人を大事にする姿勢が、パーソルキャリアへの入社の決め手。
中学・高校の6年間は陸上部で長距離に打ち込み、引退した高校3年の冬からスキーのインストラクターのアルバイトを始めました。大学時代はスポーツ健康科学を専攻。幼い頃から一貫してスポーツの世界に身を置いてきました。大学では「スポーツ×●●(理学・工学・保健衛生学・医学・体育学・教育学・経済学・経営学・栄養学など)」について、幅広く学びました。「スポーツ」という自分の好きな軸からあらゆる学問に触れ、学んだことを実戦する機会もあり、理論と実践から柔軟な考えを養うことができたと思います。
周囲がスポーツトレーナーやメーカーなど、スポーツの世界へ就職していく中、私はスポーツ以外の社会を知りたいという好奇心から民間企業に勤める道を選びました。就職活動では、金融や不動産、広告、メーカーなど幅広い業界を見ました。自分の軸は明確で、「女性が活躍できるか」「若くても昇進できるか」「人を大事にする会社か」「自分の介在価値を感じられるか」。これらの条件を満たす環境でこそ自分は力を発揮できると考え、条件に照らし合わせて候補を絞り込んでいくと、最後に残ったのは人材業界の2社でした。
パーソルキャリアの決め手は、面接での「会社の未来」をどう描くかという問いへの答えでした。もう1社はテクノロジーを重視する未来へ舵を切るとお話をいただきました。一方で、パーソルキャリアの回答は、「このビジネスの根本はどこまでいっても人。人が介在価値の人材ビジネスをやっていく」。泥臭さをいとわず、人を軸に置く姿勢は、自分の価値観とまっすぐに重なりました。こうして2016年、新卒でパーソルキャリア(旧社名:株式会社インテリジェンス)に入社を決めました。
入社後はRAとして、小売、コンサル、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)など多様な業界の採用支援を担当。顧客企業の採用課題を丁寧に捉え、根本的に可決すべき課題を見極めた上で提案を行い、採用という入り口から事業成長に関与してきました。現在は、IT・通信・コンサルティングファームを担当する部門のマネジャーを務めています。
パーソルキャリアでの仕事と並行して、もうひとつのフィールドでも挑戦を続けています。日本プロスキー教師協会(SIA)での、プロスキー教師・プロスキーヤーとしての複業です。両親の影響で幼少期からスキーをはじめ、今は指導者としてスキー業界の発展に貢献しています。冬の間は東京と地方の雪山を行き来する生活をしています。そのため、限られた時間と向き合い、両方の分野でやりたいことを実現できるように工夫しています。
一匹狼から、チームで価値の最大化へ。マネジメントを選んだ理由
マネジャーになる前に、目に見える成果を積み上げることができました。全社表彰を受け、全国のRAの中でトップ3に入ったことがあります。幼い頃からスポーツの世界で勝ち負けを重視してきたこともあり、「チーム」でよりも「自分」が何ができるかに意識が向いていた。ひとりでできることばかり考えて、一匹狼のような営業だったと思います。その徹底によって「尖った営業職」になっていたかもしれないと振り返ります。
当時の私は、お客さまから数え切れないほどの学びをいただきました。その恩を成果で返したい。だからこそ、自分が介在することで確かな結果を出すことにストイックに頑張ってきました。しかし、次第に個人でできることの限界も感じ始めた時期がありました。手の届く範囲のことだけでは、お客さまの課題を解決しきれない。もっとお客さまに恩返しするにはどうすればいいかと考えた結果、マネジャー職を目指すことに決めました。私ひとりではできなかったことを、メンバーと一緒に実現していく。私にとっての新たなチャレンジです。
マネジャーになると、視野の広さと高さを身につけることができました。ひとつの業界の中で複数社を横断して見られることで、1社を担当しているだけでは気がつかなかった業界全体のトレンドや課題がわかってくるのです。さらに、複数社と向き合う中で、自分のバイアスに気づいたこともありました。色眼鏡が取り払われ、業界をよりマクロに捉えられるようになるなど、多くのお客さまから教えていただく毎日を送っています。
既存の組織を回すだけが、マネジャーの仕事じゃない。
マネジャーとして最も印象に残っている仕事が、あるコンサルティングファームへの支援です。私がアサインされた当時、パーソルキャリアからそのお客さまへの支援実績は、直近2年で1/4まで落ち込んでいました。先方からも支援の質と量について厳しいご指摘を受けていました。
抜本的にやり方を変える必要がある。そう考えた私は、社内体制の再設計から着手しました。その会社の求人は全国の多拠点にわたり件数も多い一方で、どのRAがどの部門の求人を担当するかが曖昧な状態。まずは求人を一度集約し、その会社専任の「プロジェクトチーム」を立ち上げました。プロジェクトマネジャーの立ち位置で、メンバーを募り、進捗管理をしながらプロジェクトを遂行。エグゼクティブ枠など特殊な募集枠にも対応できるよう、他部署のマネジメント層にも声をかけ、参画してもらいました。組織図上のチームとは別に、目的に合わせて結成された社内横断のプロジェクトチームをゼロから立ち上げるチャレンジは、まさに、「ひとりではできないことができた」という実感がありました。
体制ができた後は、現場の解像度を上げ、課題解決へつなげます。何が課題かを徹底的に分析し、一つひとつ打ち手を考える。お客さまとの信頼関係の再構築も優先事項と捉え、メンバーとともに密にコミュニケーションを重ね、日々小さな前進を積み上げていきました。こうした取り組みを推進してくれたメンバー一人ひとりに対し、大きな信頼と感謝の気持ちを持っています。
プロジェクトの結果として、1年間で支援実績は大幅に伸びました。そのお客さまとの取引がある競合他社は多くありますが、今では私たちが上位の実績となっています。数字として成果が出たことはもちろんですが、特に手応えを感じたのは、「マネジャーの仕事はゼロからつくることもできる」という実感が持てたことでした。既存の組織を回すだけがマネジャーの仕事ではない。お客さまにとって本当に必要なことを考えて、そのための体制を自分で設計して動かすこともできる。こういう仕事のやり方が自分は好きだと思っています。
業界の未来を、お客さまとともにつくる立場になる。
今、私たちが主に担当している大手企業は、大きな転換期を迎えています。かつては「とにかく人が足りない」という量的なニーズが中心でしたが、今は「欲しい人材を確実に獲得したい」という質的なニーズにシフトしている。そこにAIなどのテクノロジーの進化が重なり、どのお客さまも未来のあり方を模索している状態だと感じます。
こうした状況で、私たちマネジャーが大事にしていることは、「お客さまが変化してから対応するのでは遅い」ということです。変化を知らされてから適応策を考えるのではなく、上流で「どんな変化をすべきか」「何のために変化をするのか」をお客さまと一緒に設計するべきだと考えています。そのために、最近では、同じ業界のお客さまを複数社お招きし、私たちのオフィスでイベント・セミナーを開くことにも注力しています。今後の変化の予測や仮設を私たちからお伝えすることもあれば、業界全体はどうあるべきかをディスカッションし視点を共有することも。世の中の変化を同じ目線で考えるパートナーとして、関係を築いていきたいと思っています。
さらに、先んじて取り組む企業の知見があれば、私たちが間に立ち、業界全体へと広げる役割も担います。発注を待つのではなく、潮流を一緒につくる存在へ。業界最大手の企業が変われば、2位、3位が追随して変革するきっかけになる。だからこそ、業界トップのお客さまを巻き込みながらどう動くかを常に考えています。
一方で、私はプロスキーヤー・スキー教師としても活動しているので、シーズン中は時間頼みのはたらき方ができない。だからこそ、介在価値のある仕事がしたいし、しなければならないという気持ちが人一倍強いと思います。
限られた時間の中で、自分が関わることで何が変わるか。就活のときから介在価値にこだわってきた理由は、突き詰めればここにあります。過去の踏襲ではなく、一番適した解決策が無いなら作る。自分1人では何もできないから、周囲のあらゆるプロフェッショナルを巻き込みながら、コトを大きくしていく。それが今の私の仕事のおもしろさだと思っています。
