不安そうな表情を見つけたらすぐに話しかける。より良いチームワークを育むために
私は人財開発部DE&I推進グループに所属しています。専任と兼任をあわせた当グループ15人のうち、私を含む3人がチャレンジド社員(※)です。
私は聴覚に先天的な障がいがあり、耳がまったく聞こえませんが、社内でのコミュニケーションに不便を感じたことはありません。筆談を用いたりジェスチャーを交えたりしながら、問題なく意思の疎通が図れていると感じています。
現在、私は会議室やリフレッシュルームの清掃のほか、コピー用紙の補充、イベント配布物袋詰めなどの業務を担当しています。ファイルを整理するためのラベルの貼り方など、使いやすさや仕上がりの美しさだけでなく、スピーディーかつミスなく作業することも重視してきました。とくにミスの削減については、発生件数の最低記録を何度も更新するなど、常に完璧をめざしています。
業務を遂行する上で、より建設的な意見や効率的な方法を見出すことをいつも心がけています。中でも他の社員の負担を軽減するような提案は手間を惜しまず、積極的に行っています。
また、これまでの仕事人生において、仕事を選り好みしないよう自分に課してきました。「これをやってもらえませんか」と依頼があれば、それがどんなに難しい内容だとしても受け入れ、誠実に対応することをモットーにしています。
これは、私がひとりっ子として育ち、すべてを自分でやらなければという気持ちがあるからでもありますが、障がい者として特別扱いされたくないという強い想いがあるからです。毎日、与えられた仕事に集中し、高い成果を上げることで、「障がい者は仕事が遅い」「できない仕事がある」といった偏見をなくしたいと考えています。
一方、周囲への配慮や気遣いは忘れないように心がけています。時にはお菓子を配ったり、明るく話しかけたり、笑顔で挨拶したり。株式会社 明治(以降、明治)の社員かどうかに関係なく、暗い顔や不安そうな表情を見つけたらすぐに話しかけるようにしています。仕事にはチームワークが欠かせません。「問題なく仕事できている?」「今のままで大丈夫だよ」と声をかけることが、彼らが悩みを話すきっかけになり、組織全体のパフォーマンス向上につながると考えているからです。
これには、両親の教えが影響しているかもしれません。小さいころから、「おはよう」「こんにちは」「さようなら」「ありがとう」「ごめんなさい」などをきちんと伝えられるように育てられてきたことが、今に生きていると感じます。
※当社では障がいを持ちながら働く社員を「チャレンジド社員」と呼びます
理容師、自動車メーカーを経て、明治へ。多彩なキャリアパスで育んだ経験と成長
若いころから運動が得意だったので、バスケ、バレー、バドミントン、陸上と、これまでいろいろ挑戦してきました。健常者であれば野球選手やパイロットをめざしたかったのですが、学校を卒業して私が最初に就いた職業は理容師でした。聴覚障がいがあってもできる仕事として周囲から勧められたことが理由です。
理容師として長く働き、基本技術や衛生管理などについて多くを学びましたが、体調を崩してしまい、やむを得ず退職する道を選びました。
その後、自動車メーカーに転職し、約20年間、梱包作業や部品検査専任、海外輸出部品の包装・検査などを担当しました。中でも最も長く従事したのが部品検査の仕事です。膨大な種類の部品の色や形状、傷の有無などを検査する作業で、ミスは絶対に許されません。無理や無駄、ムラをなくすことの重要性を学びました。
また、事務職として約7年間、給料・賞与の明細書仕分け作業や、社内報の各部署への発送手配、年末調整、ホームページ更新、有料道路の通行料金申請チェックと計算など、幅広い業務を経験してきました。職場や業務プロセスに課題があれば自ら進んで解析を行い、限界を感じた時はリーダーを巻き込んで調整し、改善に努めました。
仕事の合間に同僚たちと会話したり、ふざけ合ったりする中で、人間関係や上下関係だけでなく、楽しく仕事をすることの大切さを学べたことも有意義だったと思っています。
本社が移転することになり、転職先を探していて出会ったのが明治です。ハローワークで勧められたことが決め手になりました。
現在、コロナ禍を経たこともあり、コミュニケーションする機会が減少したと感じています。他部署のチャレンジド社員や社外の方とランチを楽しむなど、充実した時間を過ごしていますが、誰にでも明るく、笑顔で接するよう心がけ、社内をさらに盛り上げていきたいと考えているところです。
手話講座を毎週開催。周囲の理解がより良い仕事の原動力に
入社後、とくに印象に残る出来事がありました。イベントのためにチョコレートを何千個も袋詰めした時のことです。私が手順や段取りを決め、参加したチャレンジド社員たちにその都度指示を出しながら作業をリードしました。限られた時間の中で、効率的に進めることができたと自負しています。
他にもリーダーシップを期待される場面が多く、周囲から信頼されて仕事を任されることに非常にやりがいを感じています。
また現在、グループ内で手話講座を開催しています。これは、前任のチャレンジド担当者から依頼を受けて始めたものです。当初は私に務まるかと不安でしたが、毎回資料を準備して、手話による挨拶、数の表し方など、テーマを決めて今も毎週実施しています。
仕事に全力で取り組む一方、余暇を楽しむことも重視してきました。
旅行も趣味のひとつで、これまで日本の約3分の1の地域を訪問しました。とくにツーリングが好きで、北海道の海岸沿い、東北、北陸、南紀、伊豆などにテント泊をしながら旅したことはとても良い思い出です。グアムや大連など、時間が許せば海外旅行にも出かけます。
ミリタリーにも関心があり、自衛隊や在日米軍基地のイベントによく参加しています。嘉手納基地、岩国基地、松島基地、横田基地、厚木基地、三沢基地などを訪れ、たくさんの写真を撮り集めてきました。
これと関連して、チャレンジコインコレクションも楽しんでいます。チャレンジコインとは、軍隊やその他の組織において、メンバーの功績や参加を認識するために使用される小さなメダルやワッペン、トークンのこと。オークションや基地などで見つけるたびに購入しています。
こうして余暇を存分に楽しみ、プライベートの時間を充実させることが、楽しく働く上で非常に大切なことだと考えています。
一方で、障がい者同士のネットワークづくりにも力を入れてきました。たとえば、乗り物の趣味でたまたま出会った方と交流を深めています。その方は聴覚障がい者でありながらライフル射撃選手として活躍している有名な方で、2025年に日本で開催されるデフリンピックに出場予定です。私は選手のサポートのほか、ライフルの使い方、射撃協会への入会方法の説明などを通じて、お手伝いをする予定です。
自分の弱さを強さに変えてきた。明るさが心をたくましくし、笑顔が周囲を変えていく
ふだんは明るく振る舞っていますが、実は幼いころから数えきれないほどつらい経験をしてきました。そのたびに「忍耐」という言葉を心に刻み、耐え忍ぶことで自分の弱さを強さに変えようと努めてきました。何度も心が折れそうになる中で学んだのは、どんな困難な状況でも明るさが心をたくましくし、笑顔が周囲の空気を変えていくということ。そうやって自分は強くなれたので、その分、今度は周りを明るく変えていくことができると思っています。
私が明るく前向きに仕事に取り組むことが社内に良い影響を与え、ポジティブなマインドを伝播させていくことにつながると信じています。自分では自覚していませんが、手話による会話の普及や、チャレンジド社員の活躍の認知拡大など、社内のダイバーシティ推進に貢献していると評価いただいたこともありました。
当社では、各事業所でチャレンジド社員の雇用を進めています。支援者のための会議を定期的に実施して部署を超えた交流を促すなど、さまざまな取り組みも進めています。
チャレンジド社員の雇用率が今後さらに高まることが予想される中、チャレンジド社員の皆さんに持ってほしいのは、挑戦する気持ちです。自分の弱点や欠点をさらけ出すことが必要な場面があるかもしれません。それでも、ひとりでも多くの方に可能性の幅を広げ、明治で長く挑戦できる存在になっていただきたいと思っています。
周囲の方々には、「もっと気軽に接してください」と伝えたいです。私のことを過度に意識されている方が非常に多いと感じます。社内で私を見かけたら、ぜひ遠慮なく話しかけてくださいね。
※ 記載内容は2024年7月時点のものです

