部活に燃え、研究に目覚めた学生時代。進学予定から就職を選ぶまで
学生時代を振り返ると、前半と後半でまったく違う6年間でした。
前半は、とにかく部活一色。躰道(たいどう)という、バク転やバク宙もするちょっと不思議な武道にハマって、日曜日はほぼ丸一日道場にいるような生活でした。正直、勉強はかなり二の次だったと思います。
それでも、3年生で引退したときには「やりきった」という満足感がありました。一方で、「さすがに部活に時間を使いすぎたかも」という反省も少しあって、「引退したら、ちゃんと勉強と研究をやろう」と決めました。そこから、他の人より1年早く研究室に通い始めました。
もともと、“研究に強い大学”という理由で進学していて、希望していた毒性学の研究室にも入れていたので、部活に注いでいたエネルギーが、そのまま研究にスライドした感覚でした。学会発表やシンポジウム参加、外部研究機関への訪問など、コロナ前にいろいろ経験できたのはラッキーだったと思います。卒業後も論文執筆を続けた結果、卒業研究は学術誌に掲載されることになりました。ここで研究に本気で向き合った時間が、今の仕事の「考え方」や「進め方」に生きていると感じています。
当時は、当然のように博士課程に進むつもりでしたし、周りからも「どうせ博士行くんでしょ」と思われていたくらいです。でも、コロナ禍で状況がガラッと変わりました。実験も思うように進まなくなってしまったこともあり、進路を就職に切り替えることにしました。
最初は「食品系ってなんかいいな」くらいの気持ちで企業研究をしていましたが、情報を集めたり、自分のやりたいことを整理していくうちに、「動物にとっての食品会社」である飼料会社という選択肢に行き着きました。
「飼料会社なら動物と触れ合う機会も多そう」という下心もありつつ(笑)、「せっかく取った獣医師免許を、できるだけフル活用したい」という気持ちも強く、その両方を満たせそうなのが飼料会社でした。結果的に、その読みは合っていたと思います。
就活を始めたのはかなり遅めで、各社を細かく比較している余裕はありませんでした。そこで、「自分をよく見せようとしすぎない。できること・やってきたことを正直に伝える。そのうえで、自分を一番必要としてくれる会社に行く」というスタンスで臨むことにしました。
その結果、一番最初に内定をくださったのが今の会社でした。コロナ禍で多くの企業が採用スケジュールを決めあぐねているなか、いち早くオンライン面接やAI面接を導入していて、「新しいことに前向きな会社だな」と感じたのを覚えています。
私はガチガチに緊張していたのですが、面接官の方々は終始明るく話を引き出してくれて、こちらの質問にも丁寧に答えてくれました。その姿勢から、「社員をちゃんと大事にしてくれる会社なんだろうな」と思い、「ここで社会人としての一歩を踏み出そう」と腹が決まりました。
飼料会社でのスタート──現場研修と“病気ど真ん中”の病理チーム
入社したのも、まだコロナの真っ最中のタイミングでした。本来なら3カ月くらいかけて営業拠点や工場を回る研修があったのですが、最初の2週間は急きょWebでの座学に変更。同期とは内定式とその翌日に一度会ったきりで、次にリアルで会えたのはなんと3年後でした。今振り返っても、かなり特殊なスタートだったと思います。
その後、総合研究所に配属され、まずは開発グループで現場研修を受けました。牛、ブロイラー、レイヤー、豚と、各畜種を1カ月ずつ回るプログラムで、飼育管理から体重測定、餌の残量チェック、飼料配合まで、一通り経験しました。ここで「家畜と飼料の基礎」を固めてもらった感覚です。
ISO関連の会議や月次報告会にも参加させてもらえたので、「会社全体がどう動いているのか」「他の事業所はどんな雰囲気なのか」も、なんとなくイメージが掴めました。このとき、いろいろな先輩と仲良くなれたことで、「会社って意外と楽しいかもしれない」と思えたのも大きかったです。
そして本配属になったのが、今の検査グループ・病理チームです。名前の通り、扱うのは“病気”が中心。病気と向き合うには、まず正確な診断が必要で、その核となる検査を担当しているチームです。
獣医としては、病気に関する知識をベースに、検査がより意味のあるものになるようサポートします。検査報告書にコメントやグラフをつけたり、判定が微妙なときの最終判断をしたり、お客さまや営業担当から情報を聞き出して「このケースなら、こういう検査を追加したほうがよさそうです」と提案したり。大きな案件のときには、抗体検査やPCR検査の結果をグラフで示しながら、農場の従業員さんたちに説明することもあります。
配属されて一番驚いたのは、「診ている畜種がほぼ豚」ということでした。入社前は、ここまで“病気ど真ん中”の仕事になるとは思っておらず、「牛を診ることが多いのかな」と勝手にイメージしていました。大学でも豚に詳しい先生はあまりおらず、豚熱の影響で養豚場の実習も少なかったので、「豚については社会人になってから本格的に勉強した」と言ってもいいくらいです。
豚は「群」で管理する動物です。牛のように1頭ずつ採血や体温測定をして診断するスタイルではなく、「群」をどう診るか、という発想が必要になります。この違いにはかなり戸惑いました。
もうひとつギャップだったのは、「獣医」というだけで思っていた以上に頼られること。初対面でも、ごく自然に「先生」と呼ばれます。経験も浅く、自信もあまりない時期だったので、その期待がプレッシャーに感じられることも多かったです。
薬のこともたくさん聞かれるのですが、「成分名は分かるけれど商品名が出てこない…」ということも多く、「ちょっと待ってください!」と心の中で焦っていました(笑)。
病気そのものも、教科書で見ていた“典型例”とは姿が違うことが多いです。家畜伝染病予防法に載っているような“いかにも怖そうな病気”は現場ではほぼ見ませんし、むしろワクチンや衛生管理で「予防」に力が注がれています。同じ病気でも、ワクチンの有無、日齢、飼育環境によって症状の出方は大きく変わります。知識のアップデートに終わりはないな、と日々感じています。
部署の獣医が1人に――プレッシャーだらけの3年目がくれた「自分で動く力」
こうしたギャップを乗り越えつつ、気づけば病理チームでの業務も丸4年になりました。検査の進行に関する仕事に加え、最近は関東・東北エリアでの検査用採血や、その結果をご説明するための出張も増えてきました。社内の勉強会で講師を任されることも出てきて、「あ、ちょっとは頼りにされているのかな」と感じる場面もあります。
検査以外では、総合研究所の開発試験場を含めた関連農場の「管理獣医」も担当しています。トラブル対応から成績(成長や出荷)の向上をめざした取り組み、行政対応まで、獣医師としての専門知識をフルに使う仕事です。
印象に残っているのは、子豚の下痢が慢性化していた農場でのケースです。「あらゆる抗菌薬は一通り試した」という状態だったので、糞便の細菌検査を行ったところ、多くの薬剤に耐性を示しており、むしろ抗菌薬の投与が下痢を悪化させる「菌交代症」になっていると判断しました。
そこで、過去の検査結果も洗い直しながら抗菌薬を一から勉強し直し、「これは逆効果なのでやめたほうがいい」「代わりにこちらのほうが効きそう」と整理して、投薬を減らしたり別の薬剤に切り替えたりする提案をしました。目に見える改善がない中で薬を減らすことには抵抗もありましたが、検査結果をもとにパターン分けして丁寧に説明したことで、納得してもらうことができました。
ある農場の“頑固なおっちゃん”から「歴代獣医の中で一番真面目だ」と言ってもらえたときは、素直にうれしかったです。
一方で、しんどかった時期もあります。一番大変だったのは、入社3年目に部署の獣医が一時的に私1人になったときです。それまでは「ベテランの先生1人+若手獣医2人」の3人体制だったのが、急に若手1人だけになり、最初のうちは定型業務をこなすだけで精一杯でした。「やりたいレベル」と「実際に出せている品質」のギャップにモヤモヤしながらも、農場巡回では自分で判断する場面が一気に増え、「これも調べないと」「あれも確認しないと」と、手探りで動き続ける毎日でした。
大変ではありましたが、この期間に“自分で判断して動く力”はかなり鍛えられたと思います。学生時代に躰道や研究室で培った根性や、効率よく動く工夫、学びに向き合う姿勢が、ここでそのまま生きた感覚があります。
「会社員になって一番成長したことは?」と聞かれると、正直、自分の“根っこ”は学生時代からあまり変わっていないと感じています。ただ、実務の中で新しい知見をつかみ、それを自分で調べて整理し、応用していく力は、確実についてきました。教科書に書いてある病気の姿と、現場で実際に目にする症状とのギャップを埋めていく作業は、その象徴だと思います。
社内外の獣医さんや現場の方と関わる中で、「学べることは本当に尽きないな」と感じながら、今も少しずつアップデートを続けているところです。
広がっていく獣医としてのフィールドと、「病気に強い会社」への思い
半年ほど前に、新しく獣医さんがチームに加わりました。そのおかげで少しずつ業務に余裕が出てきて、「そろそろ新しいことにもチャレンジしていこうか」という話を上司とできるようになってきました。
まず取り組みたいのは、農場に足を運ぶ機会を増やすことです。これまでは時間が足りず、せっかくお声がけをいただいても泣く泣く出張をお断りしたり、途中で抜けざるを得なかったケースも多くありました。これからは、できるだけ積極的に外へ出ていけるように、上司にも相談しているところです。
また、これまでメインだった豚だけでなく、肉用鶏の病気についても少しずつ手を広げ始めています。ほかにも、統計の活用や消毒薬、換気設計、糞尿処理など、学びたいテーマは山ほどあります。中長期的には、飼料そのものに関する知識もきちんと身につけて、「病気のことだけわかる獣医」ではなく、飼料と衛生管理の両方から畜産を支えられる“オールラウンダー”になれたらいいなと思っています。
個人的なテーマとしては、日清丸紅飼料を「病気に強い会社」にしていく一助になれたら、と考えています。病理チームと他部署との間のハードルがもっと低くなって、たとえば営業さんが気軽に「ちょっと病気のことで相談したいんですけど」と連絡してくれるような関係になれば、社外から見ても「病気に対してきちんと対応できる会社だよね」と認識してもらえるようになるんじゃないかな、と。
そのためには、検査体制を強化することはもちろん、教科書や論文といった情報の集約・整理や、必要なときに誰でもアクセスしやすい仕組みづくりが欠かせません。獣医だけがわかる専門用語のままではなく、他職種でも理解しやすい形にかみくだいた説明資料をつくることも、一つひとつが大事だと思っています。だからこそ、日々のインプット(情報収集)とアウトプット(分かりやすく伝えること)をサボらず続けていきたいです。
日清丸紅飼料という会社は、「一人ひとりが、飼料を通じてやりたいことを追いかけている結果として、全体が動いている」ようなイメージを私は持っています。とくに目立って活躍している人たちは、「飼料業界をもっと良くしたい」「畜産業界を盛り上げたい」といった自分なりの軸を持ちながら、熱量をもって自由に動いている印象です。
人事部門も、本格的な選考前の訪問見学やWeb面談など、比較的フットワーク軽く対応してくれていると感じています。まさに「百聞は一見に如かず」なので、少しでも興味があれば、遠慮せず会社に連絡してみてください。まずは飼料業界全体について話を聞いてみるだけでも、新しい発見があると思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。この記事が就活中のどなたかの背中を、少しでもそっと押せていたらうれしいです。
※ 記載内容は2026年1月時点のものです
