人間力で勝負する商社へ、ひととなりを見てくれた面接が導いた出会い
学生時代は外国語学部の英語専攻で、国際ビジネスのゼミに所属していました。教授は元総合商社で働いていた方で、その話を聞くうちに、いつしか商社という世界に憧れを抱くようになっていました。今思えば、この教授との出会いが、私のキャリアの原点だったのかもしれません。一方で学業と並行して、アルバイトはテレビ局の報道部でカメラアシスタントとして働いていました。ガンマイクと三脚を抱えて現場を走り回る日々。社会人としての基礎は、このバイトを通じて学んだと感じています。
就職活動では、海外駐在のチャンスがある会社を軸に探していました。 その中でも特に商社に強い憧れを持っていました。商品ではなく、人間力で勝負できる世界。同じ商品を同じような価格で様々な商社が扱っている中で、最後に勝敗を分けるのは「この人から買いたい」とお客さんに思ってもらえるかどうかだと感じていたからです。ただ、私は有名大学の出身ではなかったため、いわゆる学歴フィルターで選考から外れてしまうのではないかという不安がありました。 それでも、面接まで進めば、自分がこれまで取り組んできたことには自信があったので、きっとうまくいくと信じていました。
正直なところ、豊田通商については出身地の九州ではあまり名が知られておらず、トヨタ系の商社というざっくりとしたイメージしかありませんでした。当時は自動車比率もまだ高く、総合商社というよりは自動車専門商社という印象でした。
その中で、入社を決めた理由は間違いなく「人」でした。内定までに3回の面接がありましたが、面接でお会いした方々みなさんが、場の空気を和ませるのが上手な、いい意味で“人たらし”な方が多かった印象です。
面接の中で特に印象に残っているのは「あなたの人生に点数をつけるとしたら何点か」という質問です。大学受験などうまくいかないことはたくさんあったけれど、周りの人に恵まれて何一つ後悔はない。間違いなく100点だと答えました。
面接後再度呼ばれて、「100点だったよ」とその場で内定をいただけたのは、今でも鮮明に覚えています。
地方配属から始まった営業経験、そして出向へ――現場に根差したキャリアパス
入社後、私は浜松支店に配属されました。同期の中でも数少ない地方支店配属で、スズキ向けの自動車鋼板営業を2年間担当することになりました。地方での営業は、東京や名古屋の本社とは違った緊張感がありましたが、お客様との距離が近く、現場の生の声を直接聞けることに大きなやりがいを感じていました。
浜松での2年間を経て、次は東海オフィス(旧豊田スチールセンター(現在の豊通メタルソリューションズ)敷地内に立地)に異動となり、トヨタ関連の自動車鋼板営業に3年間従事しました。スズキからトヨタへ、お客様が変わることで求められる品質や納期の考え方、商談の進め方も大きく変わり、営業としての幅が広がっていく実感がありました。
そして知多出張所での経験を経て、私にとってキャリアの大きな転機が訪れます。トヨタ自動車の車体製造技術部への出向が決まったのです。新車種の生産準備に携わるという重要な役割を任されることになりました。出向が決まったとき、何代も前から先輩たちが繋いできたバトンを受け取ったのだという、身の引き締まる思いでした。豊田通商とトヨタ自動車との信頼関係の歴史の一端を担うという責任感が、私を突き動かしていました。
当時のトヨタ自動車での命題は、生産準備の期間短縮。早く立ち上げるほど競争力に直結する一方で、鉄の製造リードタイムは簡単には短くできません。つまり、「変えられない制約がある中で、必要なタイミングまでに材料を漏れなく手配する」ことが必要でした。
ここで求められたのは、段取りと精度でした。いつ、どの工程で、何が、どれだけ必要になるのか。設計変更や計画の揺れが前提の中で、材料手配を崩さないために、前提条件を揃え、関係者と密に連携しながら、トヨタ社内の納期を「一日単位」で擦り合わせて進めていました。
横断統括マネージャーとして見た、組織成長の瞬間
現在私は、メキシコのブランキング事業体で、営業・人事・経理・ITを横断的に統括するマネージャーとして、22名のチームを率いています。会社の安定運営、業務効率化と業績管理、収益確保のための価格交渉などがミッションです。
この仕事において最も大きな成功体験は、メキシコでの会社の新規立ち上げに関われたことです。ゼロからの立ち上げだったため、営業、人事、経理、ITをひとつずつ整備し、事業が動き出すための基盤づくりに幅広く携わりました。制度や仕組みが存在しない中で、現地の商習慣や法規制、文化の違いを踏まえながら、実務とマネジメントの両面で試行錯誤を重ねました。その結果、無事事業体を立ち上げることができたのは大きな成果だと感じています。
ただ、立ち上げには苦労もありました。準備段階で、最初から100%完成した状態を目指して進めようとしてしまったことです。立ち上げ当初は、制度や仕組みを完璧に整えてから進めようとしていましたが、実際には環境や条件が常に変化する中で、計画通りに進むことの方が少ないと実感しました。そこで学んだのは、最低限機能する形で走り出し、改善を重ねる、アジャイルな進め方が成果につながるということです。完璧を目指す進め方をやめ、優先順位を明確にしたうえで小さくPDCAを回すことで、状況を打開することができました。
自走する組織をつくる。次の一年でやりきりたいこと
おそらく、来期が私のアサイメント最終年になります。そこで私が目指しているのは、組織や業務を、より人に依存しない形で安定・成長させることです。メンバー一人ひとりが自分の役割と判断範囲をしっかりと理解し、自分で考えて動ける状態にすることが目標。それが実現できれば、組織全体としての力が格段に高まると考えています。
就職活動中の学生や転職を考えている方に伝えたいのは、この会社はスキルよりも、姿勢や考え方を重視する会社だということです。一人称で向き合うことを大切にできる方であれば、必ず活躍できると思います。
私自身、海外での会社立ち上げなど、想像以上に大きな挑戦の機会をいただきました。手を挙げれば、きちんと任せてもらえる、失敗から学ぶことを許容してくれる会社だと思います。早くから海外事業に関わる機会が多く、任される経験を通じて成長したい人にとっては、非常に魅力的な環境です。是非後悔のない就職活動をしてください。皆さんと一緒に働ける日を楽しみにしています。

