ゼロからスタート──さまざまな経験をしたエンジニア初期
エンジニアを目指すきっかけは、大学に在籍していたころにさかのぼります。
廣田 「アルバイトや家族の仕事の手伝いを通じて、パソコンを扱う業務を経験したのがきっかけです。HTMLを勉強してウェブサイトを作成したり、データベースシステムを構築したりしていました。Macintosh に出会い、インターネットの魅力に引かれ始めたのもこのころです。
そんな流れで『コンピュータで社会を支える仕事に就きたい』『ITを活用して社会に貢献できるきっかけがあるんじゃないか』と自然に思うようになります。就職活動ではSIerを中心にIT業界に絞りながらさまざまな会社を受け、大学卒業後は通信系ソフトウェアに強い国内のソフトウェアベンダーの会社に入社しました」
入社後数年は業務系のアプリケーション開発を担当し、C/C++や VisualBasic といった言語を習得したという廣田。その後、自社開発ソフトウェアの企画・設計から開発までを担当する部署に異動し、通信系のソフトウェア開発を担当することになります。
音声・画像処理や通信プロトコルの開発など、専門の学問を学んだわけでもないのものの、理数系出身の同僚たちの見よう見まねでいろいろやれたことは貴重な経験になったと振り返ります。
廣田 「社会人1年目でスタートラインに立ったとき、業務に関する知識はなかったので、ゼロから学んでいきました。いろいろな資格を得ることで、顧客からも社内からも信頼につながると考え、勉強にも集中できた環境があったので前職には感謝しています」
最初の3年間は顧客の業務システム開発に関わり、4年目くらいから自社製品のパッケージソフトウェアの新規開発に参画できることに。
廣田 「さまざまな部署の優秀な先輩方と関わるようになり、より幅広い顧客のニーズを体感できるようになったことは学びでしたね。当時は、社内におけるスタートアップ的な立ち位置だったので、自分たちの使う技術自体も自分たちで集めて形にしていくことは、貴重な経験になりました」
開発にのめり込んでみると気づいた開発者のジレンマ
開発に夢中になっていく中で、課題になったのが開発効率の向上についてでした。
廣田 「模索しながら、ソースコードリポジトリや、バグトラッカー、CI ツールなどさまざまなツールを導入しました。基本的にはオープンソースのソフトウェアを中心に試していき、業務に活用していましたね。
社内の周りの仲間たちともツールに関する話をしたり、勉強会を開催したりしているうちに、ふと『これらのツールを広めたりサポートすること自体が仕事になるんじゃないか?』と思い始めたんです。振り返ると、これが転職を考えるきっかけでした」
あるとき、開発者向けツールに関して大学で行われたオープンソースカンファレンスに行った廣田。そこで、たまたま聴講したのが代表の大貫 浩と大澤 俊介によるアトラシアン製品に関する講演でした。
廣田 「今でもあの日のことは忘れられないですね。『開発ツールで飯を食ってる人がいるのか!』と感銘を受けました」
それから数年経ち、開発ツール熱がますます高まっていたころ、偶然「アトラシアンのツールを扱うエンジニア募集中」という大貫のTweetを見て、リックソフトのドアをたたくことに。このとき、大貫と会議室で長時間語り合ったことが印象的だったといいます。
廣田 「日本の開発者が困っていること、仕事の進め方の問題点、世界の開発者の現状……。日本にも勤勉で誇れる技術力を持ったエンジニアがたくさんいるのに、世界と比較するとまだまだでした。
本来、日本はもっとクリエイティブだし、エンジニアという職種は社会に貢献できる仕事のはずなのに……と話す中で、アトラシアン製品を普及する仕事をしたら、そんな現状を救えると感じたんです。その胸の内を話していくと、その場で大貫から『いつでも来てほしい』と声をかけてもらいました」
同じタイミングで、在籍していた会社の規模が一気に10倍くらいにまで大きくなっていました。もっと小さい会社で身軽に動きたいと感じていた廣田は転職を考えます。
廣田 「ただ、実際に転職となると、これまでも自由に好きなことをできていたので、相当悩み、あらためて自分のビジョンと向き合いました。
リックソフトは高スキルのエンジニアが集まった技術者集団であること、アトラシアン社がソースコードを顧客に公開していることを聞いて、私の開発者としての経験が役に立てるだろうと判断し、転職を決めました」
この決意へ至るまで、リックソフトの門をたたいてから10カ月ほど経っていました。
無いのならつくってしまおうこの機能、から始まったプロダクト開発
リックソフトに入社後、Jira Softwareを中心としたアトラシアン製品の導入支援を主に担当し、そのかたわらでJira SoftwareやConfluenceのアプリ開発も行ってきた廣田。お客様の多くは開発者であるため、自分自身の経験とも照らしながらさまざまなソリューションを提案できているのだとか。
また、廣田は自社開発製品Excel-like Issue Editor for Jiraの開発者でもあります。
廣田 「開発を進めることになったきっかけは、アトラシアン製品の導入支援で関わったお客様より『Jiraの課題をExcel のように編集できるツールはないか?』とご相談を受けたこと。そんな機能がなければつくってしまおう、ということで開発がスタートしました」
完成したExcel-like Issue Editor for Jiraは汎用製品としてAtlassian Marketplaceでも販売を開始しました。今では、全世界のお客様にお使いいただけるようになっています。
廣田 「2016年の冬にはアトラシアン社主催の開発者イベントに参加するため、オーストラリアのシドニーを訪問し、アトラシアンの本社オフィスで数日間を過ごしました。
アトラシアン社やパートナー各社のエンジニアと交流し、技術的な課題を解決したり意見交換をしたりと有意義な時間になりました。自分自身の英語力不足を痛感した時間でもありますが(笑)」
そんな廣田にはIT業界で仕事を始めてから、一貫して心掛けていることがあります。
廣田 「“品質“には強いこだわりがあります。不具合を出さないソフトウェアをつくるために何ができるかをいつも考えてきたつもりです。ただ、あまりにもそれだけを追求してしまうと変化についていけなかったり、機会を失ってしまったりと、両立はなかなか難しいですね。
そういった問題を解決するために、アトラシアン製品のような“開発者を助ける道具“が必要だと思います。そういう意味では、今後ソフトウェアが世界を支える時代にはJira SoftwareやConfluenceのようなツールが欠かせないと思っています」
これからの夢と今後のリックソフトに抱く期待
2020年から、廣田はよりExcel-like Issue Editor for Jiraの開発に注力できるポジションにスイッチします。
廣田 「今後は世界のお客様に向けて、さまざまなニーズを聞きながらソフトウェアを開発していきます。とはいっても業務内容に特別大きな変化はありません。
ただ、英語に触れる機会は大幅に増えましたね。海外のお客様や協力会社と接する上で、聞く力や話す力がいっそう求められると思うので、時間を見つけて勉強していきます」
業務のかたわらでは、社内を巻き込んだ勉強会の開催にも、積極的に力を入れていた廣田。現在は主催を若手エンジニアに引き継いだものの、リックソフトの勉強会文化に貢献しました。
廣田 「単に、知識をひとり占めするのはもったいないと感じるからです。新入社員の入社時など、ある知識が他の人に役立つであろうタイミングで開催しています。
会社や組織の一員である以上、知識はみんなで共有して活用するものとの想いがあります。私がオープンソースソフトウェアに魅力を感じるのも、そのような要因が強いからかもしれません」
実際に廣田の勉強会に予習をして挑んだり、質問をしたりする新入社員も多くみられました。ベテランエンジニアから、現場の経験を織り交ぜ直接知見を学べる機会がありがたい、と好評でした。
また、長い間胸に秘めていた密かな夢もあるのだとか。
廣田 「リックソフトが柏にオフィスを構えていたころから、実は社内に将棋部をつくるのが夢でした。
幸運にも2019年にはその夢がかない、新卒社員や若手社員も仲間に加え、定期的に対局を楽しんだり、タイトル戦を観戦したりしています。次の目標はリックソフトとして将棋大会の団体戦に出場し、チームで一勝をあげることです!」
エンジニアが憧れるエンジニアのキャリアを紐解くと、偶然の出会いによって自覚した“日本の開発者の力になりたい”というアツい想いを胸に努力を重ねてきた姿がありました。
そんな廣田はこれからもリックソフトのトップエンジニアとして第一線で活躍していきます。
