薬剤師の専門知見を活かして挑む、企業アスリートとしての現在地
総合メディカルの人事本部業務支援グループに所属し、企業アスリートとして活動している杉浦さん。日々の活動内容とそこに込める想いについて、次のように語ります。
「現在はトレーニングをメインに、講演活動や自転車のイベントなどに注力しています。55歳という実年齢で、若者に混じって日々チャレンジを続ける姿を知っていただき、『自分にも何かできるかも』と少しでも多くの方に感じていただけるといいなと思っています。それが、企業アスリートとして毎日ペダルを漕ぎ続ける私の原動力です。
競技に集中していいと会社から温かい言葉をいただいているからこそ、まずはアスリートとして全力で結果を出すことで応えたいと考えています」
トップアスリートでありながら、薬剤師の資格をあわせ持つ存在は珍しく、その専門知識は競技での成長を支える大きな強みになっていると話します。
「体づくりに必要な自律神経のバランスを示す『心拍変動(HRV)』や、持久力の指標となる『最大酸素摂取量(VO2 MAX)』を計測すると、ほぼ10代から20代の体だという数値が出るんです。スポーツを研究されている先生にも『海外のトップ選手と同じレベルだね』と驚かれました。
この年齢でも体を維持できているのは、これまでの薬剤師としての知識がかなり役に立っているからだと思います」
杉浦さんは、日々のトレーニングにも薬理や栄養の知見を応用し、自らの体をマネジメントしていると語ります。
「たとえば、日々の疲労度に合わせて栄養素を変えることで、自律神経を整えています。パラリンピックでチーム内に感染症が流行した際も、免疫力を高める意識が功を奏して乗り切れました。
また、ドーピング違反になりやすい治療薬についても、使用する際には自身の知識を活かして医師と連携し適切に対応しています」
そんな杉浦さんの日々の活動を温かく見守り、支えているのは、社内の多くのメンバーだと話します。
「一番よく関わっている直属の上司をはじめ、業務をサポートしてくださる方々とは日々メールなどでやり取りをしています。先日も、大会の結果がわかるとすぐに『おめでとう』と声をかけてもらいました。社長や役員も含め、部署や役職の垣根を越えて温かい声をかけてくれる、本当に風通しの良い環境です」
不慮の事故を乗り越えパラサイクリングへ。挑戦を温かく後押しする環境という新たな舞台
パラサイクリングに出会う前、薬剤師として確かなキャリアを築いていた杉浦さん。当時の歩みについて、こう振り返ります。
「大学卒業後、フルタイムの調剤薬局で働きながら趣味でロードレースに出場していました。実家のある静岡での新しい薬局の立ち上げを機に、一旦それまで勤めていた薬局を離れたのですが、立ち上げの功績が元の会社から高く評価されて東京へ戻りました。
その後、管理薬剤師から常務取締役にまで就任して全力で取り組んでいました」
2016年、趣味で出場していたロードレースの大会中に落車事故に遭い、これまでのキャリアを断念せざるを得ない状況になったと話します。
「常務取締役になってすぐの出来事だったので、志半ばで現場を離れることになり、当時勤めていた会社にも本当に申し訳ないと思っています。医師からは高次脳機能障害と診断され、『もう元には戻れません』『自転車には乗れません』と宣告されました。
ただ、少しずつ歩けるようになるにつれ『ただのけがだからもっと良くなる』と、良い意味で勘違いするほど前向きに捉えていましたね」
競技への復帰も絶望的かと思われましたが、ある出会いが運命を大きく変えることになります。
「自転車に乗っていた私を知る知人からパラサイクリング連盟を紹介され、日本代表になれたらすてきだなと考えて挑戦を決めました。病院の理学療法士さんが『大丈夫、乗れるから』と背中を押してくれたのも大きかったですね」
その後、東京パラリンピックで金メダルを獲得したものの、当時の所属先が契約満了となり新たな壁に直面してしまいます。そんな時に知人の紹介で出会ったのが、総合メディカルでした。
「入社面談の際、当時の副社長や取締役の方々が『金メダリストが来るよ』と心から喜んでくださったのが一番の決め手になりました。企業アスリートは結果を求められる重圧を感じがちですが、総合メディカルにはそうした圧がまったくなく、温かく見守ってくれる風土があります。
自社の薬局や製品という素晴らしいリソースと私の経験を掛け合わせれば、もっと社会のお役に立てるのではないかとワクワクしたのを覚えています」
予選敗退の窮地から金メダルへ。周囲の支えとたどり着いた限界突破の思考法
現在、アスリートとして日々のトレーニングを重ねる中で、杉浦さんは大会に向けたコンディションづくりについて次のように語ります。
「大きな目標に向けて、1年間を計画的に期分けしています。最初は筋肉を作るウェイトトレーニングと持久力をつける走り込みを行い、レースが近づくにつれて、脳と筋肉をつなげるイメージで短時間高強度のトレーニングへと質を高めていきます」
そうした厳しいトレーニングの集大成として臨んだこれまでの競技生活の中で、とくに鮮明に記憶に残っているのが2024年のパリ・パラリンピックだと言います。
「最初の種目が予選敗退という結果で、実力の9割も出せておらず『もう絶対だめだ、勝てるわけない』と本当に苦しい思いをしました。
でも、最終日のロードレースで金メダルを獲得できたんです。自分の実力だけでは勝てないという思い込みを捨て、周囲の状況を冷静に読む作戦に切り替えたことが功を奏したのですが、絶対に超えられないと思っていたハードルを乗り越えられた時の達成感は大きなものでした」
突然の大きな壁に直面しても諦めなかった経験や、持ち前の柔軟な思考力は、アスリートとしてだけでなく、現在の自身の強みとして活かされています。
「困難な壁にぶつかったとしても、視点を変えれば突破口は必ず見つかります。私は元々ネガティブな性格で、すぐに『もうダメだ』と俯きがちですが、勇気を出して『やってみようかな』と声に出すと、不思議と周囲が道標となるメソッドを授けてくれるんです。そうした皆様からの温かい手助けが、今の私を前へ進める大きな力になっています」
こうした周囲の支えへの感謝は、確かな結果として実を結んでいます。直近ではタイで開催されたワールドカップに出場しました。
「国際大会に出場するにあたり、ぜひ総合メディカルの名前が入ったジャージで走りたいと伝えたところ、快く支援してくださいました。結果として金1つ銀1つのメダルを獲得し、初めてスポンサー様のジャージで表彰台に立つことができました。
日頃から温かく支えてくださる会社への感謝の気持ちを、少しでも形にしてお届けできたならうれしいです」
「できない」が「できる」社会へ。経験と知見を活かし、地域の健康を支える未来
これまでの経験や薬剤師としての徹底した自己管理の知見を、今後は会社や社会の役に立てていきたいと杉浦さんは意気込みます。
「私が実践する自己管理のメソッドは、一般の方にも応用できます。疲労回復力を若い頃と同じくらいに保つことや、集中力の高め方、大事な日に向けた体調管理など、医療系の企業である総合メディカルのお役に立てないかと考えています」
その目標は、直近のレースから中長期的なビジョンまで多岐にわたります。
「直近の目標は、支援への感謝を伝えるためにもワールドカップで良い成績を残し、さらに大きな国際大会への出場をめざすことです。中長期的には、総合メディカルの強みである医療モールの一角に、個人の健康状態に合わせたメニューを提供するレストランを作り、開店前の駐車場で地域の人たちと体操をするなど、皆さんをより健康にしていける場所を作りたいですね」
最後に、自身がめざす「誰もが挑戦できる社会」について、力強く語ります。
「私自身、脳の障害で言葉の理解が難しかった状態から海外選手と英語で会話できるようになり、『どんな困難な状況からでも、新たな可能性は拓ける』ということを自ら体現し、誰かの背中を押すキーパーソンになれたらと思っています。
誰にでも、それぞれ得手不得手はあります。自分が苦手なことは誰かに助けてもらい、その代わり、自分の得意なことで誰かを助ける。そうやってお互いの凹凸をパズルのように組み合わせながら、誰もが少しずつ誰かの役に立っている温かい支え合いの循環が生まれる社会こそが、本当に住みやすい社会だと思います」
誰しもがパズルのように支え合う社会へ。杉浦さんのその想いは、社員一人ひとりの多様な挑戦を認め合う総合メディカルの理念を、まさに体現するものです。会社と一丸となって描くこれからの未来について、杉浦さんは力強く語ります。
「総合メディカルでは、全国の薬局で地域の方々に向けた健康イベントを開催しています。今後はアスリート活動の合間を縫って私自身もそうしたイベントに積極的に参加し、医療の力で復帰を果たした経験や、トップアスリートとして培った知見を直接還元しながら、皆さんと一緒に地域の健康づくりを盛り上げていきたいです」
自らの可能性を信じ、周囲への感謝を胸にペダルを漕ぎ続ける杉浦さん。総合メディカルはこれからもその果敢な挑戦に寄り添いながら、誰もが挑戦できる豊かな社会を共に創り上げていきます。
※ 記載内容は2026年3月時点のものです
