事業経営という仕事に憧れを抱きながら、興味あるものには常に飛び込んできた学生時代
学生時代は教育学部に所属しながら、副専攻として社会科学部で社会学も専攻していました。高校までは約10年間野球に没頭する学生生活でしたが、野球では自分が将来活躍できないことを高校で感じ、大学ではサークルでテレビ番組の制作やダンス、コンサルティング会社での営業など、とにかく興味を持ったことにすべてチャレンジしていました。
最も注力したのは、大学時代のダンスチームでの活動です。私はイベントを運営するプロジェクトリーダー的なポジションを担っていました。チーム全体をまとめ、イベントの方針や目的を明示し、それぞれのチームがイベント開催に向けてどのような進捗か確認してフォローアップする。また、自団体だけでなく、大学の他のダンスチームにもイベント参加を呼び掛けていたため、他のダンスチームに対して参加をお願いする渉外的な役割も担いました。さらに、イベントの運営資金を集めるための協賛活動も行い、大学周辺の飲食店やアプリ開発系の会社を訪問し、協賛をいただけないか交渉を行いました。
もう一つ注力したのが、コンサルティング会社でのインターンです。約2年間コンサルタントとして働き、インターン生の中のリーダーを担いました。正社員とインターン生の間に立ち、インターン生にどのようなアサインをするべきかを正社員に提案したり、自分がプロジェクトリーダーとして案件の進捗管理や方向性の明示を行いました。この他にも、某キー局でテレビ番組のアシスタントや、人材会社でのインターン・飲食店バイトなど、とにかく興味のある仕事は全部チャレンジしました。
両方の経験を通じて、リーダーとして人をまとめる楽しさと難しさを肌で感じることができました。特に印象に残っているのは、ダンスチームで各メンバー同士のこうしたい、ああしたいの意見の衝突が起きたときです。自分はリーダーとして、より高い視座に立ってチームを見ないといけないという自覚はあったものの、高い視座を持った意見で中々メンバーを納得させられなかったことは、今でも記憶に残っています。
就職活動では、幼少期からの憧れを軸に企業を探していました。家内に経営者が多く、幼少期から経営者という仕事に漠然と憧れを持っていました。また、高校時代にイギリス・ケンブリッジへの留学と大学時代に国際学生寮で2年間生活していたことから、異文化交流にも興味がありました。元々、人をまとめ、先導する役割を担うことが多く自分もそこに楽しさややりがいを感じることが多かったため、就活の軸は①経営人材として成長できること、②海外での勤務も可能なこと、③関係者をまとめながら先導していくような仕事、の3つの軸で会社を探していました。
入社前は、「現場・アフリカ」を重要視する会社、というイメージが強かったです。そして入社の決め手となったのは、OB訪問で感じた社員の働き方でした。現場に直接訪問する、五感を通じて現場の課題をつかみ取るという姿勢が自分の理想とする働き方に近いと感じました。また、物腰が柔らかく、親身に話を聞いてくれる懐の広さをOB訪問で感じ、こんな人と一緒に仕事をして成長したいと思うことができました。
貿易実務の「千本ノック」から営業へ。現場DXを通じた「Gembality」の実践
入社後から現在まで、私は自動車部品のトレーディングを担当しています。中国・韓国・台湾の東アジア地域を担当エリアとして、グローバルな商売に携わってきました。最初の1年間は、貿易実務をひたすら千本ノックのようにこなす日々でした。1つミスをすれば税関に誤った申告をすることにつながり、大きなコンプライアンス違反の問題につながりかねない、そんなプレッシャーの中で高速かつ正確に事務作業を遂行することが求められました。しかも納期は短納期。数百品番・数百品名のものを一度に出荷することから、膨大な情報を正確に処理する力が必要とされ、1年目ながら緊迫感を常に持って仕事をしていたことを覚えています。当時は少ししんどいと感じることもありましたが、この経験が今の自分の土台になっていると思います。
又、貿易実務と並行して、1年目から自社倉庫のオペレーションを自働化するプロジェクトに参加させていただき、倉庫の担当者や社外のDXに知見がある方を巻き込みながら、DXを通じて魅力的な倉庫にするためにはどうすればいいのか、悩みながら何度も現場に訪問し続ける日々を過ごしていました。
2年目からは、営業のサポート役として自動車部品の不具合対応や価格交渉・値決めなどを担当するようになりました。不安は特にありませんでした。商社マンとして一番基礎の部分だと思ったので、自分の商売がどのような利益構造になっているのか、どれくらいさらに利益を取れるのか、とにかく数字にこだわり続けて日々勉強する日々でした。どちらかというとワクワクしていましたね。そして3年目からは、輸出だけでなく国内の客先向けの輸入業務も担当するようになり、現在は営業として担当商売の利益率向上や、国内客先向けの新規商売の開拓を行っています。
「商社の介在価値はここにある」サプライチェーンを守りつないだ緊急対応
現在、私はサプライチェーン本部のグローバル部品輸出部で、チームリーダーとして働いています。自動車部品を商材に、中国向けの輸出業務と、中国・韓国・台湾からの輸入業務を担当しているのですが、新規商売の開拓や既存商売の利益率改善など、幅広い業務に携わっています。また、今年からは本部内の若手育成についてのプロジェクトにも参画し、あるべき姿やその運用方法を仕組み化する仕事にも取り組んでいます。
この仕事で最も印象に残っているのは、中国客先の生産ラインがストップしかかるという危機的な状況に直面したときのことです。中国客先の生産ラインはあと3日でストップするかもしれないという緊急事態でした。私はすぐに客先の在庫管理表と日本国内の仕入先の供給可能数を計算し、状況を整理しました。そして、日本国内の仕入先に状況を伝え、生産計画の大幅な見直しと前倒しでの出荷を依頼したのです。
しかし、仕入先としても中国向けだけに優先的な対応をするのは難しいという状況がありました。そこで私は、豊通内で他の国に出荷している状況を調査し、アメリカ向けの客先とも調整を行いました。他国向けの需給を調整することで、仕入先に生産計画の見直しを承認してもらい、なんとか生産していただくことができたのです。
このとき私が常に念頭に置いていたのは、「中国客先に届けている部品は仕入先のものだが、それをデリバリー・販売しているのは商社であり、サプライチェーンがストップする危険性が高まったときこそ、商社としての介在価値がある」という考えでした。商社としてここが腕の見せ所だと自分を奮い立たせて、仕入先との交渉を諦めませんでした。
サプライチェーンは常に変動している「生き物」のような感覚のため、一時的に問題は解決したものの油断はできないと思っています。そのため達成感はあまりないのですが、国内の仕入先から「客先のラインストップを免れたのは商社のおかげだ」と言っていただけたことや、関係者が安心している表情を見ることができたことが、サプライチェーンを守ったという実感につながりました。この経験を通じて、商社としての存在意義を改めて実感することができました。
海外駐在から経営ポジションへ。「やりたいこと」を後押ししてくれる環境で描く未来
短期的には、海外駐在に挑戦してみたいと考えています。今は国内で数人のメンバーとともに同じ商売を担当し、マネジメントに近いことも経験させてもらっていますが、海外ではそれをさらに大人数単位で実施してみたいんです。国籍も違うメンバーとともに働く経験が、より自分をリーダーとして成長させてくれるのではないかと思っています。海外駐在に挑戦したい理由は、学生時代の留学経験や国際学生寮での生活経験にあります。異なる国・価値観の人間と一緒に何かをすることが面白いと感じていたため、商社に入ってより大規模にそういったことができる可能性があることにワクワクするんです。
中長期的には、出向或いは駐在をきっかけに、一つの事業会社の経営ポジションとして仕事をしていきたいと考えています。元々事業経営という仕事に興味があり、それをいずれ経験したいと思っているんです。こうした挑戦を実現できる環境が、豊田通商にはあると感じています。自分のやりたいことに挑戦し、それを後押ししてくれる環境があるんです。1年目でも自分がやりたいと思うことがあればそれを実行に移すチャンスがあるし、自分次第でどんなこともできる可能性が広がっているのが豊田通商の魅力かもしれないと、3年目というまだまだ若手の立場ですが感じています。
最後に、採用候補者の皆さんにメッセージを送るとすれば、豊田通商に入るからには○○がしたいという野心を持った方に入社してもらいたいです。そして、活躍するために大切なのは、愚直・素直・前向きな姿勢だと思います。会社に入った後、仕事を教えてくれる人が「この人に教えてあげたい」と思ってくれた時点で、一つ成長のチャンスが広がります。会社に入った後で自分の人間性で成長のチャンスを広げられる人が活躍できるのではと思うんです。私自身も、報告を怠らず、危ないと思う2歩先くらいで報告するよう心がけています。相手に心配性と思われてもいいから報告をするくらいのマインドでいるんです。そして目の前の仕事を前向きにとらえ、自分なりに吸収できるポイントを常に探しながら仕事をしています。自分のやりたいことを実現できる環境で、一緒に成長していきましょう。

