジェクトやEUC推進を通して培った『考える前に飛べ』という信条で、とにかく一歩踏み出そうと挑戦を決意しました。上司や同僚も快く応援してくれましたね」
こうして2024年9月に中国に渡った青木。しかし、言葉の壁、文化の違い、見知らぬ土地での生活に、2カ月で挫折を味わったと振り返ります。
「当初は『ニーハオ』と『シェイシェイ』くらいしか話せない状態で、大学のクラスでも一番の初心者でした。さらに、本当に勢いで飛び出してきたこともあり、当社の駐在員に助けてもらったことも……。でも、この状況を変えられるのは自分だけ、つらいのは勉強不足だからだと覚悟を決めました。
大学の授業の予習と復習に集中し、筆談や身振り手振りも交え、必死に会話に臨みました。すると、先週までまったくわからなかった先生の話が理解できるようになったり、現地の人と話が弾んだりするようになって。自身の成長を実感できると楽しくなり、自信もつきました」
そこからの学びは、目を見張るものでした。最終的にはクラスでトップの成績を収めるまでに至り、中国語の検定試験HSK(漢語水平考試)の最高難度である6級レベルを習得。先生からも真面目で誠実な姿勢を高く評価されました。
「まだまだ自分にも伸びしろがあり、新しいことを覚える余裕があるのだと実感できました。同級生たちが2時間勉強して覚えることを、私は10時間かけて覚える。それなら、5倍努力すればいいじゃないかと。諦めるとそこで終わってしまうので、一歩踏み出したからには最後までやろうと考えていました」
留学で得たものは語学力や自信だけではありません。年齢や国籍、文化もばらばらの同級生との交流の中で、とくに忘れられない光景があったと青木は語ります。
「クラスメイトにはロシアとウクライナ出身の学生がいました。ご存じの通り、彼らの国は紛争状態にありますが、本人たちは本当に楽しそうにおしゃべりしたり遊びに出かけたりして、その瞬間を楽しみながら共に学んでいました。言葉を交わし、顔を突き合わせて対話することの大切さと尊さを痛感しましたね」
新しい挑戦に年齢は関係ない。惚れ込んだこの会社で、自身の姿を通して伝えたい
営業、システム、そしてグローバルへ。未知の領域へしなやかに飛び込み、進化を止めない青木。そのエネルギーの源は「豊田通商への愛」だと断言します。
「私はこの会社に惚れ込んでいるんです。就職氷河期の時代に、私を雇用してくれた豊田通商に、どうしたら貢献できるかをずっと考えてきました。だからこそ、職種転換も決心できました。周囲の上司や同僚、後輩もみんな優秀で尊敬できる人たちばかりで、彼らに負けないように私も進化していかなければといつも心に刻んでいます」
豊田通商でのすべての経験を胸に、青木は確信を持って未来を見据えています。
「中国はとにかく自動化・省力化が進んでいて、工場やタクシーが無人で動いています。人間は人間にしかできない仕事にシフトし、機械に任せられることはどんどん任せていく、というふうに国自体が進化しています。この考え方をスマートデリバリーの分野に活かし、東アジアビジネスを拡張する一助になれたらなと考えており、後輩たちにもその知見を伝えていきたいですね」
さらにその視線は、ビジネスの未来だけでなく、共に働く仲間や次世代にも注がれています。
「新しい挑戦に踏み出すのに年齢は関係ありません。新入社員でも定年間際の社員でも、さらには定年後でも、決して遅すぎることはないということを、ロールモデルの1つとして伝えられたら嬉しいですね。もちろん会社も、その挑戦を全力で後押ししてくれますから」
考える前に飛べ──変化を恐れない精神で、常に新しい自分へと生まれ変わっていく。青木の挑戦は、これからも続いていきます。
※ 記載内容は2025年8月時点のものです

