変化の時代だからこそ、立ち返る場所がいる
2022年4月に現職に就任して以来あらためて感じたのは、世の中がかつてないスピードで変わり、私たちの仕事や働き方がその動きと想像以上に深くつながっているということです。お客様からこれまでにない要望が寄せられる。技術や市場の前提が変わる。働く人の価値観も多様になる。目の前では、昨日までの常識では捉えきれない出来事が次々に起こっています。
もちろん、まずは対処しなければなりません。しかし、目の前の変化に一喜一憂し、その場その場で判断するだけでは対応が断片的になり、自分たちがどこへ向かっているのかを見失ってしまいます。
だからこそ、今必要なのは立ち止まって振り返ることだと思っています。「この仕事はパナソニックグループとして誇れるものだったか」「私たちが大事にしてきたことに照らして、これでよかったのか」そう問い直すためには基軸が必要です。
パナソニックグループには、創業以来受け継いできた綱領・信条・七精神をはじめとする経営理念があります。いわゆる「不易流行」の“不易”に当たるものです。会社が何のために存在し、どのような姿をめざすのかを示す、変えてはならない根っこの部分です。
一方、戦略・制度をはじめ、仕事の進め方や組織のあり方といった“HOW”は、時代や環境に応じて変えていい。むしろ変えなければいけない。言い換えれば、「経営理念以外は、変えていい」ということです。変わらない軸があるからこそ、私たちは思い切って変わることができます。
CHROキャラバンや人事ラウンドテーブルなどで社員の方々と対話していると、変化に向き合いながら、自分たちの仕事の意味やめざす方向を真剣に考える声を耳にすることが多くありました。順風満帆なときには、経営理念を強く意識しないかもしれません。けれども、変化が大きく、つまずきや迷いが増える今だからこそ、振り返るためのよりどころが必要なのだと思います。
入社からの10年──理念は、教わるだけでは自分のものにならない
では、その経営理念を私たちはどうすれば自分の判断や行動につなげられるのでしょうか。私自身の歩みを振り返ると、それは決して教わった言葉をそのまま覚えることではありませんでした。
正直に言えば、入社したばかりの私にとって経営理念は身近なようで、まだ自分の仕事とは少し距離がある存在でした。入社当時は新入社員が約1カ月間の合宿研修に入り、経営理念について繰り返し議論しました。言葉そのものは非常にシンプルで「それはそうだよね」「そういう会社にしたいよね」と理解しやすい。しかし研修を終えて職場へ戻ると目の前の仕事に追われ、いつの間にか意識の外に置かれてしまう。
会社全体で経営理念を大切にする姿勢も徹底していましたから、当時の私は半分驚きながら「宗教みたいな会社やな」と思ったこともありました(笑)。
ただ今振り返ると、一度教わっただけで理念が身につくことはありません。先輩から話を聞くことも研修で学ぶことも大切ですが、それはあくまで入り口です。目の前で起きたことを自分なりに受け止めて咀嚼し、「自分にとってはこういう意味なのかもしれない」と考える。その繰り返しがなければ理念は自分のものにはなりません。
若いころの私に比較的わかりやすかったのは、経営理念から受け取ってきた「社員稼業」という考え方でした。自分がその仕事の責任者であり、プロとしてどうするのかを考える。誰かが助けてくれることを前提にせず、自分で考えて企画し、説明して行動してみる。そこから仕事は始まるのだと受け止めていました。
新卒入社8年目に初めて課長を務めた静岡工場では、厳しい事業環境の中で現地の責任者やメンバーと向き合いました。人事責任者として自分で考え、施策をつくって実行することを求められる中、経営理念を思い浮かべながら仕事をする余裕など正直ありませんでした。それでも現場の皆さんに難しいお願いをする以上、なぜ必要なのかをきちんと説明し、納得して働ける環境をつくらなければならないと考えていました。後から振り返れば、そうした姿勢の中に社員稼業や衆知を集めた全員経営、人を大切にする考え方が表れていたのだと思います。
つまり最初に理念があり、そこから行動をきれいに組み立てたわけではありません。まず必死に仕事をする。その後で立ち止まり、「あの経験は経営理念で語られていたこのことだったのかもしれない」と意味付ける。私にとってその順番のほうが自然でした。
30代でタイ駐在──違いを越えた先で、同じ根っこにたどり着く
経営理念が異なる価値観を持つ人たちと共通の目的へ向かうための軸なのだと実感したのは、30代で経験したタイ駐在でした。
日本であたりまえだと思っていた仕事の進め方が思うように伝わらない。上司である現地の人事責任者とぶつかることもありました。言語より難しかったのは価値観の違いです。相手が何を大切にしてきたのか。家族や仕事、会社をどう捉えているのか。相手を理解しようとしなければ見えてきません。そこで私はタイ語を学び、タイ語で所感を発表することにも挑戦しました。さまざまな時間を共にしながら「自分は皆さんを理解したい。タイという国のために一緒に働きたい」という姿勢を伝えようとしました。
対話を重ねるうちに、入り口やアプローチは違っても突き詰めた先にある「良い仕事をしたい」「仲間や家族を大切にしたい」「社会の役に立ちたい」という想いは変わらないことに気づきました。
経営理念とは、異なる価値観を持つ人たちが対話を重ね、共通の目的へたどり着くための根っこなのだと思います。かつて仕えたCEOから「CHROは経営理念の守護者たれ」という言葉をかけてもらったことがあります。タイへ赴任した経験があったからこそ、深く響いた言葉でした。この経験以降、私は自社だけでなく他社の経営理念にも興味を持ち、積極的に学ぶようになりました。
見えないところから、見違える世界に変えていく
インダのCHROを務めて5年目を迎えた今、経営理念をどう次の世代へつないでいくのかが私自身の大きな問いになっています。
かつて行われていた朝会や所感発表、職場懇談会にもそれぞれ意味がありました。しかし働き方が変わる中で、昔と同じ形式に戻せばいいとは思いません。形式、つまりHOWは今の時代に合わせて変えていい。一方で、それらが担っていた「経験を振り返り、言葉にし、仲間と考える」という意味まで手放してはいけない。
一度振り返ったからといって、何かが劇的に変わるわけではありません。迷い、行動し、また振り返る。その繰り返しが年輪のように少しずつ積み重なり、自分の幹を太くしていく。経営理念に「完成形」はありません。私自身、会社を卒業した後も考え続けるのだと思います。
インダの人財戦略「想いを、動かせ。」もこの考え方とつながっています。一人ひとりが自分の想いを動かし、まず行動してみる。異なる価値観を持つ人と対話し、共に新しい価値を生み出す。うまくいかず迷ったときには経営理念に立ち返り、振り返ってもう一度動き出せばいい。
人事の役割は、一人ひとりが日々の経験を振り返り、「何のためにこの会社は存在するのか」「自分の仕事は何につながっているのか」を考えるきっかけをつくることです。社員が自ら考え、経験と重ねながら意味付けし、次の行動へ踏み出していく。そのプロセスを後押しする存在でありたいと思っています。
私たちは社会から人を預かり、その人が育ち、活きる舞台をつくり、推していく──人を通じて社会に責任を果たしていく会社です。人にはそれぞれ力を発揮し、花を咲かせられる場所がある。最後までその可能性を信じて向き合い続けることが、インダで人事を担う私のプライドです。
この数年、インダが進めてきた変革について社外の方から「面白いことに挑戦していますね」と言っていただく機会が増えました。私たちの挑戦は自社の変革だけで終わるものではありません。伝統ある企業でも変われることを示し、日本の製造業を少しでも元気にする。その先に社会への貢献があると考えています。
私自身もいまだに経営理念を理解し尽くしたとは思っていません。松下幸之助歴史館を訪れたり、Webで創業者の言葉や歩みに触れたりする機会を、今でも持つようにしています。迷いながら行動し、振り返り、自分なりに意味付けする。その繰り返しの中で少しずつ自分のものになっていくもの。
迷ったら経営理念。
変わらない軸があるからこそ、私たちは「見えないところから、見違える世界に変えていく」挑戦ができる、そう思っています。
※ 記載内容は2026年7月時点のものです
