たくさんの工場での人とのつながりに支えられて。複数の工場長を経験
私が明治に入社したのは、1978年のこと。最初は北海道の稚内工場に配属されました。当時、担当していたバターの製造現場では生産量が急増していたため、残業をする日々。やりがいはありましたが、大変な日々を過ごしていました。
その後、群馬工場の第二工場(医薬品製造)に異動となり、設備の立ち上げを担当しました。生産量が増え続けていくのに伴い、新しい設備を立ち上げて安定したら、また次の設備を立ち上げることの繰り返し。そこで課題となったのが、外部委託のエンジニアの方たちとのコミュニケーションでした。コーヒーを差し入れるなどしてコミュニケーションの機会を意識的に増やして親近感や安心感を持ってもらい、何か困った時にはすぐに助けてもらえる関係作りを心がけていました。
また、医薬品にはGMP(Good Manufacturing Practice:製造管理や品質管理の基準)など特有の規制があるため、群馬工場に在籍していた13年間に、食品以上に高いレベルの品質管理を学ぶことができました。
この時期に、私にとって転機となった2つの出会いがあります。1つめは、群馬工場の上司との出会いです。仕事を任されて、自分で考えて仕事をする機会を与えてもらいました。
もう1つは、その後に異動した埼玉工場の上司。スティック状の製品(ほほえみ、ステップなど)の充填包装の業務に携わる中で、その稼働率向上やシール改善など、いくつかの課題を与えられました。目標1年のところ、3カ月で達成したのですが、そこで満足していてはいけないと思い至って。自主的に工場内の問題点を見つけ出し、改善していきました。
振り返ってみれば上司に恵まれたことで、より良い仕事をするために自分で考えて行動するという、仕事に対する姿勢を持てたのだと感謝しています。
2008年には根室工場の工場長に就任しました。係長からいきなり工場長に任命されたのは異例のことでしたが、その前の西春別工場で起こったトラブルをうまく対処できたのが評価されたのかもしれません。工場長になった当初は、それまでの上司のような相談相手がいなくなったことに戸惑いました。1人で判断し解決しなければならないことも多く、孤独感を覚えることもありましたね。
しかし2カ月に一度、工場長会議があって、その際に他工場の工場長にいろいろとアドバイスをもらい、少しずつ解消していきました。
その後、稚内工場と西春別工場の工場長を経て、現在はモノづくりイノベーションプロジェクトチームに所属しています。参与として新工場の設立に携わる一方で、長年の工場経験を活かして、若手の多いプロジェクトメンバーにアドバイスをする役割も担っています。
定年後も迷わず働き続けることを選んだ理由は「恩返しの気持ち」から
私は2020年に定年となったのですが、その後も明治で働き続けることを選びました。これまで多くの支えがあってやってこられたので、今度は私から会社への恩返しができればとの思いです。会社のために65歳までの5年間、どんな仕事でも全力で取り組もうと決意しました。
最初に任されたのは安全教育です。従来はすべての社員に同じ内容の安全教育を行っていたのですが、立場によって教育内容を変える新しいアプローチを導入しました。たとえば、新入社員は安全教育を受ける立場ですが、係長や課長は指導する立場です。それぞれの役割に応じた内容にすることで、より効果的な教育が実現できます。この仕事はとても楽しく、やりがいを感じていました。
その後、生産部への異動があり、2021年からは新工場立ち上げのプロジェクトに携わることになりました。主に行政関係の仕事を担当しています。本社での仕事は初めてでしたし、これまでの現場の仕事から、頭を使うデスクワークへと転換するのに苦労しました。行政に提出する文書を何度もやり直して完成させたり、承認をもらうために各部署への説明が必要だったり。専門的な部分は総務部などの協力を得ながら、若手社員たちが丁寧にサポートしてくれたおかげで乗り越えることができました。
今、私は60歳以降も明治で働き続けることができて本当に良かったと感じています。定年後に新しい仕事に挑戦するのは大変な面もありますが、それ以上に、多くの方々に支えられながら成長できたことが、良い経験となっています。定年後もこれまでお世話になった方々への恩返しの気持ちで働けること。その幸せを日々味わっています。
若手社員が「いい工場だな、ここでずっと働きたい」と思える職場をめざして
40年以上にわたり明治で働いてきた中で、私が最も大切にしてきたことは人とのコミュニケーション。これまで人とのつながりに恵まれた仕事人生を送ってきました。その経験が今の仕事にも役立っていると実感しています。
とくに私が仕事をしている本社では、1つの部署だけで完結する仕事はほとんどありません。新しい商品を作る際には、設計部、購買部、生産部だけでなく、マーケティング部門まで、ほとんどすべての部署が関わってきます。そのため、各部署の方々としっかりとコミュニケーションを取りながら進めていく必要があるんです。
また、私が所属している「モノづくりイノベーションプロジェクトチーム」では、新工場の設立に向けて、若手社員と一緒に新しい設備や取り組みの検討を行っています。その中で、自分がこれまで経験してきた苦労や失敗談からのアドバイスができることに、大きな意義を感じています。
新工場の建設は、半世紀に一度の大きなプロジェクト。最新の技術と環境への配慮を重視したさまざまな設備が導入される予定です。これまで多くの設備の立ち上げに携わってきましたが、工場をゼロから立ち上げるのは初めての経験。この大きなプロジェクトに関わること自体が、私にとって大きなモチベーションとなっています。
また、環境に配慮した初導入の設備も予定しており、その業務にも取り組んでいます。 工場の自動化を進め、安全で、働きやすい環境を整えることで、新工場で働く社員が「いい工場だな、ここでずっと働きたい」と感じられる職場にしたいですね。
このように定年後もモチベーション高く働くことができて、ありがたく感じています。思えば、明治はつくづく社員思いの会社だと思います。福利厚生が充実していますし、若いうちに退職された方から「明治を辞めないで続けていれば良かった」という声を聞くことも。働いているときにはなかなか気づけないかもしれませんが、そういった話を聞くたびに明治の良さを実感しています。
新工場の完成をめざして。人と支え合いながら挑戦し続けたい
目下の目標は、現在担当している新工場の行政に関する仕事を完結させることです。新工場の完成を見届けたい気持ちはありますが、完成にはもう少し時間がかかるため、やむを得ません。新しい工場が完成した際には見学に行くのを楽しみにしています。
これから定年後も社内で活躍される方々へ向けて、「明治には長年の経験を活かせる部署が必ずあります」と伝えたいです。新しい仕事に挑戦することに不安を感じるかもしれませんが、私がそうだったように、周りの人が必ず助けてくれます。
人生100年時代と言われる中で、60歳という年齢はまだ人生の3分の2ほど。在宅勤務など働き方も変化してきており、体力面での心配も少なくなってきています。健康は何よりも大切で、ランニングやサイクリングを行い健康管理には気をつけています。そして、働けるうちは頑張って働く。「自分にはもう無理」と諦めるのではなく、新しいことにチャレンジしていった方が、定年後の人生がより楽しく、充実すると思います。
現在、モノづくりイノベーションプロジェクトチームでは、私よりも年上の方が活躍されていて、その姿に刺激を受けています。私にとって、人とつながっていられることが大きな生きがい。これからも人とのつながりを大切にしながら、精一杯務めていきたいですね。
※ 記載内容は2024年12月時点のものです

